第12話 決断の価値 中編①
「黙れ……! 黙れ黙れ黙れえええええええ!!!」
ロードは聖剣の魔力を光弾として放出し、シェリル達に剣を向けて飛ばす。シェリル達はそれを飛んで躱すものの、ロードは二の矢三の矢を用意し、連続して飛ばした。
「くそっ……! 回避しきれない!」
シェリルは合流直前にフリントとロードの会話を少し耳に挟んでいた。魔剣の紋章と対となる、聖剣の紋章の魔力を与える能力に。そしてあの光弾を食らってしまえば、魔法が使用不可能になることも。
「シェリル様!」
シェリルの動きが止まり、光弾がシェリルへと直撃する。その様子を見たミレイヌはすぐにシェリルの下へ駆け寄ろうとするが、石術の紋章による石の壁が目の前に現れ、ミレイヌは足を止めてロードを見た。
「……どうしてだ。セーラを助けたのは僕だぞ? ……なのに、なんでミレイヌは僕を嫌うんだ……!」
「……お言葉ですが、私はあなたを嫌っている訳ではありません。むしろ、あなたが私を生きる理由と申されたように、私にとってもあなたは生きる理由でもあります」
ミレイヌは長年ロードの世話係を行ってきたこともあり、6歳でギミ家から追放されたフリントよりも、むしろロードと一緒に過ごしてきた時間の方が多い。セーラも同様であり、だからこそロードはあの時セーラを助けた。――だが。
「ですが、それとこれとはまた話が違います。……もうここまで来たのならハッキリと申し上げましょう。私は、あなたよりフリントの方が大事なのです」
その言葉を聞いたロードは瞬きをすることも忘れ、目を大きく見開いた後、涙を流しながら頭を抱えた。
「あ……が…………あああ……あああああああああ!!!」
ロードは全身から魔力を迸らせ、光弾を四方八方にまき散らす。ミレイヌは加速の紋章を使い、辛うじて躱していくが、躱している最中に蹲っているシェリルを庇おうとして、足を止めてしまう。
「シェリル様! しっかりしてください!」
ミレイヌは光弾を連射は少ししたら止まると思っていた。あの魔力の消費をいつまでも続けられるはずがないと思っていたからだ。――だがロードは目算で100発以上光弾を出しても勢いは止まることはなく、足を止めてしまったミレイヌに光弾が迫っていた。
「何なのですかこの魔力量は……!」
ミレイヌに光弾が直撃する直前、目の前で何かが光り、ミレイヌは眩しさから目を手で覆った。そして光に慣れ手をどけると、ロードの暴走は止まっており、その目はミレイヌを―ミレイヌの脇にいたシェリルを見ていた。
「工作員……! 貴様何をした……!」
ミレイヌは自分の脇にいたシェリルを見る。先ほどまで蹲っていたシェリルだったが、一転して強気の笑みを浮かべ、ロードに右手を向けていた。
「さあ……なんでしょうね……!」
「何をされたのですか……!?」
ミレイヌは何が起こったのかわからずにシェリルに質問を投げかけた。シェリルは自分を庇ってくれていたミレイヌを見上げながら言う。
「やっこさんの聖剣の紋章は、魔力をぶつけて強制的に吸わせるような攻撃方法みたいでしたのでね……! なら、その魔力の反応先を私たちの前に出現させて、そこに吸わせればいい。ナ……いや、下品すぎるからこの例えはやめておくとして……」
シェリルは強がりの笑みを浮かべながらも、尋常でない量の汗が額を浮いており、鼻血も噴き出し始めていた。
「…………ただこの方法、とんでもなく私に負担が掛かるみたいでしてね……! あと数回もやったらもう動けない……。あと3回が限度です……!」
「3回……!」
ミレイヌは魔力が噴き出し続ける目の前の化け物(ロード)を見た。これが究極紋章、これが6賢人ギミ家跡継ぎの本当の力。
「……シェリル様。私がロード様に攻撃を仕掛けていきます。……あと3回、信じていますからね!」
「なんとか……やったりますよ!」
「なら……!」
ミレイヌは加速をかけてロードへ攻撃をしかける。ロードは聖剣の紋章をミレイヌに振りかぶるが、ミレイヌの加速についていくことができず、攻撃を外してしまう。だがロードはそれが想定の範囲内であるかのように、全く慌てていなかった。
「ミレイヌ……! お前が悪いんだからなぁ!」
ロードは聖剣の紋章から魔力を爆発させ、周囲にオーラが広がっていく。だが、ミレイヌはフリントの戦い方を今まで見てきていた。このような攻撃手段があるかもしれないとうのは予測済みだった。
「シェリル様!」
「任せてください!」
ミレイヌはシェリルを呼ぶと、シェリルはミレイヌの周囲にオーラを纏わせる。そのオーラがロードの聖剣の紋章を打ち消し、ミレイヌは攻撃の手を止めずに、ロードの後頭部目がせて拳を振り下ろした。
「これで……!」
――だが、その攻撃は空を切った。ミレイヌは当たっているはずのその拳の軌道が理解できず、一瞬止まってしまった。そして背後に何かの気配を感じ、全身の肌毛が逆立つ。
「しまっ……!?」
ミレイヌは状況が確認できないままに加速の紋章を使い、前面に全開での加速をかける。そして背後に感じた感覚から辛うじてその攻撃は回避できたものの、受け身をとることができず自分の加速に耐えることができないまま吹っ飛ばされていった。加速の紋章が普通の人間には扱うことができない理由の一つである、繊細なコントロールに失敗すると自滅するという典型だった。
「ミレイヌさん!」
ミレイヌの余りの吹っ飛び様にシェリルはミレイヌの名を呼んだ。だが、ミレイヌからの返事はなく、そして目の前のあの男が“今何をしたか”それを考えざるを得なかった。シェリルの予想が正しければ、それは決してあり得ないこと。いや、あってはいけないことだった。
「何よ……!? まさか……加速の紋章……!」
シェリルの怯えるような声に、ロードは満足気な笑みを浮かべる。
「そうだ。僕が手に入れた3つ目の紋章、加速の紋章だ。宿したのはつい最近だが、究極紋章に選ばれた僕なら、使えて当然だろう?」
シェリルは表情を強張らせた。“紋章は一人一つ”まで。これは複数の紋章を同時に操ることの難しさもあり、このイシスニアでは大原則の常識だった。2つ宿せる者がいたらそれは例外なく天才として扱われる。―だが、極まれに3つ、扱う者もいると潜入前に教わったことがある。そしてそれは――。
「“特別(スペシャル)”……!」
加速の紋章のコントロールに失敗したミレイヌはようやく体勢を立て直して立ち上がった。シェリルがあの聖剣の紋章の攻撃を防ぐことができるのはあと“2回”。そしてイシスニア最強と言われる石術の紋章と、加速の紋章の2つがあの身に宿されている。
どう見積もってもミレイヌ達の絶望的な状況は覆そうにないように思えた。だがミレイヌはある決意を固める。
「ロード様、一つだけ忠告させていただきます」
ミレイヌはフラフラになりながら一歩一歩ロードに向かって歩みを進めていく。第3区画にてゴーダンと別れる際、言われた言葉を思い出していた。“覚悟を決めろ”と。ミレイヌの瞳には今、覚悟の炎が宿っていた。
「…………これから私は最低なことをします。あなたにお母さまをお救いいただいたことは本当に感謝しておりますし、16年前に生まれたばかりのあなた方をこの腕に抱いたことを忘れたことなど一度もありません」
――殺す。もう、手心を加えるだとかできる限り穏当に済ますとかそのような次元はとっくに過ぎ去っている。ミレイヌはシェリルに目線を配り、そして何かの合図を送る。
「申し訳ございませんロード様。……いえ、ロード。本当はあなたも守ってあげたかった。その気持ちは嘘じゃない。でも……本当に……ごめんね……」
ミレイヌはもう一度加速の紋章を用い、ロードに仕掛けていく。だがロードからしたら最早ミレイヌの加速は大した脅威ではなくなっていた。何をしてくるかわからないシェリルと違い、ただ加速するだけであるなら余裕で対処が可能であるからだ。
「ミレイヌ……なんで無駄だってわからないんだ……!」
ロードは石術の紋章を使い、周囲の地面の石を尖らせ防御陣を作る。――そう加速の紋章に対して、もはや加速の紋章を当てるといった対抗策すら使わずとも簡単に対処はできる。手の内はもはやバレきっている。
「そして工作員! 君もだ! 今なら君たち二人だけでも命を取らずにいてやるのに!」
ロードは石術の紋章を使い、魔法の使用を試みていたシェリルに対し近くのガレキを飛ばす。
「だあっ!? ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」
聖剣の紋章を防ぐときと違い、石術の紋章による実体あるガレキは防御するには別個の魔法を準備しなければならない。対処のしようがないままシェリルは圧縮袋からテントを取り出し、ボタンを押して前面に広げる。
「うわあああああっっっ!!!」
膨らんだテントがクッションになりシェリルは何とかガレキの直撃を回避した。そして捨て台詞をロードに向かって吐く。
「……私が魔力を集中させたのはなぜだと思う? これは2対1よ! ミレイヌさんから目を離す暇があると思ってんの!?」
シェリルの台詞を聞き、ロードはミレイヌの方を見た。石術の紋章で作った防御陣がある限り加速を用いてもすぐには近寄れない―そう思ってのシェリルへの攻撃だったが、目の前に広がるものを見て驚愕の声を上げる。
「な……何だ……!?」
何か風船みたいなものが周囲に広がり、防御陣の上に覆いかぶさっていた。そしてその上を――。
「今!」
ミレイヌが加速の紋章を使い飛び乗ってきており、ロードの目の前にまですでに来ていた。石術の紋章による防御陣の展開を見て、シェリルは圧縮袋からガレキの防御用のテントを出すと同時に、ミレイヌがその防御陣を乗り越えられるように予備の気球を使い一面に広げていたのだった。
シェリルがそういうことをしてくる人間だとわかっていれば、少し気を使えばすぐにバレる行動ではあったが、ロードはシェリル達がここまでどうやって来たか見ているはずがない。そう考えての機転であった。
「無駄だと言ってるだろうがああああ!!!」
ロードは加速の紋章を使い、ミレイヌの蹴りの攻撃を防御して捌く。3~4年前ならともかく、今ではもうミレイヌはロードに身体能力で敵うことができないほど、差がついてしまっていた。
「終わりだ!」
ロードは左手の聖剣の紋章を振りかぶり、ミレイヌに切りかかろうとする。だがその剣先が当たる直前、何か実体のないモヤのようなものに防がれる。
「あと……1回……!」
シェリルがミレイヌに聖剣の紋章が当たる直前に、防御膜を張っていた。ミレイヌはそこまで信頼し、防御行動を一切取らずに次の攻撃に移っていた。
「はあああああああ!!!」
ミレイヌの右フックがロードの腹部に入り、ロードはのけ反って吹っ飛ばされる。ミレイヌはその機を逃さなかった。
「ここで……決める……!」
ミレイヌは加速の紋章を使い一気に距離を詰めようとするが、その動きがなぜか止まる。ミレイヌ自身なぜ自分が動けないのかすぐに理解ができず、何とか身体を動かそうとするが、全く動かすことができなかった。
「何が……何が起こったの……!?」
全く動けなくなった状態の中、右手に強い痛みを感じ、恐る恐る右手を見る。
「これは……!」
「…………そうだ。ミレイヌ。お前は食らったんだよ。“聖剣の紋章”を」
ローードはゆっくりと立ち上がり、ミレイヌの攻撃により吐血した血を腕で拭う。そしてゆっくりとミレイヌの方へ近づいて行った。そして、一連の動きで破壊されたミレイヌの加速の紋章を指さす。
「……君が僕に攻撃を加えた際、僕は聖剣の紋章を自分の身体を貫通させて、君のパンチの軌道に当たるように置いた。この剣は実体には影響を及ぼさないんでね。……君はどうやら僕の身体が邪魔になって、それを見ることができなかったようだ」
動くことができないミレイヌをロードが右足で顔面を蹴り飛ばす。ミレイヌはそのまま地面に倒れ、顔を抑えながらなんとか身体を起こし、ロードを見た。
「……これで終わりだ」
ロードはできるだけ感情を抑えながらミレイヌに言う。だが、ミレイヌは目に涙を浮かべ、ロードを見た。
「ロード…………アレクシス様に……いやアレクお姉ちゃんに代わってあなたを守ってあげられなくて……本当に……ごめんなさい……!」
「え……」
アレクシス――自分の母の名前を聞いたロードは動きが止まった。それだけではない、ミレイヌが、先ほどまでの覚悟を決めた表情ではなく、ロードに懺悔をするような――本心を出した表情になっていたからだ。
「あなたが私の事を心配してくれていたこと……そして私が必要だって言ってくれたこと……本当に嬉しかった。だけど……本当にごめんなさい……許して……!」
ミレイヌは大粒の涙を流し、ロードの止めを受け入れるように首を差し出した。ロードの胸中に色んな思いが巡り、感情を処理できないままに叫ぶように言う。
「どうして! ミレイヌ“お姉ちゃん”……! 僕は……僕は……お姉ちゃんに二人だけの時はこう呼んでいいって言われたとき、本当に嬉しかったんだ……! お姉ちゃんと二人だけの秘密ができたって……! なのに……どうしてこうなっちゃったんだ……!」
ロードは聖剣の紋章を解除し、ミレイヌの顔を起こそうと屈みこむ。だがその手がミレイヌの顔に触れる直前、ミレイヌは顔を起こした。
「……本当に“ごめんさない”」
ミレイヌの表情は懺悔のものなんかではなく――計画がうまくいったというほくそ笑んだ顔に変わっていた。
「シェリル様! 今です!」
ロードはミレイヌが何を言っているか理解をしたくなかった。――今自分に向けていた言葉が、感情が全部。だが、現実はすぐ後ろに迫っていた。
「もう避けられないわよ!」
ロードが振り向くとそこにはシェリルが至近距離で最大威力の魔法を叩きこむ準備を済ませたところだった。距離を取ろうとするが、ロードの身体を掴んでいるミレイヌがそれをさせなかった。
「ロード“様”……! もう逃がさない……!」
「ミレイヌ……君はあああああああ!!!」
シェリルは全ての魔力を集中させ、その発射準備が整っていた。この距離なら絶対に外さない。当たれば私たちを巻き込むかもしれないが必ず倒せる威力。聖剣の紋章が仮に自分に来ても最後の一回の攪乱膜はすでに周囲に張っている。石術の紋章や加速の紋章の使用による防御はミレイヌさんが身体を張って防いでいる。――勝った。そう思っていた。
「…………待って」
だが、魔法の発射直前、ふいに思い浮かんだことがあった。ロードが宿していた加速の紋章は、いったい“どこで手に入れた?”加速の紋章はこのイシスニアでも使えるものは数十人といない貴重な紋章。だが私たちはつい最近、ミレイヌさん以外の使用者を見ていなかったか?そして、その加速の紋章と共に、“ある紋章”の使用者がいなかったか?
「まさか……まさか…………!」
シェリルの魔法はもう、止めることはできなかった。そして目の前の敵の額に刻まれた、聖剣の紋章でも、石術の紋章でも、加速の紋章でもない。そして最近見た“その紋章”の光を見たとき、シェリルは生涯感じたことのない恐怖を覚え、戦慄した。
「化け物が……!」
――閃光が広がった。
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