第11話 正義の剣を突き立てる 後編②

 “タイレルを殺したのはミレイヌ”。シェリルはその言葉を愕然と受け取っていた。嘘だと思いたかったが、ミレイヌの態度がそれが真実であると表していた。そしてその仕掛け人であるリチャードはその隙を見逃さなかった。


「さぁどうした!」


 リチャードは戦槍の紋章をシェリル達に突き出す。ミレイヌは辛うじて反応し、シェリルを庇うようにリチャードの攻撃を防ぐ。だがミレイヌに突き飛ばされる形になったシェリルは怒りの声をミレイヌに上げた。


「ミレイヌさん! あなた一体……!」


 ミレイヌは大量の汗を流し、シェリルの顔を見ることもできないまま何も言うことができなかった。いつまでも黙っていられると思っていたわけではない。だがそれでも言い出すことが怖かった。そして言い出せないままここまで来てしまった。その報いが、最悪の形でミレイヌに対して返ってきていた。


 リチャードは予想通りの結果が目の前で起こった事に笑みを浮かべた。“あれ”は用意してあったが可能な限り――いや使わざる得ない場面でも切りたくない札だった。それを使わずに無傷に目の前の敵を倒せるならそれに越したことはない。そしてこの状況を起こした自分を卑怯と思うこともなかった。何故なら“悪いのは”あの売女なのだから。



 殺すつもりは全く無かった。ただ工作員と魔剣の紋章を分断させ、そこに誘いだしたフリントと合流させ、なし崩し的にフリントに紋章を宿させることで、フリントが外に出ざる得ないようにしようとしただけだった。そして自分は偶然を装い脱出劇に合流。そして外に出てフリントから紋章を外した後に二人で静かに暮らす。ミレイヌはそれだけを考えていた。


 だが、あの時自分が仕掛けた不能者の罠が最悪の方向に転がってしまった。あの叫び声が魔獣を呼び寄せ、タイレルの死因へと繋がった。――もう後戻りはできない。ミレイヌは拗れてしまった計画をそのまま続行することを選んだ。


 タイレルのことも本当は救い出したかった。だが、表向きはまだギミ家の使用人であるミレイヌは目立つ行動を取ることができず、タイレルが死ぬまで静観することしかできなかった。何よりミレイヌ自身殆ど何も情報を持っていない事も仇になった。ミレイヌは“究極紋章が不能者にも宿せる”事と、“外の世界がある”という2点しか情報を持っていない。ベイシスがミレイヌを警戒しあくまで情報を殆ど与えなかったことや、ミレイヌも“知らない”という事を武器にして交渉を進める形を取ったからだった。


 そして脱出劇が進むにあたり、気の合う友人ができた。――彼女がタイレルの妹だと知り、ミレイヌは愕然とせざるえなかった。そして全ての歯車が狂った。



 ミレイヌはもう自分が幸せになるという事を放棄している。フリントの母アレクシスとの約束である『フリントを守ること』、そしてフリントと結婚することすら、彼女にとってはもはや叶えられるものではなかった。今彼女が戦う理由は――。


「ミレイヌさん……」


 シェリルはミレイヌに指を向けながら、ゆっくりと回り込んでいく。ミレイヌはもう弁解しようとも思わなかった。彼女は私を殺す権利がある。そして、私はもうそれを受け入れている。


「…………あなたがタイレルを殺したのは、本当なんですね」


 シェリルは足を止め、銃口のように向けた指先をミレイヌから離すことはなかった。そして、叫びだしたい感情を抑えるように続ける。


「なんで……! なんでタイレルは死ななきゃいけなかったの……!? あなたがフリントと結婚するため!? そんな……そんなことの為に…………!」


 敵が仲間割れをして、勝手に自滅していく様を見てリチャードはほくそ笑んだ。あとはこの混乱を利用し二人同時に仕留めるようにするだけで――。


「……敗因を教えてあげる」


 シェリルは俯き、そしてボソボソと言った。それは表情を読み取らせないようにするためにも見えた。


「“知らない”って事は、武器にもなるけど、基本は罪ってことね。…………ちゃんと戦ってれば、多分“あんた”は勝ってたのに」


 リチャードは最初、シェリルが何を言っているのかよくわからなかった。敗因?死因では無くて?そして少し考えたのち、全身の汗が逆流し毛が逆立った。


「しまっ…………!?」


 リチャードはすぐに防御姿勢を取ろうとしたがもう遅かった。シェリルの方を見ると、シェリルは白い歯を見せ二カッとした笑顔をリチャードに向けていた。


「もう遅いわよ! 脱出なんか……させはしない!!!」


 リチャードの四方から氷が出現すると、それはリチャードの退路を塞ぎ、小ぶりの戦槍の紋章ですら構えることが困難なほどにスペースを詰めた。そしてリチャードの脳天に氷が出現する。


「避けられないし、防御もさせはしない! 硬ったいやつ! くらいなさい!」


 ミレイヌは腕を振り下ろす。だがリチャードはまだ問題ないと思っていた。予想外の攻撃ではあったが、あの程度の氷ならば戦槍の紋章をいったん解除し、再出現させれば防ぐことができる。このような状況くらい過去に――。



「……という訳でミレイヌさん。もう大丈夫ですよ」


 シェリルはパンパンと手をはたき、一仕事終えたかのようにミレイヌの方に足を進める。ミレイヌは冷や汗を流しながら、地面に突っ伏しているリチャードを見た。四方から出現した氷に動きを抑えられ、上空に出現した氷に気を取られている間に、地面から出現した氷に気づかず、顎にクリーンヒットして気絶していた。


「本当はもっと派手な魔法で一発でバーン! って吹っ飛ばしたかったんですが、ここまで大分魔力消費してたのと、まだ脱出しきってないですからね。節約できるところは節約させていただきましたよ」


 シェリルは得意げにミレイヌに言うが、ミレイヌは取り合わず、シェリルに問い詰めるように言った。


「どうして……?」


「え?」


「どうして……私なんかを救ったんですか!? あの方がおっしゃった通り、私はあなたのお兄様を……タイレル様を殺したんですよ! 私の、私だけの都合で! それなのに…………!」


 ミレイヌは目に涙を浮かべ、自分に寄って来たシェリルの肩を掴む。力強く肩を掴まれたシェリルはわき腹の傷の痛みで呻きながら、笑顔をミレイヌに向けた。


「…………さっき言った通り、あいつは知らなかったんですよ。ミレイヌさんが私を命がけで庇ってくれたことを」


 シェリルはミレイヌの腹部を指さした。それはシェリルが先の地下線路での戦いでナイフで刺されそうになった時、ミレイヌが身を挺して庇ったときの傷だった。


「であれば、何かしらあったってのは流石に察するじゃないですか。私もタイレルもそれなりの覚悟ってやつはしてきています。タイレルがあなたの事を私への手紙で書いてなかったことは、今になってはわかりません。あなたのせいでは無いと思ってたか、単に気づいてなかったか。でも、私は……」


 シェリルはミレイヌの手を掴んだ。


「ミレイヌさんの事、憧れてるんです。大人の女性の魅力ってやつ、もっと教えて欲しいですからね」


 シェリルの言葉にミレイヌは少し呆気にとられたあと、薄く笑みを浮かべた。


「……私にできることならば。ただし、フリントの事を誘惑しないというのであれば、ですが」


「それは~……ちょっと確約できないかもしれないですね。こんなとこで聞くのもなんなんですが、フリント君……多分モテますよね」


 × × ×


 第3区画駅前に残っていたゴーダンは周囲の敵をすべて倒したことを確認すると、次に来る下りの列車に乗るために倒した兵士たちから金を巻き上げていた。やはり自分が残ったことは正しかった。周囲には何かよくわからない鉄の棒を持った敵が複数構えており、飛んでいたフリントたちを狙撃しようとしていたからだった。


 だがそちらの妨害を優先したため、下り列車に乗ってフリントたちを追いかけていったナタール家の当主の少女たちの妨害までには手は回らなかった。だがフリントたちなら何とか切り抜けるだろう。それでも彼らの手助けをしてやりたい。ゴーダンはそう思っていた。


「…………何者だ?」


 ゴーダンは強い殺気を感じ、荷物を漁る手を止めた。“殺気”という曖昧なものをゴーダンは信じていない。それは大抵プレッシャーとして撒かれる魔力や、武器を構える音や視覚的な情報から感じるものだと思っている。だが、それでもゴーダンが察知した“それ”は常軌を逸していた。魔力不能者ゆえに魔力を感じないはずなのに、それでも肌に圧力を感じるほどだった。


「あなたは、確か会いましたね。……“父の書斎”で」


 その言葉を聞き、ゴーダンは勢いよく顔を上げた。――そこにはゴーダンが求め続けていた顔があった。


「ようやく会えた……! このクソガキがぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ゴーダンは考えるよりも先に足が動いていた。目の前にいるダナとマーカートの仇――ロードを殺すために。だがロードは笑みを浮かべ、左手から剣を出現させる。


「あの時はお世話になりましたね……! あなたとこうやって会えるとは僕は本当に“ツイている”……! この剣を手にしてから、本当に調子がいい……!」


 ロードは近づいてきたゴーダンを切りつけようと剣を振りかぶるが、ゴーダンはその左手首を狙い、手刀を叩き込む。ロードはゴーダンの攻撃に怯み、剣はゴーダンを外してしまった。そしてがら空きになった左わき腹に蹴りを入れようと――。


「グハァッッッ!!!???」


 わき腹に衝撃を入れられたのはゴーダンだった。そしてその隙にロードは左手の剣で改めて切りかかる。しかし――。


「「…………何?」」


 ゴーダンとロードは互いにその切り付けた結果に疑問符を浮かべることになった。――何も起こらない。少ししてロードは納得したように手を叩くが、ゴーダンは全身から冷や汗が滝のように流れていた。


 ――今何をされた。剣で切り付けられた方じゃない。あのわき腹への衝撃は。奴が持っている紋章は、よくわからないがあの左手の剣のはずだ。なのに、視覚外からの攻撃が――。


 ゴーダンは改めてロードの姿を見た。左手の剣は確かにまだ持っている。しかし、その右手には――。


「嘘だろ……!? 紋章が……“2つ”……!?」


 ゴーダンは一歩後ずさった。その様子を見てロードは嬉しそうに唇をゆがめた。


「ククク……! あの時あなた達は言いましたよね。温室育ちの坊ちゃんだと。…………じゃあお前みたいな不能者(ゴミクズ)にも見せてあげるよ。……選ばれた者の力というものを」


 ロードは右手に刻まれた石術の紋章を光らせた。そしてゴーダンは心の中で覚悟した。――俺はここで死ぬと。



 10分後。ゴーダンはもはや呼吸の音が聞こえないくらいに酷く衰弱し、血まみれで地面に横たわっていた。対してロードは傷一つついておらず、左手に握られた剣には血の一滴も付いていなかった。


「くそ……お前…………ダナと…………マーカートを…………!」


 ゴーダンは最後に残った力で手を伸ばそうとするが、目の前が霞んでいき、その手すら地面へと吸い込まれる。思考すら纏まらなくなったゴーダンが最後に思ったことは、母や幼馴染たちの事ではなく、フリントたちの事だった。――今まで奪う事しかしてこなかったが、最後に何か残すことはできただろうか。彼らのような未来のある若者に――。


 ゴーダンが息を引き取ったのを見て、ロードは悠々と下り列車へと向かった。どこに向かえばいいかはわかっている。何故ならこの左手に握られた聖剣が、自分へと語り続けるからだ。魔剣の紋章がどこか。そして“世界を救え”と。

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