第11話 正義の剣を突き立てる 後編①
クーデリアはこの時すべて思い出した。今までの記憶も、タイレルやフリントとの思い出も。そして、ここに至るまでの道程も。
「フリ……ント……私は……私は……!」
クーデリアの様子が変わったことを受け、ティファニーは慌てて鷹目の紋章の力を使い、周囲の兵に命令を飛ばす。――シェリルを狙えと。兵士たちはその命令に従い、動けないシェリルに狙いを定め、紋章を展開し攻撃を仕掛けようとする。その動きにまず気づいたのはフリントだった。
「な……! ティファニーてめえ!」
怒りで声を上げるが“卑怯なことしやがって”という言葉は出てこなかった。――自分も同じ立場なら同じ命令を下すと瞬時に理解できたからだ。そして同時にティファニーの考え方が自分に似通っていることにも気づく。
「急にやっぱお前の下にいりゃあよかったと思うようになったよ……! ちくしょうこんな時に気が合うなんて思いたくもねえよ!」
フリントはシェリルを担ぎ上げ、何とか逃げようとする。しかし、まだ傷の治療は途中であり、今動かせば傷がまた広がる危険性のが高かった。だが止まっていればその死はもう目の前に迫っていた。
「シェリル……あと少し耐えてくれよ!」
フリントはシェリルを担ぎ上げ、クーデリアの手を握り逃げようとする。目の前に兵士たちが道を塞ぐために立ちふさがるが、フリントは目の前の絶望に屈することなく僅かな可能性だとしてもそれに賭けて前に進もうとする。だが、現実は容赦なくフリントの足を挫いた。
「それ以上……動くんじゃあない!」
兵士の一人が戦槍の紋章をフリントの脇腹に掠めるように差し込み、フリントはあえなく前面に倒れてしまう。シェリルはその衝撃で投げ出され、苦痛に顔を歪ませながら自分たちを囲む敵を見た。
「もう……ここまでなの……」
シェリルの口から諦めの言葉が漏れる。この状況を打開する方法がもう思いつけない。だがフリントはそれを受け入れなかった。
「うおおおおおおっっっ!!!」
腹部から出血し、傷口を抑えながらも立ち上がろうとする。しかし、今度は石突の部分で額を割られ倒れる。だがフリントはそれでも止まろうとしない。むしろ今の一連の行動でこいつらの“弱点”がわかった。
「まだ諦めるな! まだこいつらは……!」
「殺せ!」
屋上にいるティファニーは兵士たちに命令する。フリントは冷や汗を流しながら屋上にいるティファニーを見た。その目は真っ赤に充血しながらも、前を見据えていた。
「今のお前たちの躊躇から、“フリントを殺す事の責任”によって、殺されはしないだろうというタカをくくっている! 私が許す! フリントを殺しなさい!」
「ティファニィィィィィィ!!!」
フリントは叫んだ。だがそれでもまだ――。その“まだ”がいつかその身にこようと、実際にそれが来るまでは諦めは――。
「フリントー!」
フリントの後頭部に戦槍の紋章が迫り、クーデリアは叫んだ。――もうやるしかない。あの時は私自身もコントロールできず、タイレルを死なせることになった。もうあんな事を引き起こしたくはない。だがフリントなら、魔力不能者である彼ならきっと、私を“最小限”に使いこなしてくれる。それが、私という自我が崩壊することになろうとも。
「私は魔剣(クーヒャドルファン)の紋章! ……いや、クーデリア! これが運命だとしても私はもう後悔しない! フリント! 私は、あなたと共にいる!」
クーデリアの身体が光りだし、その光に周囲にいるものは目がくらむ。だがフリントは目を瞑ることができなかった。それは前にもあった光景。俺は、また“それ”を繰り返すのか。しかしクーデリアはそんなフリントの気持ちを慮ってか、笑顔をフリントに向けた。
「あの時も私は言った。“心のままに生きて”と。そして今も思う。……あなたのこれまでは全て利用されたものだった。そしてもしかしたら私もあなたを利用しようとしてるかもしれない。……でも、あなたはそうは思っていないでしょう?」
フリントはクーデリアの顔を見据えた。そして力強く頷く。
「……ああ。例えそれが誰かの思惑に乗っていたとしても、誰にも、俺の決断の価値は落とさせはしない。俺は俺で、前に進むことを決めたんだ」
その言葉を聞き、クーデリアが嬉しそうに微笑み、右手を伸ばした。
「……あなたと会えて本当に良かった。それが仕組まれたものだとしても、あなたのような若者と出会うために、私はこの千年を生きてきたのかもしれない」
「千年って単位に比べたら俺が若者でいられる期間なんてうん百分の1にすら満たないよ。もしかしたら、俺はいつかその力を使って世界を滅ぼすかもしれないぜ?」
「それならそれで構わない。……私は魔剣だよ?魔剣が与えるのはいつだって“呪い”だからね。」
「……はは。そうだな。なら俺は…………」
一層光が強くなり、周りの者はその余りの眩しさに目を抑え動きを止めた。その中でシェリルだけが、ゴーグルのレンズがある片方の部分だけでそれを見ることができた。クーデリアの姿が消えていき、そして――。
「なら俺は魔剣の紋章を持つ者にふさわしく、呪われてやるよ。“心のままに生きてほしい”っていう呪いを背負って、進んでやる!」
フリントは額から血を流しながら力強く叫んだ。その右手には魔剣が握られていた。
× × ×
「ハァ……ハァ……! つ……強すぎる…………!」
ミレイヌは膝を折り、荒い息を上げながら目の前のリチャードを見た。ミレイヌの全身の傷は先ほどよりも増えているが、リチャードには一切傷がついていない。涼しげな表情を浮かべ、ミレイヌを見下していた。
「加速の紋章を宿していないはずなのにこちらのスピードについてこれるなんて……! この紋章が対人戦で最強だと思っていたのですが……!」
「……すべては“基本”の中にある。このイシスニアでは戦槍の紋章は全ての基本であり頂点だ。私は軍人として、そしてナタール家に勤めた30年以上をこの紋章を極めることに費やしてきた。……たかだが何年もその紋章を使っていないお前に、負ける道理がない」
リチャードの言葉を受け、ミレイヌは唇をゆがめた。
「そうですか。そりゃあ人生の大先輩様には敵いませんね……」
話が終わる前にミレイヌは加速の紋章を起動して、高速戦闘を仕掛ける。しかしリチャードは悠々とそれに対応し、左手に回ったミレイヌの攻撃を避け、戦槍の紋章の石突部分でミレイヌの腹を突いた。
「ガハッ……!」
ミレイヌはその場にうずくまり、身体を丸める。――ダメだ。おそらく体力が万全の状態でも、目の前の男には敵わない。戦槍の紋章を持っていない左手側に回り込むことが完全に読まれており、さらにこちらのスピードに対応するため穂先ではなく、石突での攻撃を仕掛けてきた。これらが意味するのはこの男は加速の紋章を持つ者たちとの戦闘経験も豊富だということ。――これがナタール家軍の最強の男か。
「ま……まだ……!」
ミレイヌは立ち上がろうと顔を上げようとするが、後頭部に衝撃を受け、そのまま地面に這いつくばる。リチャードがミレイヌの動きを止めるために頭を踏みつけ、そしてそのまま踏みつぶそうとしていた。ミレイヌは抜けようともがくが、大の大人の男の力を返すことができず、頭蓋がメキメキと音が鳴り始める。
「あああああああ!!!」
ミレイヌは痛みに叫ぶが、リチャードは眉一つ動かさずにさらに力を込める。
「加速の紋章は身体能力に影響を及ぼさない。つまり、動けなくさせてしまえば、お前の力はその辺の女性兵士と変わらないということだ。……これも道理だろう?」
――もうダメなのか。フリントたちは無事に逃げれただろうか。もう――。
だが突然ミレイヌは頭が楽になった。そして数拍置いて衝撃と轟音が鼓膜を鳴らす。しかし立ち上がることのできないミレイヌはそのまま這いつくばっていたが、何か暖かいものが身体をめぐり、頭の痛みが多少マシになってようやく顔を上げることができた。
「な……なにが……?」
ミレイヌは周囲を見た。リチャードは後方5mほどまで移動しており、戦槍の紋章が焦げているのか黒ずんでいた。よく見ると身体から黒い煙が上がっている。一体何が――。
「大丈夫ですか? ミレイヌさん」
ミレイヌは背後から聞き覚えのある声に呼びかけられた。自分をさん付けで呼ぶ人間はそんなに多くはない。ミレイヌの記憶に残っている人間はタイレルと――。
「……シェリル様…………!」
赤髪の少女が片目のレンズが無いゴーグルを掛け、リチャードに指を向けていた。指先からは煙が出ており、シェリルはそれを振ってかき消す。
「助けに来ましたよ。……しっかしこの数十人の兵士、全部ミレイヌさんがやっつけたんですか? とんでもないですね全く」
「フリントは……! ?」
シェリルの横にはフリントがいるはずだった。今は紋章と分離してしまい戦う力も無いはず。それなのに今はシェリルが単独で――?
「フリント君は無事です。……今は魔剣の紋章が彼の手に戻っています。その隙をついて、何とか今はミレイヌさんの助けに来ることができました」
シェリルは先ほどまで鉄筋が貫通していたわき腹を抑えた。まだ傷は回復しきっていない。フリントが魔剣の紋章をその手に戻し、今は兵士たち相手に戦っている中、その混乱をついて辛うじて動けるまでに傷を回復させ、ここまで来たのだった。
「貴様……! 紋章を使わずに魔法を使うとは……! 外からの工作員はお前だな……!」
先ほどシェリルからの火球を食らい、後方に吹っ飛ばされたリチャードがシェリルを睨みながら言う。シェリルは不敵な笑みを浮かべ、そしてミレイヌの肩を掴み起こした。
「さっきまでは散々苦戦させられたけどね、こっから先は私たちのターンよ!」
「そうか……」
シェリルの強気な発言、そして2対1の状況。それでもリチャードは余裕を崩さなかった。いや、むしろ。
「では、一つ教えてやろうか」
何の問題もない。リチャードはそう思っていた。何故なら。
「お前は確か兄妹で侵入していたな。お前の兄の死因は知っているか?……そこの女が罠に嵌めて殺したという事実を」
「え……?」
シェリルは目を見開いてミレイヌを見た。シェリルは『これは敵の罠です』といったミレイヌの言葉を期待していた。だが、ミレイヌの表情は暗く、そして俯いたまま何も言わなかった。
「ミレイヌ……さん……?」
ミレイヌは全身から汗を流し、そして僅かに声を絞り出した。
「…………すみません。シェリル様。………………すべて、真実…………です…………」
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