第10話 勝利の為に 後編①
フリント達はゴーダンと別れ、更に奥へと駆けていく。ただ闇雲に逃げているだけではない、シェリルにはここから逃げ出す秘策があった。
「シェリル! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
フリントは駆けながらシェリルに尋ねた。シェリルは親指を立てて自信を込めて言う。
「ええ! 大丈夫! 最初から列車での脱出が上手くいくなんて想定してないから! 他の移動手段なんて山ほど用意してあるわよ!」
今回の作戦前にはフリントも事前に話を聞いていた。だが方法が余りにも突拍子もなく――そして無茶苦茶すぎるものであり、未だに信じ切れていなかった。しかし他に方法も思いつかず、フリントは黙ってついていった。
フリント達は付近で一番高低差がある時計台の天辺まで登っていた。そしてシェリルはタブレットを取り出すと、地図を開き、ぶつぶつと呟いて計算を行う。
「え~と……今の気温は23度で、風の向きは北北東……。そんでもって湿度が……」
シェリルはタブレットの画面を高速で叩き、数値を入力していく。その様にフリントたちは若干引きながら見ていた。
「お……お前実はすごかったんだな……何してるかわからん……」
「“実は”は余計でしょうが! ……よし! 計算完了!」
シェリルは勢いよくタブレットの画面を叩くと、腰に下げている圧縮袋から長い布のようなものを取り出した。ただ、出しても出しても出し終わらず、全部出し終わるころには時計台の狭いスペースがその布で埋め尽くされていた。
「な……なんだこれ……?」
フリントは床に広がるペラペラの布をつまみ上げる。すると、その布は突然甲高い音を上げて空気が入っていき、宙に浮び始めた。
「簡易型の気球よ。……とは言っても宙に浮かぶのがメインじゃなく、航空力学を考えた“前に進む”ことを主眼に置いた気球だけどね」
シェリルは気球を縁から外に出すと、そこでさらに空気を入れて膨らませる。すると三角形のような形をした気球へと徐々に姿を変えていき、シェリルはタブレットを見て方角を確認すると、進むべき方向に気球を向けた。
「……浮くよりも前に進む方に力が働かせるから、この人数で乗れば長時間は滞空できない。だけど、このイシスニアの、そして第3区画のある”特異性”が、この脱出方法を可能にしてる」
シェリルは気球に垂れ下がったベルトを腰に付けると、フリントたちを手招きする。
「私の魔法でスピードは出すとはいえ、まだそれなりに距離はあるから、しんどい覚悟はしておいてよね……!」
フリントたちは頷いてシェリルに捕まり安全帯を括り付ける。だが飛ぼうとする直前、フリントは額から汗をダラダラ垂らして腰を引かした。
「ちょ……ちょっとタンマ……」
怯えるフリントにシェリルは鬱陶しそうに言う。
「何よ! 男ならビシッとしなさいビシッと!」
「いや……そうじゃない……そうでもあるけど……」
この人数で空を飛ぶなんて馬鹿げた案を最初から信じ切ることはできなかった。どう見ても重量オーバーな人数に加え、シェリルの話していた空を飛べる理由が余りに信用できなかったからである。
「本当に……本当にだいじょ……」
フリントが言い切る前にシェリルはフリントをにらみつけた。“それ以上は言うな”という目線で。そしてフリントはハッと気づく。自分以上に怯えている子がいることに。
「…………すまない。そうだな。俺はお前を信じる。頼んだぜ! シェリル!」
フリントは脇に抱えていたクーデリアを強く抱きしめる。――この子の方が不安がっているはずなのに、俺が過剰に怯えてどうする。それにこいつ(シェリル)の考えていることだ。何も考えずに行動に移すはずがないと、自分の胸に言い聞かせた。
「よし! いくよ!」
シェリルは額に当てていたゴーグルを構えなおすと、時計台の縁を蹴りだして勢いよく空を飛ぶ。そしてその瞬間、風魔法を展開し、思いっきり前面に加速をかける。
「うおおおおお!!!??? どんだけのスピードで飛ぶんだこれはああああ!!!???」
シェリル達は時速60km以上のスピードで空を飛び、前面に進んでいた。だが重量の問題もあり、上昇気流を掴んでも少しずつ高度は落ちていく。
「そりゃあとっても早く移動してるわよ! 落ちきる前に“例の地点”に到着しないと、墜落死だからね! 下は建物だらけだから不時着なんて甘いこともできないわよ!」
シェリルは必死にコントロールしながら、更に加速をかける。速度が出ればそれだけ目的地に着くのが早くなるだけでなく、空気抵抗により掴める上昇気流も強くなる。当然魔力の消費は多くなり、制御も困難になるがシェリルには後先を考えている余裕はなかった。
「すごい……!」
ミレイヌは空を飛んでいる自分に素直に感動していた。数メートルの跳躍などは経験があるとはいえ、ここまで“空を飛ぶ”ということは経験が無かったからだ。昔読んでもらった本に、鳥のように空を飛べれば、自由になれるという一節があったことをミレイヌは思い出した。――自分はどうだろうか。ただ、この光景は一生忘れないと、今は胸に深く思っていた。
「もう少し……! もう少し…………!」
シェリルは当初の想定以上の魔力、そして気球の制御に体力を消耗しており、表情は強張っていた。そして高度も落ち始めており、フリントたちの間に不安が流れ始める。だが、フリントたちは大丈夫か? という事は言わなかった。それだけ、シェリルを信じていたからだった。代わりにフリントはシェリルを掴んでいる方の腕に力を込める。――そして後悔した。
「あ……ごめ……」
冷静に考えるとものすごい密着の仕方をしていると意識してしまい、顔を赤らめるフリントだが、シェリルにそんなことを考える余裕は存在しなかった。だがそんなことを考えている間に、シェリルの顔が晴れる。
「……やった! 何とか行けた!」
シェリルのその言葉を聞き、フリントたちは足元を見る。すると、話には聞いてはいたものの、にわかには信じられない光景が広がっていた。
「これは……!」
ミレイヌはその光景に息を飲む。フリントも同様にその光景に目を奪われていた。
「すげえ……第3区画はこんなことになってたのか……! “地面がえぐれている”……!」
フリントたちの目下に広がる光景は、先ほどまで建物にぶつかるスレスレだったはずの高度がいつの間にか上がっており――いや、地面が低くなっており激突までの猶予ができていた。
第3区画は埋め立て工事が中途半端になっていたためか領域内で落差が生じており、途中から勾配のある坂になっていた。それが当たり前になっていた現地の住民が坂が多い地域という認識しかしていなかった。
「潜入前に航空写真で調査した際に、変な勾配があるっていうのは知ってたからね! 地下鉄の脱出手段がポシャッた時の為に、別の脱出手段は用意してた! 空からの脱出っていうのは、あまりやりたくはなかったけどね! どうやったって目立つから!」
シェリルは得意げにフリントたちに言う。高度が稼げて余裕ができたからか、さっきまでのような必死さは無くなり、改めて自分が空を飛んでいるという爽快感、そして。
「……あ、そうそうフリント君」
「うえっ!? な……なんだ……」
「君、あとで覚えておくように」
「は……はい……」
キレ者のようでどこか抜けている友人に釘を刺しておくことも忘れていなかった。――だが、シェリルは気づいていなかった。いや、気づかなければいけなかった。数日前、自分でフリントに言っていた“ある言葉”から、この後に起こることは容易に想像がついたのだから。そして、その報いはすぐに来ることになる。
地面からキラッと何かが日の光を反射する。時間は午前11時。正午近くということもあり、太陽はほぼ真上にあった。その光を最初に捕えたのはミレイヌだった。
「ん……? 一体あれは……?」
ミレイヌは最初、何かガラス片の光が反射したのかと思った。この辺りはゴーストタウンとなっており、人は住んでいない。荒れ放題の廃墟ばかりのこの周辺で、ガラス片が転がっているのはさして珍しいことではない。だが、その光が反射した場所がミレイヌは気になった。ここまで反射した光が来るという事は、建物の屋上にガラス片があったということになる。――建物の屋上にガラス片?
ミレイヌの中で何かがつながり、そして現在の状況の把握して胃がうねる。そしてシェリルの肩を慌ててゆする。
「シェリル様! 急いで着地をしてください!」
ミレイヌの突然の行動に、シェリルは戸惑いながら答える。
「え!? そ……そんなことできませんて! 時速50kmくらい出てるんですよ!? スピード落とすにも手間が……!」
「急いで!」
再度光が反射する。その光をミレイヌはまた捕えた。そして今度はその光がどこから反射しているか、正確に確認した。――そして甲高い破裂音が周囲に響き渡った。
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