第7話 心が定めたレール 中編
列車が動きはじめて6時間。ここまでは特に事故もなく順調に進んでいた。時速40km以上を保ちながら進んでおり、現在は第2区画を越えて第3区画を進んでいた。
フリントたちも流石にずっと緊張状態を保つことは難しく、フリントとミレイヌは交代で寝ながら警戒を続けることにし、シェリルにも休憩を与えるために、前方の警戒を代わることもしていた。
運転席に座りながら30分ほど仮眠をしていたシェリルは、セットしていた腕時計のアラームの音で目を覚ます。むしろその音に驚いたのは警戒を代わっていたフリントだった。
「ビックリさせんなよ……! なんだその時計、音なんか鳴るのか……」
「ああ、おはよう。……いまのところ特に何もない?」
シェリルは目を擦りながら、欠伸をして立ち上がり腰を伸ばす。ボディラインが強調されるようなあまりに無警戒な振る舞いに、フリントは顔を反らす。そして話題を変えるようにシェリルへと声をかけた。
「……なあ。この列車で行けるとこまで行って、その後どうするんだ? 流石に外まで線路は直通じゃないだろうし、第4区画の話がそういや上がってなかったぞ」
フリントが指摘した第4区画。イシスニアの内部の人間には人が住んでいるのは第3区画までであり、それ以降の第4区画には人は住んでおらず、荒野が広がっていると伝えられていた。シェリルはフリントの疑問に顔を合わせず答える。
「その辺はちゃんと考えてある。ただ今は目の前のことに集中しよう。ちゃんとタイミング見計らって話すから」
シェリルの回答にフリントはやれやれと息を吐く。
「お前そんなんばっかだな。……情報は小出しにして全部伝えるなって教えられたとか、そんな感じか?全部教えたら出し抜かれるから」
フリントの皮肉が図星だったのか、シェリルは顔を強張らせた。
「ウグッ……。ええ、そうよ。わたしゃスパイとか駆け引きとかあんま苦手なんだから、こんくらい勘弁してよね」
「だからそれを自分で言うなって……」
「アハハッ! ごめんね!」
フリントたちは間違いなく油断していた。――だからこそ目の前の“それ”に気付けなかった。線路に立っていた青髪の中性的な容姿の男は額の紋章を光らせながら言う。
「……方向(ベクトル)の紋章」
次の瞬間、列車は急に脱線し横転した。青髪の男の下に横滑りしながら列車は向かってくるが、胴着の男が現れ、青髪の男の服を掴み跳躍し列車を避ける。そして着地した先にはマフラーを付けた長い黒髪の男がいた。胴着の男が青髪の男を降ろすと、青髪の男が甲高い声で文句を言う。
「ちょっとゴーダン! 痛いじゃない! もう少し優しく運びなさいよ!」
青髪の男の文句にゴーダンと呼ばれた胴着の男は顔をしかめながら耳をふさいだ。
「うるせーなダナ! 助けてやっただけありがたく思え!」
「いや……今のはお前の運び方も悪い……。せめて抱えてやれ……」
黒髪の男は抑揚の無い声でゴーダンに言う。
「へいへいマーカート……。まぁいい。これで奴らは……」
言い合う3人の周囲に風が吹き、3人は違和感に気付く。そしてゴーダンは再び青髪の男を抱え――今度は腰を掴んでやり――そこから跳躍して緊急離脱する。次の瞬間、元いた場所に炎の渦が発生し、電車の明かりしか無かった周囲を炎で明るく照らした。
「ヒュウ♪ まだ楽しめるようだな」
ゴーダンは口笛を鳴らしながら嬉しそうに言う。炎で明るく照らされたことで、電車の陰に3つの黒い影がいることにゴーダン達は気づいた。どうやら今の炎魔法を放ったのは、3つ影のうち、中央にいる赤髪の少女であるようだった。
「ちくしょう……なんなのよ一体!」
シェリルは舌を鳴らし悪態をつきががら、線路の様子を見た。脱線の原因は瓦礫?確かに油断していたとはいえ線路の様子は必ず見るようにしていた。一体何が――。
「あーあ……炎で溶けちまった。マーカート。頼めるか」
ゴーダンはマーカートと呼んだ黒髪の男に袋を投げつける。マーカートはその袋を受け取ると、腰に下げていた水筒を取り出し、袋に水を入れた。そして魔力を込めると袋がピキピキと音を立てて固まり、それをゴーダンに返した。
「サンキュ♪」
ゴーダンは袋を握りつぶすと、袋の中から氷を取り出す。そして氷をボリボリと噛みながら、シェリルとその後ろから出てきたフリントとミレイヌの姿を見た。どうやらあの横転の中で怪我を負わず、脱出していたようだった。
「どうやらあいつら、中々やるようだな。流石にあの坊ちゃん含め数十人の雑魚を切り抜けたのは伊達じゃないってことか?」
ゴーダンが嬉しそうに言うが、ダナは嘲るように言う。
「とはいっても、所詮ガキの集まり。ちゃっちゃと終わらせて、帰りましょうよ。第3区画(こんなとこ)で夜を過ごしたく無いわ。汚いし、いい宿屋は無いし」
「同意……」
マーカートも右手に刻まれた紋章を光らせ、ダナの言葉に同意した。とはいえダナと同じような他人を侮辱するような言い方ではなく、あくまで仕事人である、という態度であった。ゴーダンはめんどくさそうに頭をかく。
「へいへい。じゃあ最初の計画通り行くってことで。お前ら! しっかりやれよ!」
3人の敵と思われる男たちが歩きながらこちらに向かってくるのを、シェリルは戦闘体勢を取りながら見ていた。シェリル達は列車が横転する直前、加速の紋章を使ったミレイヌによって抱えられて避難することに成功していた。
「フリント君、ミレイヌさん、大丈夫!?」
フリントは額から血を流しており、ミレイヌはフリントの額に止血用の布を巻いていた。フリントは目に入ってしまった血を擦りながら、シェリルに言う。
「ああ、ちょっと頭ぶつけちまったけど何とか! だけどなんだちくしょう!? 待ち伏せされていたっていうのか!?」
「わからない……! というかアイツらが刺客なのか、通り魔的な何かなのもわからない! だけど今はやるしかない……!」
フリントの頭に布を巻き終わったミレイヌはフリントの前に指を3本出した。
「フリント。今この指は何本に見えます?」
「3本だ! ……大丈夫。頭を少し切っただけで強くぶつけたわけじゃない!」
フリントはミレイヌの肩を借りて立ち上がった。
「シェリル! 俺とミレイヌがけん制するから、魔法の準備を頼む!」
フリントは魔剣の紋章を起動し、剣を取り出す。ミレイヌも手袋をはめ、加速の紋章が刻まれた右手が光り始める。
「あら、完全に予定通りに動いてくれたわねあの子たち。じゃあ、私の出番かしら」
ダナは額に刻まれた方向の紋章を起動させ、ミレイヌへと意識を集中させる。そしてミレイヌが加速の紋章を使用して3人に向かおうとした瞬間、ミレイヌは明後日の方向に吹っ飛んでいた。
「な!!!???」
自身の動きがコントロールできなかったミレイヌは困惑して体勢を立て直そうとするが、今の動きだけで数十メートルはフリント達から離れてしまう。そしてまた紋章を使って戻ろうとするが、その前にマーカートが立ちふさがる。
「貴殿の相手は私だ。お相手つかつまる」
ミレイヌは足の感覚を確かめるようにつま先で地面をたたく。
「……貴殿は男性に対して使う言葉で、私へは貴女とか貴姉って言いましょうか」
「ミレイヌ!?」
フリントはあらぬ方向に吹っ飛んでいったミレイヌに視線を向けてしまい、目の前にいた男二人から目線を外してしまった。その隙にゴーダンがフリントの懐に一気に飛び込み、腰を入れて右拳を思いっきりフリントの腹部に振るう。フリントは剣を全面に構えながら防御をするが、その拳の威力は非常に高く――そしてゴーダンが破壊ではなく吹っ飛ばすことを目的としていたため押されるような形で遥か後方へと吹っ飛ばされてしまう。
「フリント君!」
そして一人になったシェリルの前に、ダナが嗜虐の笑みを向けながら立ちふさがる。
「さぁてお嬢ちゃん。一緒に遊びましょうか」
シェリルは現状の状況に冷や汗が流れる。こいつらのこの動きは明らかに私たちがどういう能力を持ち、どう対策すべきかを知っている。――つまり100%刺客であり、待ち伏せがされていたということである。そしてここまで完璧に相手の掌の上で転がされている。
「さぁどうしましょうかね……」
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