第7話 心が定めたレール 前編②
次の日フリントは目を覚ますことはなかった。シェリルの予想通り怪我が原因による高熱を出し、1日中うなされていたからだ。1日休んだことで魔力が回復したシェリルは回復魔法をフリントにかけていき、徐々にその傷を癒していく。
だがその魔力も安いものではない。フリントがようやく落ち着けるくらいまで回復したころには、今度はシェリルが魔力切れでダウンしていた。やはりシェリルの当初の予想通り出発までに3日はかかりそうであり、それは敵の迎撃の準備を整えさせることに繋がっていた――。
「ようやっと準備ができたか」
地下に来てから3日目。フリントはようやく体調が回復し、肩を回して自分の調子を確認する。日の光を全く浴びてないこともあり時間感覚は掴めていないが、それなりに無茶ができるくらいの体力が戻っていることが感じられた。
シェリルとミレイヌも回復期間を設けることで体調は元通りになったようだった。ただ二人ともどうもこの前の話からぎこちなくなっているようであり、フリントは気にかけつつも声をかけられずにはいた。女には女の何かがあるんだろうと思いながら。
「じゃあ二人はこの辺の物片づけてくれる?私は列車の最終チェックを行うから」
「待てい」
シェリルはそそくさと離れようとするが、フリントはそんなシェリルの肩を力を入れて掴む。シェリルは顔を強張らせながらおずおずと振り向く。
「え……な……なにかな……?」
「お前も片づけんだよ! …………というか汚したの大半がお前なんだからお前が片付けろや!」
「ア……アハハハ…………あとよろしくー!」
「あっ!? おい待て!」
シェリルはフリントの手を振り払うとダッシュで逃げて行き、フリントは肩をすくめてため息をついた。
「はぁ~……。しょうがない。ミレイヌ、俺たちで片付けるか……」
ミレイヌも呆れたように頷く。この3日の間でさらに周辺は汚れており、フリントたちは自分の分は片付けていたが、シェリルの物は散らかり放題になっていたからだった――。
「…………という訳で準備完了!」
1時間後、寝床に使われていたテントなども折りたたまれ、物がきれいに片付けられた場所にシェリルは胸を張って立っていた。
「…………うん。そうだな」
フリントはもはやツッコむ気力すらなくし、適当に返事をした。シェリルはわざと気にしないふりをしながら、指を鳴らす。すると周囲にあった物が全て圧縮され、シェリルの持っていた巾着袋の中に吸い込まれていった。
「な……なんなんだそれは……!?」
フリントとミレイヌは唖然として、シェリルが持っている袋を見る。シェリルは得意げに袋を揺らしフリントたちに見せた。
「これは圧縮魔法ってやつで、物理的に物をこの袋に入るまで小さくするってものなの。重さも無論ちっちゃくなった分無視できる。君、この前ゴーグルは私が開発してないのに得意げにするなって言ったけど、これは正真正銘私が編み出した魔法よ」
「そんなどうでもいい会話根に持ってたんかいお前は……。しっかし便利にも程があるなその圧縮魔法……」
フリントはシェリルの持っている袋を見た。紋章魔法でも似たような技術があるかどうかはわからないが、これがとんでもなく高度な技術が使われているということは嫌でも理解できる。先の話で言っていたシェリルが外の施設でも歴代トップの実力を持っていたということは案外嘘ではないなとフリントは心の中だけで思った。それを言えばまた調子に乗りそうだったからだったからだ。
3日前は体中異臭まみれのために入らなかった列車の中に3人は入っていく。1000年前の広告だろうか?何か飲み物を持った女性の写真や、建物が移った紙が天井などに貼られていた。シェリルは先頭にある運転室のドアを開け、後ろにいるフリントたちに振り向く。
「……さっき話した通り、こっから先の線路は私が数か月かけて整備してたから一応は問題ないと思う。ただいかんせんもうボロボロのこんな線路だからね……。道中崩れたりしてるかもしれないから、警戒だけはしておいてね」
シェリルの警告にフリントは手を挙げて質問する。
「なぁ。この列車で外に向かうとして、確か10時間くらいかかるって言ってたよな?そこまで止まらずに行くのか?」
フリントに質問にシェリルは頷いて答える。
「ええ。少し説明が漏れてたけど、この線路は上における線路と同じく、6賢人の領土の境の上を走ってる。…………計画の一番初めに、どうしたら魔剣の紋章をバレずに運べるか、を考えなきゃいけなかった」
シェリルはフリントの右手を指さした。
「魔剣の紋章は魔力の大喰らいで常に魔力を吸収する。いっちばん最初に君に話した、人混みの中でこそ、紋章の所在が隠せるって話あったでしょ?」
シェリルの言葉にフリントは頷いて肯定した。
「つまり、大部分の進行ルートでは人混みの中を進むっていうのが計画だった。……第2区画はともかく、第3区画は人がいないとこのが多いからね」
円の面積は半径が大きいほど――中心から離れるほど大きくなる。中心である王城に近い第一区画より、そこから離れた第2・第3以降の区画の方が面積は大きい。そして人口も第2区画以までは密集しているが、第3区画は大半が農場か廃棄された都市区画になっており、常に人がいる所を狙って進むにはルートを考える必要があった。
「人の集落から100m離れたら居場所がバレかねないって条件は……大分厳しい。だけど、上に80mはどうだろう?……そう、地下なら人の密集地帯を選んで進めて、しかも80mの高低差は一般的に言ってとっても高い。これなら、魔剣の紋章に魔力を吸収させながら進めるってね」
線路があるということはそこに人の往来があるということ。それは第1~第3区画でも変わりなく、むしろ農場間の移動や輸送といった理由で第2~3区画は線路に沿って人の住処が形成されていっていた。
「……という訳でこの領域上の線路で一気に進む方法を選んだわけ。ただ、80mの高低差があるとはいえ、地下に列車が走ってたら当然音が響く。しばらくは誤魔化せるかもしれないけど、チンタラしてたらいずれバレる。だから一度列車を進行させたらもう止まらない。さっさと通り抜けて、追いつかれないうちに脱出する」
シェリルの計画にフリントとミレイヌは共に頷いて納得を示す。その計画自体に破綻は無いように思えた。これ以外の方法を考えろと言われても二人にはそれも難しいだろうと理解できた。
フリントが過去に考えていた方法は何とかして大金を用意して、賄賂で誤魔化しきれる範囲でボドー家領内を進むというものだったが、その賄賂が現実的でなさすぎるため、断念していたことがあった。それに比べれば遥かに準備ができている。それに今回は6賢人であるナタール家の支援が――。
「……ん?」
フリントは何かが引っ掛かった。ただその何かが具体的に思いつかない。
「どうかした?」
シェリルが悩んだ顔をするフリントを心配し声をかける。
「いや……なんか変だなと」
「変……? あー……なんでこの列車がナタール家から用意されたってやつ?」
シェリルは運転席の扉を軽く叩く。
「他の6賢人は地下の地理を全く把握できてないけどナタール家だけはそれができてた。……理由はご先祖様が本の収集家で、本来なら既に失伝していた4層以降の地図が取っといてあったらしいわ。……それを公開してなかったのは、まぁ政治ってやつよね。……どう?とりあえず納得できた?」
シェリルはフリントに同意を求める。フリントはまだ納得できなかったが、自分でも上手く伝えることができないため仕方なく頷いた。
「よし! じゃあ今度こそ準備OK! こっからはノンストップだからね! 行くよ!」
シェリルは運転席に入ると、運転席にあった紋章に魔力を込める。すると列車の魔力が起動し、列車全体に明かりがついた。そしてシェリルは元気よく指を進行方向に向ける。
「よ~し! 出発進行~!」
列車の扉が閉まり、前へと進んでいく。進行方向には列車の全面から明かりがついており、線路の状況を照らしてはいたが、先はまだひたすらに闇が広がっていた。列車の加速が徐々につきはじめ、ミレイヌは恐る恐る窓から横の様子を見た。
「これだけ暗い中でスピードを出すのは結構怖いですね……!」
だが列車は安定して加速し、時速40km以上のスピードで前へ進んでいた。シェリルも運転に集中しており、手持ち無沙汰になったミレイヌは壁際にある椅子に座る。そしてまだ立っていたフリントに声をかけた。
「フリントも座ったらどうですか?」
ミレイヌは自分の横の席をポンポンと叩く。ミレイヌに呼ばれてハッとなったフリントは、自分のすぐ近くにあった席に座りながら答えた。
「あ……ああ。そうだな」
フリントが自分の横に座らなかったことにミレイヌは膨れっ面をするが、フリントはそんな事に構っていられるような状況ではなかった。先ほどの話でシェリルの言葉に無理やり納得させられてしまったが、フリントはまだ引っ掛かりが取れていなかった。
ナタール家が全面的に協力しているこの作戦だが“なぜ俺はこの作戦に参加できた?”この問いに対する答えが“事故”であるという以外まだ出ていない。ではこの事故原因は?だがフリントがいくら悩んだところでその答えは出るはずもなかった。
――そしてその“原因”こそが、この作戦の一番の障害になることに、今は誰も気づけなかった。
× × ×
ロードはベッドの上で体育座りをしながらシーツに包まっていた。5m四方ほどの小さな部屋。窓もなく置いてある家具も机とベッドくらいの最低限のものしかない。
ここはギミ家邸宅の地下室であり――過去にフリントが魔力不能者だと判明した際に、フリントを閉じ込めておくために作った部屋だった。
食事は日に2回。それも大変貧相なものであった。家具用の紋章は照明の紋章しか置いておらず、夜になると石造りの地下室は非常に冷え、ロードは部屋中のシーツをかき集めて何とか暖を取っていた。過去にフリントを地下室で衰弱死させようとしていた話が上がっていたが、恐らくロードにも同じことをするつもりなのだろう。
フリント。その単語がロードの頭に浮かび、ロードは血が出るくらいに指を噛む。あのゴミのせいでここに閉じ込められることになり――そしてこの部屋すらもあのゴミのお下がりであるということが何よりも耐えられなかった。
そしてここ数日、謎の幻聴にも悩まされていた。過度なストレスが影響で妄想が声として聞こえてしまっているのだろうか。しかもその幻聴を聞くたびに頭痛が起こり、ロードは地下に閉じ込められてから一睡もできていなかった。
そうしてロードの精神はギリギリまで追い詰められ――そして研ぎ澄まされていった。その幻聴の内容を理解できてしまい始めているくらいに。
『あの紋章を――魔剣の紋章を消滅させるべし』と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます