第7話 心が定めたレール 前編①

 シェリルの話が終わり、フリントたち三人はとりあえず寝た。そもそもここに来るまでに夜通しかかっており、その上で数時間も話をしていたので時間は昼を回っていたのだった。3人とも寝静まった中、ミレイヌは音を立てず起き上がり、その場を離れる。


 少し線路を歩き、充分な距離を取ると、懐から袋を取り出し、その中からタバコを一本取り出す。一緒に入れていたマッチを取り出し火をつけようとするが、マッチが湿気っており、6本折ったところでようやく火がついた。そして一息タバコを吸うが、苦い顔をしてつぶやく。


「酷い臭いですか……やっぱり……」


「汚水に塗れて香りが吹っ飛んでます?」


 “ぎゃあ”という声をミレイヌは無理やり抑え、突如背後から聞こえてきた声の主へと振り向く。


「シェリル様……! 起きてらしたのですか……!?」


「寝れなくてですね……それにしても意外ですね。ミレイヌさんもタバコとか吸うんですね」


 シェリルは頭を掻きながら、ミレイヌの横に立ち、壁に寄り掛かった。ミレイヌはため息をつくと、シェリルと同じように壁に寄り掛かる。


「フリントは……?」


「フリント君は寝てる、ってより気絶してますね。2日前から無茶苦茶しすぎですよ彼。このまま死んでもおかしくないってくらいに。明日とか高熱だして動けないんじゃないでしょうか」


 シェリルはからかうように言った。シェリルやミレイヌのような戦闘訓練を積んできた訳ではなく、ミレイヌからちょっと高度な護身程度にしか訓練をしてこなかったフリントにとって、ここまでの敵打倒率(キルレシオ)は凄まじいものだった。それは身に宿した魔剣の紋章の脅威を表しているとも言えるが、それ以上に限界を超えた無茶をしすぎていた。打ち身、捻挫、擦り傷、切り傷、骨折、火傷、負ってない傷を探すほうが早いくらいであった。


「ですから今日は少しくらい夜更かし……ってもう昼か。しても問題ないですからね」


「そうですか……」


 ミレイヌは次の言葉を編み出せず、手持ち無沙汰に持っていたタバコを転がし、結局吸うのを諦めて折って捨てる。すると目の前に何かが飛んできて、反射的にそれをキャッチした。何やら固い紙で作られた箱のようだった。


「これは……?」


 ミレイヌは尋ねると、それを投げたシェリルは笑顔――少し憂いを帯びていたが――で答える。


「外のタバコです。……男性向けのですから、少し強いかもしれませんが、私は吸わないんでどうぞ」


 シェリルは次いでライターを懐から取りだした。最初はミレイヌは意味が分からなかったが、恐らく火が出る物だろうとアタリをつけ、箱からタバコを取り出す。シェリルはライターの火をつけると、ミレイヌは有難くその火を貰った。そして一息吸い、吐き出す。


「……ありがとうございます」


 そのタバコはイシスニアでは味わったことの無い味だった。苦味が少なく、ミントのような清涼さと甘みがあった。そして口をつける部分に何かしらの成分があるようで、タバコのきつさが軽減され、舐めると少し甘い味がした。ミレイヌは夢中になってもう一息吸い、そして吐く。その様子をなぜかシェリルは嬉しそうに見ていた。


「このライターもお渡しします。……吸わない私が持つよか、その方が喜ぶでしょうし」


 シェリルはライターをミレイヌに投げ、ミレイヌはそれを受け取る。ミレイヌはタバコを吹かしながらシェリルに尋ねた。


「……これはタイレル様の物ですか?」


「ええ。タイレルのやつ、タバコが大好きで今回の任務に持ってくのも絶対に譲らなかったので、まだ沢山ありますから」


 シェリルは答えるが、そこからまた会話が続かなくなってしまう。ミレイヌはタバコを一本吸い終わると、次のタバコを取り出し火をつけた。


「……もう一本吸うんですね」


 シェリルの質問に、ミレイヌは表情を変えずに答える。


「ええ……。ちょっと今は吸いたい気分でして」


 そしてミレイヌが吸っている様子を、シェリルは何も話さずにただじっと見ていた。2本目のタバコをある程度吸ったところっで、ミレイヌがシェリルに話しかける。


「……あなたがフリントに特別な感情を抱いていた理由。タイレル様……あなたのお兄様が世話になったから、ですね」


 ミレイヌの言葉にシェリルは顔を反らし、しばらく黙ってから頷く。


「…………さっきも話しましたが、タイレルとの最後の会話は仲介人(クッション)を介した手紙が精いっぱいでした。でもそんな中で、フリント君に対する礼のことはいっぱい書かれていたんです。……タイレルは友達が多いタイプではありませんでした。私の世話で精いっぱいで、ずっと私に付き合ってくれていたんです」


 シェリルは手を顔の前で組み、顔を当てる。


「そんなアイツが……そこまで書いていたフリント君って人はどうなんだろうって…………自分が死ぬのを理解していたのに、恨み言を言わずに託したフリント君は…………どうだって…………」


 シェリルは目に涙を浮かべながらも言葉をつづけた。


「…………もうこの任務は私にとって単にこなせばいいものじゃなくなりました。タイレルが託した遺志を、フリント君の行く末を、私は見届けなきゃいけないんです。……それが、私のタイレルの……兄さんへの弔いですから」


 シェリルの言葉をミレイヌは黙って聞いていた。そしてシェリルが落ち着くのを見計らない、ミレイヌも口を開く。


「私が外を目指したい理由はフリントを守りたいから……だけではありません。私には私の目的があります」


 シェリルは目に涙を溢れさせながら顔を上げてミレイヌの方を見る。ミレイヌは薄く微笑みながら言葉をつづける。


「…………このイシスニアにいる限り、魔力不能者と健常者は”結婚”ができません。二人が夫婦でいることを実感していればいいって言葉もありますが、……それじゃあ”祝福”がされないじゃないですか」


「……結婚?ミレイヌさん彼氏でもいるんです……?」


「…………”私”と”フリント”が結婚するには外に出るしかないんですよ。それが私が外に出る理由です。……シェリル様。もうお疲れでしょうから戻ってお休みになられてはいかがでしょうか。私はまだしばらく、タバコを吸っています」


「…………うん?」


 シェリルはミレイヌの発した言葉の意味が分からずに、言われるままに立ち上がって寝床へと戻っていった。だが歩いている最中も頭の中に?が浮かんでいた。


「結婚…………私…………フリント…………祝福…………うん?…………んんん! ?」


 シェリルは寝床の前まで来てようやく言葉を咀嚼し、飲み込むことができた。そしてミレイヌの方へ振り替えると、ミレイヌは新たなタバコに火を付けていた。


「け……結婚!? あれ……? フリント君って確か16で、ミレイヌさんて28…………!?」



 シェリルが困惑しながら寝床についたのを見て、ミレイヌは火を付けていた3本目のタバコから口を離す。そして火を付けたまま床に置き、壁に寄り掛かった状態でズルズルと腰を降ろしていく。


「…………そうか。タイレル様はシェリル様の”兄”か。私は…………最低だ」


 2本もタバコを吸ったことで、ミレイヌの頭の中では酔いが回り始めており、軽い鈍痛すらあった。だが今はその痛みが有難かった。――でなければ自分を許せなかったから。

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