第5話 闇は全てを覆い隠す 後編①

 「グガアアアアアアア!!!」


 地下にけたたましく鳴り響く咆哮により、フリントたちは現実に引き戻される。電撃を食らい身体が麻痺していたフォルリザードが動けるくらいに体力が回復し、怒りの形相でフリントたちをにらみつけていた。


 フリントは満身創痍、シェリルは魔力切れ、ミレイヌも打つ手はない状況ではあったが、3人とも妙に恐怖心はなかった。まともに考える”タガ”が外れてしまったのもあるが、もう負ける気がしない、とう考えてもいたからだった。


 ミレイヌはシェリルを再度肩から担ぎ上げる。その様子を見て、フリントは呆れてミレイヌに突っ込んだ。


「おま……もうちょい女の子同士なんだからかわいい持ち上げ方とかしろよ……」


「あ、それ私言った」


 シェリルは担ぎ上げられながらフリントに指さして言った。ミレイヌは深くため息をつこうとするが、周囲の異臭を吸い込むことになるのでグッと我慢し、フリントに悪態をつく。


「じゃああなたが持ちますか? 腰いわしても知りませんが」


「あ……あはは……重そうだからパス……」


「お……重そうって!? 女の子に対して言うセリフじゃないんじゃないのフリント君!」


 シェリルはフリントにキレて文句を言うが、その時フォルリザードの足元が見えた。そして打開策を思いつき、口を吊り上げる。


「……聞いて。この場を切り抜ける方法を思いついた」



 フォルリザードはフリント達3人、特にミレイヌに目を付けた。自分の目を潰した張本人であり、そしてシェリルを背負って重そうにしているのを見て、本能的に狙うべき相手だと察したのだ。そして息を大きく吸い込むと、地鳴りを上げてミレイヌに突撃していく。


「今!」


 シェリルが合図をすると、フリントとミレイヌは散開して、魔獣の足元をすり抜けていく。だが魔獣は狙いをそらさず、真っすぐにミレイヌ達の方へ向かっていく。


「こっちを……見ろ!」


 フリントは魔剣の魔力を――先ほど魔獣の口の中を刺した時に吸収した魔力を使用し、剣先から鞭のようなオーラを出し、魔獣の足へそれをぶつける。急に片足の、それも向かっている方向とは逆の足の力が抜けたフォルリザードは、バランスを崩して転倒する。


 ミレイヌはその隙に横を通り抜け、先ほど魔獣が暴れていた位置へと、その暴れた影響で水路の床が抜け、できた穴へと向かう。


「こっちだバケモン! 今てめえをコカしたのは俺だ!」


 フリントは必死に魔獣への挑発を行う。シェリルの考えた作戦――というより単なる思い付きは、とにもかくにも時間が必要だった。フォルリザードは頭を振って立ち上がると、フリントを睨みつける。フリントももう昨晩から動きっぱなしで、さらに元々怪我をしていたこともあり、シェリルと同じく担いで運んでもらいたいくらいには消耗しきっていた。だが、残った一欠片の元気を振り絞り、剣を構える。


 フォルリザードは舌を伸ばし、フリントを捕まえようとする。だがフリントはすでにその攻撃の攻略法はわかっていた。


「残りの……魔力全部使う! 弾けろ! 魔剣!」


 フリントは先のロード達との戦いで使用した、オーラを爆発させることによる範囲攻撃を使用した。フリントの全身に紫色の球体が覆い、弾ける。それは魔獣の舌を弾き、そして魔力を吸収して力を失わせた。


「全長10m以上あるタッパ……体重は3トンか?それとも10トン近くあんのか?もしくは魔獣は魔力の塊だから体重とか関係ないのか?……その舌も見積もって100kg近くあるだろうが……魔力の塊ならなぁ!!!」


 フリントは咄嗟に前に踏み込み、力を失い垂れ下がった舌を魔剣で切り裂く。人間相手では肉体を傷つけることはなかったが、魔獣の場合は違うと先ほどからの他の魔獣との戦いで理解していた。


「ギャウギャアアアア!!!」


フォルリザードは雄たけびを上げて身をよじらせるが、魔剣により切り裂かれた舌を勢い余ってちぎってしまう。そして更なる痛みで悶絶し、フリントは大いに時間を稼ぐことができたと確信する。


「フリント君! 行ける!」


 シェリルがフリントを呼んだ。フリントがシェリル達の方を見ると、魔獣によって空けられた穴に明かりが灯っていた。


「やっぱり! この下は地下4層に繋がっていて……この先なら私でも道がわかる!」


 シェリルが思いついた策とは、フォルリザードが空けた穴が、地下4層に繋がっているかどうかという賭けだった。シェリルはなけなしの魔力を使い、明かりを穴から落として高度を確認していた。


「フリント君急いで!」


 シェリルは叫んだ。魔獣は悶絶していたものの復活し、改めてフリント達を追おうと身を翻す。フリントは魔剣をしまうと、全力でミレイヌ達の下へと走っていく。


「俺のことはいいから先に飛び降りろ! こっちはこっちで何とかする!」


 フリントはミレイヌ達に叫びながら言う。後ろから地響きが響き渡り振り返ると、魔獣がこちらに一目散に突進してきていた。


「いけぇええええ!!!」


 フリントの声を受けてミレイヌ達は穴から飛び降りる。フリントももう体力の限界であり、呼吸は咳になり、胸の奥が酸素が足りない感じがして詰まるように痛い。だがここで諦めることはできない。最後の力を振り絞って、倒れても這うように進み、ミレイヌ達が飛び降りた穴へと飛び込んだ。



 頭上に響き渡る地響きは未だフリント達を探しているものだと、フリントは天井を見上げながら考えていた。だがその地響きも次第に遠くなり、聞こえなくなったことで、フリントはようやく肺の底から息を吐いた。


「た……助かった……のか……?」


「なんとかね……本当に疲れた……」


 隣からシェリルの声が聞こえた。暗くてよく周りが見えなかったが、シェリルもすぐそばにいるようだった。


「それにしてもここは……?」


 当然シェリルを担ぎ上げているミレイヌも側におり、ミレイヌは周囲を見回していた。フリント達が落ちた穴は頭上2mほどにあり、現在フリント達がいる場所はなんらかの広い空間のようだった。


「あ、ミレイヌさん。これ」


 シェリルはポケットから懐中電灯を取り出しミレイヌに渡す。ミレイヌは使い方がわからずにどうしたらいいものかと、ただひたすらに振り回していた。


「ああ、すみません。そうか、こっちの人はスイッチを押すとかわからんのか……」


 シェリルはミレイヌから懐中電灯を戻してもらったが、ミレイヌは少し不機嫌そうに頬を膨らます。シェリルが懐中電灯のスイッチを入れると明かりが灯り、ようやく周りの状況が確認できるようになった。そしてフリントとミレイヌはその明かりにより、自分たちがいる場所の異質さを確認する。


「今俺たち、どこにいるんだ……?」


 ミレイヌが明かりで周囲を照らすと、柵が周りにあるのが分かり、そして今、自分たちが非常に高い建造物の上にいることが分かった。――思えば地下3層も天井までは20m近くあったのに、今回4層に降りるにあたって2mも落ちてないのはおかしかった。


「ここは駅周辺のオフィスビル。……私たちの目的地の近くで目立つ建物だったから覚えたんだ」


 シェリルは混乱しているフリント達に説明するように言う。だが、聞きなれない単語のせいで、さらに混乱は加速するだけだった。


「駅周辺?オフィスビル?……というかビルってなんて意味の単語なんだ?」


 フリントは困惑しながら尋ねる。ミレイヌも同様の思いを抱いており、シェリルは苦笑いをして答えた。


「あはは……なるほどここまで文化の違いってやつがあるのね……。多分降りて見た方が早いと思う。ミレイヌさん、向こう照らして。多分この”屋上”から出るところがあるから」


 ミレイヌはシェリルが指さした方向を懐中電灯で照らす。すると小さい小屋のような建物と、扉があった。フリント達はシェリルの案内通りにその小屋に入っていく。長年放置されていたこともあり扉が錆びてはいたものの、ミレイヌが強引に蹴り破って扉を開けた。中から埃が舞い、フリント達はせき込む。


「ゴホッゴホッ!? ……そりゃあ何百年も放置されてりゃ埃だらけにもなるか……!」


 フリントは目に涙を浮かべながら中を除く。数百年前の建物ということもあり、内装のセンスは今のイシスニアとは比べようがなかったが、むしろ妙に綺麗で清潔な感じを抱かせた。――それよりもフリントとミレイヌには気になることがあった。


「……この建物、床や壁が石じゃないのか……?」


 フリントは中に入った途端違和感を感じた。地面が妙にツルツルとしており、石の上に絨毯を置いてあるだとかそんなのではない、今までに経験したことのない床の材質だった。


「あ~……多分タイルか何かかな? そうか、もう上の世界じゃ全部石だからか……」


 シェリルはフリント達の困惑具合を推察し、勝手に納得していた。フリントは尚も困惑していいたが、それは奥に進む度に更に深まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る