第4話 願いと呪い 中編

 ロードが気づいた弱点。それは皮肉にも魔剣の紋章の長所にもなり得る”物理的な防御”が不可能という点だった。これは言い換えてしまえば魔剣の紋章側も物理攻撃への防御手段が無いということになる。ロード自身が持っているように普通の剣のような攻撃手段が無いわけではないが、それが機能する間合いでは魔剣の紋章による攻撃にやられてしまう。そのための防御不可能な石つぶてによる制圧だった。そしてそれは上手くいった。


「各員油断はするな! まだ息があるかもしれん!」


 ロードも剣を抜き、土煙が止むまで防御体勢を解かなかった。アイツはこんなもので死ぬようなヤツではない。まだ――。だがその土煙は予想だにしない方法で止むことになる。少し風が吹いたかと思うと、煙が線状に切り裂かれ――兵士たちが持っていた盾がいきなり消失した。


「なっ……!?」


 兵士たちは盾が消えた瞬間、倦怠感が全身を包み膝を崩す。そして再度風が吹き――兵士たちは意識を失い倒れた。二度の風で土煙が止むと、そこには全身埃だらけになり汚れ、傷と血だらけになったフリントと、右手に握られた魔剣の紋章があった。フリントの表情は怒りに染まり、対してロードは部下が副官を残し全員倒れたことで恐怖に染まる。


「ふざけるな……」


 フリントはロードを睨みつけながら言った。

 

「ふざけるなよ! こっちにはセーラが! まだ息があるお前の部下だっていたんだぞ!? 狙うのは俺だけでいいだろう!? それを……あんな無差別に穴開けやがって……!!」


× × ×


 先の石つぶてによる攻撃の際、フリントがまず思ったことはセーラを守ること、そして足元を見て思った。


「ほっとけばこいつらも死ぬ……!」


 彼らは自分を殺しに来ており、なおかつ不能者である自分を差別してきた者たちだ。助ける義理はない。だが、すでに動けない戦闘不能の人間を助けないということは、自分の中の最後の何かが崩れてしまう、そんな気がした。


「一か八かだ!」


 貯められていた魔力を加速の要領で全部爆発するように噴射させ、衝撃波を前面に出す。だがそれ一回だけでは向かってくるつぶてを弾き返すには威力が足りなかった。あともう一発必要だ。だがもう魔力は――。だが何故か剣には魔力が込められていた。何故?フリントは剣を見た。剣の周りにオーラが纏われており、射程を伸ばして遠くの人間の魔力を吸い取っていた――。


× × ×


「剣が伸びたのか……! ?だがどこから魔力を……! ?」


 ロードは恐怖の最中、疑問に思ったことがあった。あのつぶてを防いだとして、その後の攻撃のための魔力はどこから来たのだと。そして煙が収まるにつれそれがわかった。フリントが庇ったはずのセーラが倒れていた。体は埃で汚れていたが、傷はついていない。つまるところ――


「セーラから魔力を吸収したのか……!」


 ロードは疑問の解答を口にしたが、フリントは首を振った。


「いいや、違う。”ここの近隣住民みんな”からだよ」


 フリントはオーラを光の刃として纏った魔剣を振るう。他人から吸い取った魔力を糧に魔剣は喜んでいるかのように鳴動をする。


「とはいっても店が並ぶこの付近じゃあ、深夜は人はそんなに住んでなかったのか?……まぁいい」


 ロードは目を見開き、心臓の動機が止められなかった。恐怖による汗が全身をネバつかせるほどに噴き出し、剣を持った手が震えた。横にいるミリーもそんなロードの怯え具合を見て同時に恐怖していた。――自分たちだけでは、目の前のこの化け物に勝つことはできないと。


 フリントが屈んだ瞬間、ロードは攻撃が来るものと思い恐怖に目を瞑る。――だが10秒以上経っても想像したものは来なかった。恐る恐る目を開けると、フリントがセーラに肩を貸し、自分の横まで歩いてきていた。


「……もう追ってくるな。次来たら、今度こそ容赦しない」


 フリントはつぶての影響で扉が壊れた建物に入り、石術の紋章によって立てられた壁を横周りして抜ける。そしてそのしばらく後、シェリルとミレイヌが周囲の建物を乗り越えて広場へと来た。


「なにこれ……! フリントは!?」


 シェリルは広場の惨状を見てフリントを心配するが、ミレイヌは立ち尽くしているロード達と、近くのこじ開けられた扉を見て状況を察する。そしてフリントが通った店を指さす。


「シェリル様。おそらくフリントとお母さまは無事です。あそこの店を見てください。駅に向かって扉が開けられています。……おそらくフリントたちです」


「よかった……」


 シェリルは安堵したように言い、店へ向かおうとする。だが立ち尽くしているロードとミリーを見て、ミレイヌに質問した。


「……どうする?今は呆けているみたいだけど、念を持ってしばらく動けなくする?」


 シェリルは右手に魔力を込めるが、ミレイヌは首を横に振った。


「いいえ……。今はそっとしておきましょう。…………もう追ってくることはないでしょうから」


 ミレイヌから突き付けられた言葉に、ロードは動けないながらも目を見開いた。


「ふーん……ま、そちらの都合もあるだろうしね」


 シェリルはロードに手を振って、フリントの後を追いかけていく。ミレイヌも追いかけようとするが、その前にロードに会釈をした。


「……ロード様。私ミレイヌは本日をもって、ギミ家の使用人を辞めさせていただきます。旦那様にもお伝えください。……では」


 ミレイヌが行こうとしたとき、ロードはハッと気が付いて手を伸ばそうとする。幼い子供の時から自分の世話をしてくれたミレイヌ、兄が不能者と診断されてから自分を見なくなったミレイヌ、そしてあのゴミを庇うために父の寝室に入っていくミレイヌ、その姿がフラッシュバックする。


「待って…………!」


 だがその言葉は届かず、ミレイヌもフリントの後を追っていった。


「あ……あああ…………!!」


ロードの両目から大粒の涙がこぼれ落ち、膝から崩れ落ちて声を上げて泣き出す。横にいたミリーは慰めようとするが、ロードは無言でそれを突き飛ばした。だがロードの心の奥底には未だ宿っているものがあった。――必ず、必ず殺してやると。



 駅の入り口にかけられたチェーンを乗り越え、構内に侵入したフリントはセーラをベンチに寝かせ、周りに追っ手がいないことを確認すると、ようやく一息ついた。


 ――そして身体の震えが止まらなくなった。吐き気を感じ、慌てて近くの柱まで近寄り、思いっきり吐き出す。何度吐いても吐き気は止まらず、胃の内容物が出なくなってもえずき続けていた。体調が悪いわけではない。心理的なものだった。


 そして今の今まで魔剣を出したままだったことに気づき、不浄なものに触っていたかのように急いでしまう。自分の右手に持っていたこの剣が、今になってとんでもない――最悪の殺人兵器であるという認識をさせられていた。


 あの時、セーラ達を守ろうとしたあの時。魔力を使い果たしたと思っていたら剣が伸び、自分の意図しない挙動を行い、周囲の人間から――セーラや、無関係だった建物の中にいた民間人からも魔力を吸収していた。物理的な制限を受けないその剣は、たとえ建物の中にいようと関係ない。もし吸収した人たちの中に老人や、病人や――子供がいたら?建物の中にいて誰が誰だかわからなかったが、想像するだけで吐き気が止まらなかった。


 この紋章を持って、自分が特別な力を持った選ばれた人間だと、自惚れていなかったと本当に言えるだろうか。今になって思わされる。セーラが心配していたのはあの状況をどう切り抜けるかではない、俺が自分の持っている力に気づいていなかったのだと。


「フリント君ー! おばあ様ーー!」


 フリントが通ってきた道からシェリルの声が聞こえ、フリントが現実に引き戻された。顔じゅうの穴という穴から体液が出ていた自分の顔を強引に袖で拭き、その声に答える。


「ああ……ここだ……今行く…………」


 少なくとも今はそんな感傷で足を止めていることはできないのだから。

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