第4話 願いと呪い 前編

 ミレイヌと共に殿を務めるために残ったシェリルは、ミレイヌの戦闘能力に驚愕していた。潜入前に見た資料の中にあった、戦闘用の紋章としては随一の性能を持つ加速の紋章――それを見事に使いこなし、的確に敵の急所をとらえ、昏倒させていた。


「この人……こんなに強いの……?」


 先ほど横で聞いていた話では元々軍にいたと言っていた。シェリルもフリントの家庭事情にそこまで詳しいわけではないが、ミレイヌの強さは使用人が自衛や護衛のために鍛えるといった範疇を大きく超えていた。これはまるで――。


 シェリルはミレイヌが周りの敵が手出しできないよう時間を稼いでいる間に、大型魔法の準備を完了させる。水魔法と風魔法を組み合わせ、周囲の敵に水気を含ませた空気をまとわせそこに――。


「準備完了! ミレイヌさん下がって!」


 シェリルの合図にミレイヌはシェリルの側まで下がる。そしてシェリルは敵の周囲で淀んでいる空気に向かい、電撃魔法を放つ。


「さっきの霧とは……痛さが違うよっ!」


 バチッ、という音が鳴ったかと思った瞬間、轟音が鳴り響き、兵士たちが感電し次々に倒れていく。一般兵には戦槍の紋章が支給されるため、武器は魔力によるものだが、身に着けている鎧などは鉄製であるため電気が非常に通る。防御もできないままシェリル達を囲んでいた兵士たちは行動不能に陥った。



 それを見て冷や汗を流したのはミレイヌだった。外の世界から来たというこの少女だが、紋章を使用しないこの魔法技術は明らかに異質だった。外の世界がこのような魔法を使い、先ほどの双眼鏡のような機械を使いこなすのなら、この世界はどうなる?これはまるで――。


 その時だった。背後で何かが崩壊する音が鳴り響いたのは。二人は振り向くと、いつの間にか駅へ続く道に巨大な石の壁ができており、道がふさがれていた。


「な……何……? この壁は……!?」


 シェリルは突然出てきた石の壁に驚くが、ミレイヌには心当たりがあった。


「ロード様……! 先回りされていたというの……! ?」



 フリントの周りでは10人の兵士が戦槍の紋章を起動させ構えた。だが攻撃には移らず、じわじわと距離を詰めていく。


「いいか! こちらから攻撃はするな! 奴の剣に触れたら魔力を吸い取られるぞ! 奴は”一度魔力を吸収しなければ大技へは移れない”! 魔力の吸収の機を与えずに、詰めていけ!」


 ロードの指示にフリントは舌打ちをする。先の戦いでしっかりこちらの弱点を理解していた。フリントが魔力不能者故に、所持者の魔力を利用した技を使用することはできず、まず一度魔力を吸収しなければならないことを。


 何故この人数がいて、飛び道具の紋章持ちがいないのかもハッキリした。防御されて魔剣の紋章に魔力を渡すのを避けるためだったのだと。敵ながら流石自分の弟だと感心した。だが。


「少し……詰めが甘かったな!」


 フリントは剣を振るために構えると、周りの兵士は警戒して足を止めた。距離はまだ5メートル以上あり、仮に最初の一人がやられてもすぐに周りの兵士で囲んでフリントを殺すことができる体勢は整われている。――はずだった。


 フリントの正面にいた兵士は決して目を離したりはしていなかった。だが、一瞬何か噴射音のようなものが聞こえると、通常考えられない速度でフリントは懐に飛び込んでいた。


「バカな……! なぜ……! ?」


 ロードはあの時見た魔剣の紋章を利用した加速術を思い出していた。だが今回は魔力を吸収させないように気を付けたはず――どこで――!? そして思い出した。なぜ自分がフリントを見つけられたのかを。


「あの霧が……!」


「そうだよ! 俺を追い詰めるまでは考えたようだが、一手足りなかったな!」


 シェリルが作り出した魔力による霧。それを紋章が吸収してしまったことでフリントの居場所はバレてしまった。だが今はその魔力を吸収してすぐだったためか、魔力を保持したまま剣を出すことができた。――フリントも実際に剣を出すまでは魔力が宿っているかどうか賭けではあったが。


 フリントはまず目の前の敵の槍を弾き、槍を消滅させその魔力を吸収する。そしてその魔力を利用して更なる加速を掛け、槍が弾かれたことで体勢を崩した相手へと切りかかる。防御も許されないその攻撃に、兵士は最後の抵抗として目の前に腕を伸ばすが、魔剣はそれすらも貫通し、兵士の体を傷つけることなく切り裂いた。


 フリントは次の敵へ向かおうとするが、兵士たちも素人ではない。フリントの体勢が整う前にすでに攻撃に移っていた。これもロードから聞いた情報である。”剣に触れなければ防げない”と。フリントは加速を掛けようとしたが間に合わない。だがその時だった。


「何……!? 剣が勝手に……!?」


 魔剣が鳴動すると、紫色のオーラが球体状に広がる。そのオーラに触れた瞬間、槍は分解され、兵士たちも力を失い膝をつく。


「これは……新しい技か!」


 魔力を噴射することで加速を掛ける技だけでなく、魔力を放出してその空間内にいるモノから魔力を吸収する技。だがフリントはそれらの技に違いがあることに気づく。敵から魔力を吸収したはずなのに、先ほどより魔剣の纏うオーラが少なくなっていた。敵も直接切りつけるよりダメージは少なく、膝をついたとはいえまだ動けそうであった。


「なるほど……爆発するように魔力を消費して、直接触れないから吸い取れる量も少なく、吸い取った魔力より消費した魔力のが多くなるのか……」


 先の戦闘でも思ったが、この魔剣の紋章は最強に見えて非常に癖のある性能をしているようだった。初撃を何としてでも当てねば普通の剣とさして変わりなくなり、一度魔力を吸収しても魔力を伴った攻撃を一度でも外せば、また初撃を何としてでも当てねばならなくなってしまう。その代わり一度ハマれば圧倒的な力を発揮する――。


 フリントは膝をついて動けなくなった兵士たちの魔力を吸収しながらそう思った。その間、周りの兵士たちは恐怖から動けなくなってしまっていた。今まで見下していた不能者が、自分たちに特効の、攻撃も防御も許されない力を向けてきている。


 そして5人目の兵士の魔力を吸い切った時点で、魔剣の紋章は不気味な鳴動を響かせていた。それはまさしく”魔剣”そのものであった。


「セーラ! こっちへ!」


 フリントは腰を抜かしていたセーラを呼ぶ。セーラは呼ばれることで慌てて立ち上がり、フリントの後ろへとついた。周りを囲んでいた兵士の半分を倒したことで包囲に穴が開き、セーラを安全圏に避難させるためのスペースができていた。


「フリント……!」


 セーラは不安そうにフリントに尋ねる。それはこの状況をどうにかできるかという不安ではなかった。だがフリントは敵から目を離さず、ピースサインをして返答する。


「大丈夫。必ずこの場を切り抜けてやるさ」


 そうじゃない。セーラはそう言いたかった。だがそれを言葉にすることもできなかった。


 ロードは圧倒的な力を振るうフリントに対し、酷く嫌悪感を感じていた。つい2日前までは虐げられる立場だったのに、紋章を手に入れた途端さも全能になったかのように振る舞う不能者に。だが奴はまだ気づいていない。その紋章のもう一つの弱点を。


「ミリー。事前の打ち合わせ通りに行くぞ」


 ロードは側にいた副官に命じ、ミリーは敬礼をして返答する。そしてミリーは額に宿した紋章、発破(ブラスティング)の紋章の起動準備を行う。生き残った兵士たちも戦槍の紋章の形状を盾の形へと変えた。


「なんだ……?」


 敵の動きが明らかに変わりフリントは警戒して剣を構える。だがそれはミスであった。この後の敵の作戦を止めるならば”すぐに距離を詰めなくては”いけなかったのだった。


「こちらが何か怪しい動きをすれば警戒して足を止めるよな。お前は”優秀”なんだから。……だけど、これでお前は完全に詰んだんだ。僕の勝ちだ!」


 ロードは広場の中心の地面を操作し、巨大な石の塊を宙に浮かす。フリントは昨日の経験から剣を構えてそれを防ぐ準備をする。


「そう。お前のその紋章は”魔力”を伴った攻撃を吸収する。昨日の僕の石術による攻撃も、魔力で形状を変えていたから、吸収されたら塵になって防がれていた。……だがこうしたらどうだ?」


 ロードは宙に浮かした石の操作を止める。当然操作されなくなった石が重力に従い地面に落ちていく。最初フリントは訳が分からなかった。だが石が落ちていく先、防御を固めた兵士たちの姿、そして何やら集中しているロードの横にいる女性兵士の姿を見て、全身から汗が噴き出す。


「しまっ……! セーラ! 隠れ…………!」


「紋章! 起爆!」


 ミリーは目を見開き、ロードが用意した石の塊の中心で発破の紋章を起動させる。爆発の衝撃は敵まで届くような距離ではない。仮に届いてもその衝撃も魔剣の紋章の吸収範囲になるかもしれない。だがその衝撃と共に撒き散らされる”魔力を失った石の破片”こそが、本命であった。


 石の破片が周囲に音を上げて飛び散る。周囲の建物にめり込み、街灯を破壊するが、ロード達への被害は盾によって防がれた為0であった。石はあらゆる箇所にぶつかり、発破による爆発と合わせ、土煙が上がり視界が塞がれた。

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