第3話 霧の中でもがくもの 後編

 駅が目的だということはロード側はまだわかっていない。そのため各方角に兵士は散るように配置されており、フリントの周囲に4人ほどいたのも、霧のために各配置場所での連携が取れなくなり、各兵で合流しようと固まっていたためだった。


 だが霧が晴れた今状況は変わった。ギミ邸から出た方角により目的地はおおよそバレてしまった。高台を維持して監視を続けていたのはロードだけではない、他の兵士たちも彼らなりに霧の中で状況を把握しようと努め行動していた。セーラを抱え動く速度に限度があるフリントたちの状況は、非常に悪い方向へと向かっていた。


 フリントとミレイヌは全力で走り、先行していたシェリル達に追いついた。セーラも息を切らしており、急いで駅まであと5分までという距離だった。


「ゼェ……ゼェ……すみません。私が足を引っ張ることになってしまい……!」


 セーラは息を切らしながら謝るが、シェリルはそれを宥めた。


「大丈夫ですって。元からスムーズに脱出できるなんて考えてませんから。そんなことよりあと少しです。もう少し頑張りましょう!」


 その様子をフリントとミレイヌは困惑の汗を流しながら見ていた。


「フリント……まだ信用してはいけませんからね、あの子のこと……」


「あ……ああ……わかってる……」


 その困惑した空気を後ろから来る兵士の声がかき消した。


「いたぞ!」


「くっ……! 早い……!」


 複雑な地形故にフリントたちが見つかりにくい道を選ぶ中、待ち伏せている方は通りやすい大通りを最短距離で進めるため、すぐに追いつかれるのも必然であった。先のシェリルの情報では外に20名。だがそれはあの時外に巡回していた兵士だけの数なので、実際はそれ以上にいてもおかしくはない。


 フリントたちを見つけ、走ってこちらに向かっているのは5名であったが、じきに囲まれるのも時間の問題――。フリントは選ぶ必要があった。追いつかれないよう5人を倒すか、先回りされないことを賭けて前に進むか。


「ミレイヌ……どうしたらいい?」


 フリントはミレイヌに尋ねる。ミレイヌも同じことを考えていたのか、どちらかを決断するために顎に手をあてて考える。だがその二人の思索を、一つの明るい声がかき消した。


「ここは私が足を止めます」


 シェリルが二人の間に入り足止め役になることを提案する。だが二人はそれに難色を示した。頭を回転させながらフリントは言う。


「いや……お前が残っても……」


「私は調査したとはいえ、君たちに比べたらここの地理には詳しくない。正直駅もどこにあるかまだピンと来てないからね。ならここで私が足止め役になって、おばあ様を駅に届けた後に合流した方がまだ……」


 シェリルは理由を説明したが、まだ二人は納得せずにいた。そんな様子を見て、シェリルはため息をつく。


「…………私が信用できないから?」


 図星を突かれた二人は表情を強張らせる。ミレイヌは諦めてうなずいた。


「ええ……申し訳ございませんが、そうです。あなたに殿をつとめて頂くほどに、私たちはあなたを信用しきれません」


 ミレイヌは持っていた双眼鏡をシェリルに返す。


「ですから、ここは私が足止めします。フリントとシェリル様はお二人で……!」


 ミレイヌの提案にシェリルは慌てて止める。


「ストップストップ! ミレイヌさんがどんだけ強いか知らないけど、この数は無茶だって!」


 話し合いが進まないこの間にも、敵は徐々に追いついてきている。もう話し合っている時間はなかった。――そしてミレイヌとシェリルは同時にあることを閃く。


「「…………あ」」


 互いにその声が出たタイミングを聞いて、互いに同じことを思いついたことを知った二人は笑みを浮かべた。


「どうやら……」


「同じことを思いついたみたいですね」


 二人は未だ悩むフリントに向き直り、フリントの肩に手を当てる。


「ここは私”たち”が足止めをします」


「フリントはおばあ様を連れて、さっさと駅まで行って!」


 二人からの提案に、フリントは困惑を隠しきれずに言う。


「はぁ!? そんなことお前ら……!」


 反論するフリントにミレイヌが強引に肩を押して、セーラの方へ突き出す。


「もう時間がありませんから! 必ず後で追いつきます! 早く!」


 集まり始める敵の姿を見て、フリントももう限界が超えてしまっていると判断し、あえてシェリル達を方を見ずに、息を切らせて腰を落とすセーラを支える。そして一言だけ二人に伝えた。


「……頼む!」


 フリントはセーラを支えるようにして、駅まで走っていく。その様子をシェリルとミレイヌの二人は落ち着いた様子で眺めていた。


「私が信用できないなら、二人で残ればいいってことですね」


「あなたの目的がフリント……いえその右手にある紋章なら、フリントの生死は二の次でしょうから。元々フリントの存在はあなた方の計画にないはずです。ならフリント無くとも紋章を外に持ち出す手段を、あなた方は持っているはずですから」


「……どうでしょうね。もう私にとって、紋章と彼は切っても切れなくなっちゃいましたけど」


 その言葉を発したシェリルは憂いの表情を帯びていた。ミレイヌはそれに気づきはしたが、あえて聞かなかった。――もうそんな話をしている時間はないからだ。先ほど5人ほど見えていた敵は、わき道からも合流し、10人ほどに増えていた。敵もバカではない、誰か優秀な指揮者がいる。



 フリントはセーラを支えながら走り、駅前の広場に到着した。待ち合わせにも頻繁に使われるこの円形の広場は中心に噴水があり、基本道だらけであまりスペースが無いイシスニアの中で、貴重な憩いの空間であった。だがここはまだギミ家の領内であり、本当に逃げ込むには駅の構内まで行く必要があった。


 背後では戦闘の音が聞こえるが、広場前には兵士は一人も来ていない。シェリル達が上手く足止めしてくれている証拠だった。フリントも息を切らしていたが、あと100メートルも無い――その時だった。


「ここに来ると必ず思ったよ」


「なっ……!?」


 駅の入り口前に石が突然切り立ったと思うと、広場から抜ける道全てにも同じように石が切り立ち、道がふさがれてしまう。――石術の紋章の力なのは明らかだった。そしてこの紋章を使える人間は限られている。


「ロード……!」


 駅の入り口前にある建物から、ロードが姿を現す。側には副官であるミリーを連れており、それを機に周囲からも兵士が現れ、10人ほどの兵士がフリントを囲んでいた。フリントはセーラを自分から離すと、魔剣の紋章を起動させ、剣を持ち出して構える。


「どうやって先回りを……!?」


 フリントは当然の疑問を口にした。いくらこちらの移動速度が遅いといっても、シェリルの霧でそれなりの距離は稼げていた筈なのだ。その疑問にロードはフリントの後ろを指さして答える。


「石術の紋章はとにかく便利でね。周りが石に囲まれているならできないことはないのさ。空に橋を架けるくらい、ね」


 フリントはロードの指さした方向を見た。それぞれの家の屋根から現代アートのごとく、歪な形で石が突き出しており、それが橋を架けてこの広場まで伸びていた。ロードが拳を握ると、その橋は音を立てて崩れる。


「そしてこれで逃げ場も、助けが来ることもない」


 フリントはこめかみに汗が流れるのを感じた。この状況はまずい。駅前で待ち構えていたということは、ロードもこちらの目的は察していると見て間違いない。つまりフリントがここから無事で抜ける方法は一つ。全員倒すしかないのだ。


 だがフリントは気づかなかった。この状況で、魔剣の紋章が不気味に光っていたことを。そしてこの戦いの後、ロードと――フリントは悟ることになる。――この紋章を外に出してはならないと。

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