第3話 霧の中でもがくもの 中編②

 フリント達は霧が広がり始めると共に行動を開始した。あらかじめ確保しておいた裏口の脱出路から敷地外へと出て、駅へと向かう。国のトップクラスの要人の屋敷であることから、そこからの交通網は非常に整備されている。駅へ向かってもほぼ迷うことなく一直線でいけるようになっていた。しかしそれは敵も待ち伏せをしやすいということである。


 霧の中に隠れているとはいえ、4人も一斉に動けば足音で容易に発見される。すでに時間は深夜であり、通りに誰もいないなら尚更であった。そのためセーラとシェリルを先行させ、フリントとミレイヌは後からついていく形をとった。


 本来セーラを守る義理のないシェリルをセーラと同行させるのはリスクが付きまとうとしてフリントは反対したが、それを通したのは他ならないセーラだった。


「あなたの目的がフリント……そしてその右手についている紋章なら、こうやってフリントと別行動をとれば貴方も離れられないでしょう」


「全く信用されてないな~。そんなことしませんって」


 セーラは先ほどフリントも付けていた機械製のゴーグルを付けながら走っていた。機械――自分たちの知る紋章で動かすものとは全く別の、電気という動力で動くこのゴーグルは、不思議なことにこの霧の中で視界を保つことができていた。周囲を見ると霧で視界がふさがれている兵士が数多くおり、それぞれが右往左往していた。セーラ達はその間を縫うように通り抜けていく。


 フリントとミレイヌはしばらくしてから庭を出て後を追う。シェリルの霧は非常に広い範囲を覆い隠しており、フリント達はセーラ達とは別ルートで駅に向かうことにした。


「この双眼鏡……凄いですね……。こんな小さいのに機械製で、この霧の中でも視界が確保できているなんて……」


 ミレイヌはシェリルから借りた双眼鏡を見ながら進んでいた。シェリルが使っていた双眼鏡にも、魔力による霧の中でも視界を確保する機能がついており、それは外の技術力の高さをミレイヌに実感させた。シェリル曰くバッテリーの電源を使って使うというこの機械は、イシスニアでは発想すら浮かばないものであった。


「もし外の世界がこのような機械による文明なら、魔法が使えないフリントでも……」


 ミレイヌはそこまで言いかけ、思わず口を閉じた。フリントの表情が暗く沈んだものになっていたからだ。ミレイヌは内心浮かれていた自分を恥じた。今はそれを考えている時ではない。お母様の安全を確保することだけに全力を尽くそう。


 フリントはミレイヌの言葉を聞き、自分の右手を、その甲に刻まれた紋章を見た。フリントも別に生まれたくて不能者として生まれた訳ではない。そもそも自衛のために外の世界に出る妄想をしていたのであって、別にフリント自身が外の世界に強い憧れを持っていたかというと、そういうわけではなかった。


――花畑がもう一度見たい。


 フリントはクーデリアが最後に言った言葉を思い出していた。自分はあのような外に出るための何か目的を持つことができるのだろうか。


 ――が、そのような物思いに耽りながら右手の紋章を見たとき、ある違和感に気づいた。


「あれ……?霧が薄くなってないか?」


 フリントは周囲を見回した。先ほどまで周囲の建物の屋根が見えないくらいの霧の濃さだったのに、今ではそれぞれの建物の輪郭が薄く確認できてしまっている。


「ちょっと待て……!? シェリル様の言葉ではあと30分は持つはず……!」


 ミレイヌは徐々に薄くなっていく霧に周囲を警戒する。今霧を薄くすることはシェリルにとっても得策とは言えない。一体なぜ?そこまでの思案を重ね、フリントは冷や汗を流した。そして改めて自分の右手を見た。


「……ちくしょう」



 ミリーに報告に行かせてから、ロードは考え直し、あえて建物から動かなかった。怠慢や、霧で濡れるのを拒んだ訳ではない。あることを思いつき、その発見のためにはできるだけ高いところにいる必要があったからだ。そして周囲の霧が薄くなっていき、その風の流れる中心部分を見て、ロードは笑みを浮かべる。


「そこにいたか……”兄さん”」



 先行していたシェリルは自分の出した霧が、前方に中々流れていかず後方に吸い込まれていくような違和感を感じていた。


「何……?何が起きてるの……?」


 敵に風を起こすような紋章の持ち主がいて、それによって霧を散らされている?だが、前方からは風を感じない。まるで霧が”吸い込まれている”ような――。


「……まさか!? しまった!」



 フリントは右手を抑えるが、そのような抵抗も空しくフリントの周囲から霧が右手へと吸い込まれていき、段々と薄くなっていく。


「クソッ! だめだコントロールできない……!」


 フリントの右手に刻まれた魔剣の紋章――魔力を喰らいつくす能力。それは敵味方の区別無く魔力を感知すれば吸い取ってしまう。フリントにもコントロールができず、シェリルの作り出した霧を紋章は呼吸するように吸い取っていく。


「いけません……霧が……!」


 周囲の霧が切れていく中、ミレイヌは咄嗟に双眼鏡で周囲の状況を把握する。敵は――4人。ミレイヌはフリントに双眼鏡を投げ渡す。急に飛んできた双眼鏡をフリントは掴み損ねるが、数回落としかけた後に何とかキャッチする。その間にミレイヌは拳にグローブを通し、戦闘準備が完了していた。


「……加速(ハイドライブ)の紋章」


 ミレイヌは右手に刻まれた紋章を起動させると、周囲に耳鳴りのような音が鳴る。――霧が晴れ、周りにいた4人の兵士はフリントたちの姿を発見する。その瞬間、ミレイヌの姿は消えた。


「い……!」


 発声する間も与えられず、フリントのすぐ側にいた兵士の一人が倒される。その横にいた兵士は何が起こったのか理解ができず、立ちつくしてしまう。だが次の瞬間、顎に理解不能の衝撃が入り、意識が闇に吸い込まれていった。


 少し離れた場所にいた二人の兵士は、一瞬の間に味方が二人倒れたのを見て咄嗟に戦槍の紋章を起動させようとする。だが紋章の起動よりも早く、風が吹いたかと思うと二人の兵士は後頭部に強い衝撃を受け、顔面から地面に叩きつけられていた。


「フゥ……」


 兵士が全員行動不能になったことを確認し、ミレイヌは動きを止めた。ブレーキをかけた際に足から火花が出るほどのスピードだった。フリントは倒れた兵士たちを見て、冷や汗を流す。


「まったく……怖いもんだ。その加速の紋章ってやつは」


 ミレイヌが右拳に宿す加速(ハイドライブ)の紋章。能力は単純に持ち主の動きを加速するというもの。――その単純故に誤魔化しの利かない強さと操作の厄介さが特徴であり、まともに扱うには特別な訓練と才能が必要であり、このイシスニアでも使える人間は両手の指で数えることができるかくらいしかいなかった。


 フリントもミレイヌとの戦闘訓練や、過去にフリントを襲撃した街のゴロツキ相手に対しミレイヌが報復の際に使用したところを見たことがあり、二度と逆らうのは辞めよう――と心の底から思わされたほどだった。


「感心している場合ですか! 早くお母さまたちに合流しないと!」


ミレイヌはフリントの腕を掴むと駅の方角へ向かって走り始める。


「わかってるって! 大丈夫だ!」


 フリントは引っ張られて少し体勢を崩すものの、ミレイヌを追いかけるように共に走り出した。


 霧が晴れて周囲を観察することができるようになったロードが望遠鏡からその様子を見ていた。ミレイヌに手をつながれ、共に走っていく様を見て、ロードは目から感情を無くし、望遠鏡にヒビが入るくらい強く握っていた。

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