第2話 運命の外側から 後編
―5時間後。なんとかあの鉄火場から脱出したフリントと少女は、第2区画ギミ家領内の町中にある廃屋にいた。少女が潜伏のためにいろいろ準備をしていたのか、ベッドなども用意されており、フリントはケガの治療のために寝かされていた。フリントは疲れとケガでベッドから動けず、腫れあがった顔面には湿布が貼られていた。本当は目を瞑って寝てしまいたかったが、それだけはすまいと気合で意識を保っていた。
「なぁ……こんなところでゆっくりしてて見つからないのかよ」
フリントは机で光る板を持って何かの作業をしている少女に言う。少女は光る板を机に置き、ゴーグルを外してフリントに向き直る。そこで初めてフリントは少女の顔をちゃんと見た。赤いボブヘアの髪型で、少し幼さを感じさせるが、同じくらいの歳のようだった。その少女はフリントの右手を握る。
「この紋章――魔剣(クーヒャドルファン)の紋章は、そこにあるだけで周囲の魔力を吸い取る。あまり人がいないとこに行くと、それはより広い範囲から魔力を吸おうとして、結果としてすぐに居場所がバレてしまう。こういった人混みの中にいれば、魔力を吸い取るのはごく狭い範囲で済むからバレにくいってわけ。つまるところ、今はバレないようにここに隠れるしかないってこと」
少女はフリントの額をデコピンで叩き、顔面をくまなくケガしているフリントは痛みで悶絶する。
「それに君のケガも、ちょっとやそっとで治るもんじゃないでしょ。後で起こしてあげるから、今は寝ておきなさいよ」
「いつつ……! わかったよ。……せめて名前と目的だけでも教えてくれ」
少女の指摘通りもう限界をとっくに超えていたフリントは、せめてもと少女の名前と目的を質問した。
「私はシェリル。君も知ってるタイレルの仲間で、君の右手にある紋章を外に持ち出すために来た……そして寝る前にごめん、一つだけ質問させて」
「……なんだ?」
シェリルは少し逡巡し、そして尋ねた。
「……タイレルは、どうなった?」
「…………直接は見てないけど、俺たちをかばうために亡くなったと」
シェリルの表情が一瞬暗くなるが、顔を背けて光る板に意識を集中させた。
「……そう。わかった。ありがとう」
フリントはその返事を聞いて、気絶するように意識を手放す。フリントが寝たことを確認した後にシェリルは光る板を机に置き、拳が赤くなるくらいまで力を込めて握っていた。
「う……うう……! うあああああ…………!」
声を噛み殺しながら、大粒の涙が両目からこぼれていた。
――イシスニア王城。イシスニアで実質の最高権力を握っている6賢人だが、あくまで最高権力者はイシスニア国王という体であり、6賢人は国王を守る守護者としての役割を体裁とはいえども果たさねばならない。
そして昨晩の第一区画での不能者集落への襲撃に関し、ギミ家嫡男であるロード・ギミが主導していたということ、そしてナタール家の紋章を盗んだのが、10年前に廃嫡された不能者であるフリントであるということから、責任の所在を求める会議がここ王城の6賢人用の会議室にて行われていた。
現在の6賢人の当主全員が集合しており、その中にはフリントとロードの父であるブリッジ・ギミ、そしてティファニーの祖父であるベイシス・ナタールの姿もあった。
「…………つまり、我々としては紋章を盗みだしたという賊の早期の捕獲を望むわけだ」
6賢人の一つ、ボドー家当主トビー・ボドーは、昨晩の襲撃に関わったギミ家を責めるような口調で言う。ボドー家は日和見的な立場であると世間からは周知されており、その当主であるトビーも世間の風評に違わぬ態度であった。要は俺らは何も関係ないから、さっさと済ませろと。
「わかっている。それに我々としてはナタール家の助力をしている立場だ。……慰労されこそすれ、非難されるいわれはない」
ブリッジはトビーの拱手傍観の態度にできる限り苛立ちを隠しながら言う。“究極紋章”が盗まれた。それはナタール家だけの問題ではない。6賢人全体の威信に関する問題だと、この小物は気づいていないのだと。ただ自分の権威・領土だけが守れればいいと思っている。
「まぁいいんじゃないの~。紋章盗まれて困るのはナタールの爺さんの方なんだから」
この場の雰囲気にそぐわない軽い態度で発言したのは、コスプ家当主メイガンだった。この場で唯一の女性であり、若干23歳であったが、コスプ家は前当主のころよりも力を増しており、他家からも危険視される存在であった。
「むしろなんで爺さんは自分の家の究極紋章が盗まれたのに、そんなに落ち着いていられるのかな~?」
愛想を振りまく笑みでなく――他人への害意のみが含まれる笑みを浮かべながら、メイガンはベイシスを指さす。他の当主たちが40前後という年齢が多い中、ベイシスだけは家督を息子に譲らず、66歳という年齢で当主を続けていた。
「……無論、我々も捜索を行っている。究極紋章は6賢人の威信を示すためのものだけではない。それ自体が世界を滅ぼしうる劇物であると共に……このイシスニアのインフラを維持するための重要な装置であるのだから」
“究極紋章”。それは人智を超えた神のごとき力。1000年前の戦争では王の持つ究極紋章と、6つの英雄が持つ究極紋章の力を合わせ、イシスニア以外の国を――世界を滅ぼすことで戦争は終結した。そのあまりに危険な力を悪用されないために、それぞれの紋章を持つものは6賢人の系譜となり、現代までその紋章を紡いできた。
そしてその力は戦うための力だけではなく、資源が限られたこの石造りの世界にて、理外の力をもってして人間の生息権を守るために使用されてきた。
大地が存在せず、自然界に存在する生命力や魔力が尽きかけているこのイシスニアで、王家が管理しているだけでも3000万人もの人口を賄えているのには、この究極紋章による力のおかげであった。
その紋章が無くなった今、イシスニアの明日が如何なるやといった具合である。だが、その点に関し興味を持つものはこの6賢人の当主会議ですら、あまりいるようには見えなかった。1000年の平和による毒は確実に回り始めている。――そしてそのことをそれぞれの当主たちは皆、心の中で思っていた。俺だけは理解していると。――自分たちが相手を出し抜くために。
「かくにも、究極紋章が盗まれたという事実は、我々にとっては見過ごせない大事態である。……各家も本事件については是非とも協力を願いたい」
ブリッジは会議の締めに各家への協力を要請した。本来の紋章の持ち主であるナタール家よりも紋章の確保に積極的であるのには理由がある。――だがその理由は他家には悟られてはならない。表向きはナタール家当主の孫娘であるティファニーと次期当主であるロードが婚約関係にあるから――であり、それはブリッジの壮大な野望のための布石であった。
かくして運命の渦中にいるフリントの外側で、それぞれの智謀が、巡り始めていた――。
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