第2話 運命の外側から 中編
ロードの殺意を込めた言葉に、フリントも剣を構え向き合った。
「容赦もクソもさっきから本気で殺そうとしてるだろうが……!」
ロードは剣を地面に向けると、地面から石が尖った形で飛び出す。
「クソッ! やっぱりそれか!」
フリントは間一髪でよけるが、避けた先からまた石が飛び出してくる。
「くそ……周囲に石しかねえから技の切れ目がない!」
ロードはフリントを追い立てるように石を次々と出現させる。石術の紋章は世界のほぼすべてが石でできているこの世界では能力の制限がなく、ロードの思うままに力を発揮でき、魔力の消費もごく少なく済む。しかし非常に繊細なコントロールを必要とし、ここまで自在に操ることができるのはロードの非凡な才能の賜物だった。
「そこだっ!」
ロードの石術に追い立てられ、まともな防御姿勢を取れないフリントに、兵が槍での攻撃を仕掛ける。先の戦いで魔力を用いた攻撃を防がれた際に吸収されることを見ていた二人は、フリントに防御をさせないという作戦を取っていた。
「くそっ!」
フリントは辛うじて槍の攻撃を身をよじらせて避けるが、避けた先にまた石が飛び出してきて、跳躍して回避する。しかし体勢が保持できず、逆襲のために剣を構えるきっかけがつかめない。
「どうする……! 奴らへの逆転のきっかけは……!」
いずれフリントは疲れ切って動きが止まり、直撃をくらうことになるだろう。しかしロードはここまで有利な状況を作っておきながら、まるで安心ができなかった。こいつはここで殺さなければならない。でなければこいつは、その不屈の意思というやつで必ず立ち上がる。
フリントはここまでの状況になりながらも、体勢を立て直すために剣をしまうことはしなかった。どうすればいいかはわからないが、この剣についた禍々しい何かが、逆転の糸口になるかもしれない、しまってしまえば消えてしまうかもしれないという予感があったからだ。だが容赦なく石はフリント追い立て、そしてついに壁際に追い込まれてしまう。
「やばっ!?」
フリントは壁に追い込まれた自分の危険度を察知した。今まで下だけを見ていればよけられたのが今度は横も――。
「もう遅い!」
ロードは壁から石を牙のような形でフリントの左右から飛び出させる。逃げ道をふさぎ、そしてその牙を閉じれば殺せる体勢を作り上げた。
「まだだこんちくしょう!!!」
今までは下から出てきたために剣の防御が困難だった。じゃあ横は――言い換えてしまえば腰以上の高さから出てくるモノは、防御が間に合う。
フリントはあえて左の防御を捨て、右から出てくる石にのみ集中し、剣と石を触れさせた。そして剣が触れた瞬間、魔力を吸い取られた石は粉々に砕ける。そして空いたスペースにフリントは急いで避難する――が。
「ぐあっ……!」
やはり左からの攻撃はよけきれず、左腕が石によって切り裂かれてしまう。しかし直撃して串刺しになるよりは、被害を抑えることができた。――が
「これで終いだ!」
敵は一人ではない。今の一連の動作でロードの部下への意識が完全に抜けたフリントは膝をついており、防御も回避も不可能なタイミングで、槍の刺突が目の前に迫っていた。しかしフリントはそれを受け入れることなく前へと突っ込んでいく。
「うおおおおおお!!!」
フリントは諦めるという言葉を理解できない。防御も回避も不可能なら――前に行くしかない。そして剣を構えようとしたその時だった。
「「なっ!?」」
剣に纏わりついていた禍々しい気が、噴射剤の役割を果たし、フリントも、対面の兵も反応不可能な速さで剣が振り上げられた。誰も反応できない速度で振り上げられたその剣は、フリントに向かっていた槍を弾き、そして吸収した。
「なあっ……あっ……!?」
槍が吸収された兵は思わず後ずさる。感覚的にあと1回は出せるようではあるが、ほんの少し触れただけで、10分は全力疾走したような疲労感が身体に出ていた。
自身の動ける速度以上に剣を振り回したフリントは剣を見る。まだ禍々しい気は剣に纏われていたが、先ほどより減っているようだった。そしてここでフリントもこの剣の能力について理解をする。
「敵の魔力を吸い取って、それを自分の力として利用する能力……!」
――無敵。フリントが直感したこの能力への形容はまさにそれだった。自分のような魔力を使えない人間が迫害されるような、魔力に依存しきった攻撃手段しかないこの世界において、まさに”無敵”であると。
それは対面するロードも同じ感想を抱いていた。自身の持つ石術の紋章がこの世界における無敵の能力――そう思っていた。だが所詮は訓練次第で誰でも身に着けられる紋章。あの究極紋章とは比べ物にならないことを理解させられた。だが、ロードは決して無能ではなかった。あの能力の、あの剣の弱点はすぐに理解できた。この方法なら――。
ロードが思いついた魔剣の紋章の攻略法を試そうと上を向いた瞬間だった。空に浮かぶ月に影が見えた。最初は鳥にも見えたその影は、みるみる内に月そのものを隠すほどに大きくなり、そして――。
「君がフリント君!? 早く立って!」
フリントとロード達の間に着地したその影――左側のレンズが無いゴーグルを付けた赤髪の少女は、レンズの無い方の目でフリントを見る。そして両腕を広げると、体から炎の渦が巻き上がり、周囲を炎で照らし、ロード達との間に炎の壁を作った。
「な……なんで俺の名前を知ってるんだ!?」
フリントは立ち上がることすら忘れていることに気づき、立ち上がる。フリントが立ち上がったことを確認すると、少女は奥の道を指さした。
「早く奥に逃げて! ここは私が足止めする!」
突然の出来事に混乱するフリントだが、考えている時間もなかった。剣をしまい紋章の状態になったことを確認すると、背を向けて走り出した。
「行かせるか!」
ロードはフリントの行き先に壁を作ろうと右手を構える。だが少女の動きは早かった。
「背を向けて逃走してくれて助かったわ。おかげで効率的に足が止められる」
少女は指を鳴らすと、炎に電撃が加わり、閃光と爆音を伴い爆発が起こる。
「なんじゃああああ!!??」
突如背後から強い閃光と爆音が鳴り響き、フリントはびっくりして腰を曲げて耳を塞ぐが、柔らかい何かがフリントに腰に回った。フリントは緊急事態であるにも関わらず、その柔らかい感触に緊張し、強引に背筋を元に戻す。
「いいから逃げる! 今の音と光で敵を呼んでるんだから!」
少女はフリントの腰をつかんで強引に前に向けさせると、そのまま共に走り出し、地下へと逃げていった。
閃光のど真ん中にいたロードだったが、かろうじて目の前に石の壁を出現させ、閃光を直視せずに済んだ。横を見ると、全くの無防御で今の光を受けた部下は泡を吹いて気絶してしまっていた。
「クソッ! クソッ!! クソッ!!!」
ロードは地面を何回も殴る。あいつはいつもそうだ。どんなに絶望的な状況でも、諦めるということをせず、絶対に考えることをやめない。そして人間離れした決断力で乗り切ってしまう。真にロードがコンプレックスを抱いていることはそれだった。――自分ではアイツに勝てないのか。
だがロードは決して無能ではない。この状況でも考えなければならないことに頭が回っていた。――あの女。様子を見る限りフリントの知り合いではなかった。そして、あの炎と電撃が合わさった閃光魔法。あれは何だ?
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