第2話 運命の外側から 前編

 不能者の集落に火がつけられ、一部の者は闇の中に逃れることができたが、多くの不能者達は捕らわれ、拐かされ、殺された。昼間フリントに勉強の内容を質問に聞いていた子が血の中に倒れていた。フリントが庇った初老の男性は娘であろう女性の亡骸に縋り付いて泣いていた。


 その虐殺の様子を付近の時計台から一つの影が見ていた。その影は集落の様子を双眼鏡を使って凝視し、何かを探していた。


「タイレル……どこにいるの……!」


 焦る様子でその影はつぶやく。その時だった。時計台の下で強い閃光が放たれたのは。



 光が収まると、フリントの腕の中からクーデリアの身体は消え、フリントの右手には紋章が刻まれていた。その紋章を見て、ロードは驚愕の表情を浮かべる。


「それは……まさか……!」


 ロードが受けていた任務は、ナタール家から盗まれた究極紋章”魔剣の紋章”の奪還であった。それが今、紋章を使えないはずの出来損ないの手にあった。部下の兵士二人が恐慌状態になり、槍をフリントに構える。


「動くな! 動いたら……!」


 兵士の一人がそう言いながら、戦槍をフリントに向けて突き出した。フリントはとっさの防御のために右手を突き出すと、右手から剣が出現する。槍と剣がぶつかり合うが、槍の方が威力が大きいのか、フリントは辛うじて防御するが、後ろに弾き飛ばされる。


「あいつが紋章を使用しただと……!?」


 ロードは驚愕しながらフリントが持つ剣を見た。ところどころに歪んだ装飾がされた、魔剣と呼ぶにふさわしい禍々しい造形。まさしく話に聞いていたものと同じだった。


「隊長! やれます! いくら6賢人から盗んだ紋章といえども、持っている人間が出来損ないなら!」


 先ほどフリントに攻撃を加えた兵士が、手ごたえを感じ強気になる。フリントはそれを意に介さず、剣の出し入れを繰り返していた。


「そうか……俺に紋章が……。でも何故……?」


 5回ほど出し入れを繰り返して、フリントは改めて剣を構えようとする。その様子を見て、兵はあざける様に笑う。


「はっ! お前のような出来損ないが、でたらめな構えをしようが……!」


「油断するな! 奴は……素人じゃない……!」


「しかし隊長! 奴は不能者で剣の訓練なんて……っ!?」


 フリントが両手で剣を持ち、しっかりと構えた。まるで長年その訓練を受けてきたような、正確な構えだった。その様子を見て、兵は激昂してフリントに向かっていく。


「出来損ないが、人間みたいなマネをしようとなぁ!!!」


 フリントは冷静だった。頭の中が妙に冷め切っている。だからこそ次の対処を人情にとらわれず、冷静な判断のもとに行動ができた。フリントは向かってくる兵の槍の刺突を、剣で受け流すように防御し、距離を詰める。その動作を見て兵は驚愕する。


「ばかな……! そんな高等技術……!」


 兵は次に来ると思われるフリントの攻撃を予測し、槍の変形を試みる。だが、フリントの行動はその予想を裏切った。


「え……?」


 兵が拍子抜けするのも無理はなかった。防御したフリントがとった行動は”逃走”だった。敵の懐の横を抜けると、そのまま全速力で逃走する。


 その様子を見て、ロードは冷や汗を流す。やはりアイツは”人間”ではない。この状況で、あんな茶番劇で手にした力を、ただ出し入れできるという確実な事象しか信用せず、何ができるかわからないから逃走を図る。普通の人情があればそんなことはできない。普通は、あの力がこの状況を全部都合よく解決してくれるナニカだと思うはずなのだ。


「待て!」


 兵は槍をいったん解除し、逃走を図るフリントを走って追いかけようとする。――普通の人情なら、”友人を殺した相手を決して許さない”。そのことを忘れて。


「それを待っていたよ。……この中でお前が一番ノータリンだったからな」


 フリントは槍が解除されたことを確認すると、足を止め急旋回する。そして自分を追いかけようとした兵に距離を詰めた。


「お前らの紋章の展開速度は何回も見た……! この状況なら、俺の方が早い!」


 フリントは改めて紋章を発動し、剣を取り出す。


「クーデリアの報いだ! くらえ!」


 フリントは取り出した魔剣を持って、兵の腹部を水平に斬った。その軌道は兵の鎧を貫通し、綺麗な軌道を描いた。――いや、綺麗すぎた。


「……あれ?」


 兵は恐る恐る斬られたと思われる自分の腹部を確認する。――何も痛くない。それは斬られたこと認識できていないとかそのようなことでなく――。


「何も……斬られていない?」


 鎧には傷一つついておらず、肉体も何も傷ついていないようだった。それはフリントにも理解できた。確実に腹部を貫通したはずなのに、まるで抵抗がなかったのだ。斬られた兵は何も傷ついていないことを確認すると、肩を震わせて笑った。


「ククク……アーハッハッハ! やはり出来損ないは出来損ないだったか! お前のようなのが紋章を使ったところでなぁ! 何もできるわけがねえだろうが!」


 ――そんなはずはない。フリントはそう思った。もし何も斬ることができないなら、先の槍を防御した時に、槍がすり抜けてなければおかしいのだ。なのに何故――?


「隊長! 今からこの出来損ないを倒します! 後でゆっくり右手を切断するなりして、紋章をひっぺがせば……!」


 兵は戦槍の紋章を展開しようと右手を前に出した。


「出ろ! 戦槍の紋章!」


 フリントは剣を構える。そして事実だけを改めて脳裏に叩き込む。この剣は出し入れできる、敵の攻撃は防ぐことができる。――攻撃はどうする?


「……出ない?」


 兵は紋章を展開しようと右手に力を込める。だが紋章はいくら起動させようとしても、起動することはなかった。


「な……なんだ一体……!? なぜ紋章が……!?」


 フリントの決断は早かった。紋章が出ていない敵兵に距離を詰めると、袈裟斬りのために剣を振りかぶる。


「う……うわあああっ!」


 兵はとっさに両手を前に出してしまい、腕もろとも剣で切り裂かれるがやはり傷はつかない。だが兵は力を失い、膝から崩れ落ちて地面に手をつく。身体に傷はないのにその息は荒くなり、目の焦点が合っていなかった。


「な……何がおきて……」


 フリントは自分の持っている剣を見る。魔法が使えない自分でもわかるほどに、その剣に禍々しい、"黒いもや"がかかり始めていた。


「これは……アイツの魔力を、吸っているのか?」


 すでに身動きが取れなくなっている兵士に剣を突き刺す。やはり肉体に傷はつかないが、兵士は苦しむように呻き始めた。


「があああああああ!!!???」


 そしてさらに剣が禍々しく光始め、フリントは慌てて剣を引き抜く。魔力を吸われつくした兵の顔は真っ青になっており、呼吸も徐々に弱くなっていた。


「な……なんなのですかアレは……!?」


 ロードの傍についていた兵士はその様子を恐怖と共に見ていた。ロードは歯ぎしりをしながらフリントの持つ剣を見る。


「あれはナタール家に伝わる究極紋章の一つ”魔剣の紋章”……! 何百年も封印されてきたもので僕も初めて見るが……伝承によるとあの紋章の周辺ではすべての生命が死に絶えるらしい……。その能力の一端がこれか……!」


「きゅ……究極紋章! そんなこと聞かされてませんよ!」


 兵が驚くのも無理はない。究極紋章が盗まれたとなれば、6賢人の権威は大きく揺らぐ。昼間の盗まれた紋章の詳細が不明という言葉は嘘ではなく、一部の人間以外には本当に聞かされていなかったのだ。ただしロードだけは隊長という立場で聞かされていた。


「喚くな! いかにアレが究極紋章だろうと、持っているのはただの出来損ないだ! 落ち着いて戦えば、抑えられない相手ではない!」


 ロードは手でサインをして、自身についていた兵に命令を送る。兵は唾を飲み込むと命令を了承し、戦槍の紋章を起動させ、フリントの背後に回り込んだ。フリントの正面にはロードが立ち、挟み撃ちの隊形を取る。フリントと対峙したロードは剣を抜いて構えた。


「もう遠慮は一切しない……ここでお前を……殺す!」

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