第6話

 首都圏では、ちょうど桜が満開になる頃。私は、はじめてのLARPイベントに臨むこととなった。私が、出展のお誘いをもらってから、四ヶ月が経過していた。


 この期間、私は作品の制作をしながら、サイトウさんやホシさんから〝商人〟という――出展者としての立場や役割について、ひとつだけ、注意するべき点を聞かされていた。


 出展者はイベントの参加者でありながら、運営スタッフよりの立場であるということ。そして、その意識をもつこと。


 これは、シナリオで使う作品を制作した私には、特に留意してほしいとのことだった。なぜなら、私は作品の依頼をされた際に、多少なりとも、シナリオのヒントになり得る情報を聞かされている。ましてや、サイトウさんからは、私が考えた作品の設定を、そのまま利用させてほしい、との相談も受けていた。


 つまるところ、現段階で、私はシナリオに関する情報を、一般の参加者よりも多くもっているのだ。私自身は、おそらく、該当シナリオに参加する余裕はないと考えているものの、私が一部の参加者にだけ情報を流すなどということをしては、ゲームとしてフェアではない。


「べつに、コトツムギさんのことを信用してないとか、そういうわけじゃないんですけど、事前に伝えとかないと、後々やっかいなことになったりもするんで」


 とは、ホシさんの言葉だ。彼は、私に「気を悪くしないでくださいね」とも続けたが、イベントを主催する彼らの立場を考えれば、こうした注意は、必要不可欠なものだ。それくらいは、私にもわかる。


 私は、自分が気分を害していないことを伝えるために、使い慣れない絵文字を織り交ぜて、了解のメッセージを返した。すぐに、ホシさんから返事があった。


「絵文字、無理して使わなくていいですよ」


 なんということだろう。文字だけでのやりとりでは、言葉のニュアンスが伝わらず、誤解を招きやすいからと、せっかく私が気を遣ったというのに。


 見えもしないとわかっていながら、私はホシさんのメッセージを恨みがましく睨んだ。数秒の間を置いて、ホシさんが何事かを入力し始める。


「でも、ありがとうございます。コトツムギさんのご配慮感謝します」


 たまゆら、虚を突かれたような気分になった。そして、思った。やっぱり、彼は人心掌握術に長けている人だ。


「ホシさん、モテるでしょう」


 つい、そんなメッセージを送ってしまったことは、未だ記憶に新しい。もっとも、当のホシさんはといえば、慣れたようすで、私の言葉をかわしてみせたのだけれども。いや、そんなことないですよ。それじゃ、またお会いできるの楽しみにしてます――


 異界渡りが主催するLARPの会場は、イフェイオンの最寄り駅、そのすぐ前にある広場だった。一体全体、どうして、こんな場所を確保することができたのか。疑問に思って尋ねた私に対して、サイトウさんはこう言っていた。


「もともと、ここは演劇の町と言われているんです。だから、よそに比べると、LARPへ対する理解があったんだと思います」


 LARPを知らない通りすがりの方や、地元の方が、作品を購入していくこともあるんですよ――


 午前七時半。広場の一角に設けられた私のスペースは、日当たりのよい場所だった。春になったとはいえ、三月の半ば頃では、まだまだ朝は冷えこむことがあるし、風も冷たい日が多い。出展者というものは、なかなか自分のスペースから、離れることができず、じっと椅子に座って、お客さんを待っていることが多いので、これは実にありがたいことだった。


 会場そのものが、駅前の開けた場所であることもあり、全体的にも日当たりはよさそうだった。きっと、ほかの作家さんたちにとっても、快適な環境になっているのだろう。ただ、更衣室などは用意されていないため、出展する人たちのほとんどは、普段着の上から着ることができる衣装を持参しているようだった。


 広場をぐるりと見渡せば、手早くローブやマントを羽織る人たちの姿が、ちらほらと見られる。ならうように、私もキャリーバッグにしまっていた衣装を取り出した。


 臙脂のローブに、ポケット付きのベルトを締め、枯れ草色のハーフマントを羽織る。イフェイオンで購入したハンドメイド作品の杖は、ベルトのポケットに入れておいた。最後に、自分で作った非売品のサークレットを身に着け、お客さん用に準備しておいた置き鏡で、自分の服装をチェックする。未だ見慣れないとはいえ、魔法使い然とした自分が鏡に映ると、自然と胸は高鳴った。


「よし、がんばろう」


 今から私は〝魔導具まどうぐを作っている異世界の錬金術師〟だ。夢にまでみた、ファンタジー世界の住人なのだ。気合いを入れるように、軽く自分の頬を叩いてから、私はこの日のために作り溜めた作品を並べ始めた。


 鉱石風のランプや、ディップフラワーを用いて作られた新作のサークレットたちが、朝日を浴びてきらめく。我が作品ながら、きれいだと思った。アトリエで見たときよりも、ずっと活き活きとしているように見える。


「本当に、魔法がかかったのかもしれないなあ」


 ぽつりと呟いてから、私は笑った。誰も聞いていないとわかっていても、なんだか気恥ずかしくて、それでいながら、うれしいような気もしていた。たとえ、それがあり得ないことだとわかっていても、自分の手がけた作品に魔法がかかっていたらと思うと、どうにもわくわくしてしかたがない。


 制作期間は、十分にあったとはいえ、ひとつのサークレットに使用するディップフラワーは、それなりの数だ。サークレットそのものは、非売品を除くと、七つほどしか用意できなかった。それでも、ひとつの値段が張ってしまうことを考えると、ほどよい数なのかもしれない。


 作品を並べ終えたあとは、近くの作家さんたちに挨拶をして回った。どの作家さんたちも、私が初めての参加だと知ると、仲間が増えたとよろこびながら、困ったことがあったら声をかけてほしいと、そう言ってくれた。親切な作家さんたちの言葉に、胸があたたかくなるのを感じながら、私は「ありがとうございます」と、頭をさげた。


「おはようございます、コトツムギさん」


 挨拶まわりを終えて自分の店に戻ると、ちょうど、ホシさんが顔を見せにきたところだった。白いローブに、濃紺のマントを羽織っているその姿は、なんだか少し新鮮だった。服装からして、彼もまた魔法使いなのかもしれない。


「おはようございます、ホシさん」


 私が挨拶を返すと、彼は口に人差し指を立てて、にんまりとした。


「だめですよ、コトツムギさん。今のおれは、そんな名前じゃないんですから」

「あ、そっか」


 失念していた。〝ホシさん〟というのは、あくまで現代日本を生きている彼の名前であり、今この場にいる人物の名前ではないのだ。


「すみません。今はなんて呼んだらいいんでしょうか」


 知らず、私は声をひそめて尋ねていた。すると、目の前に立つ彼は、にこりとして「セイです」と、そう答えた。


「フルネームは長ったらしいんで、とりあえず、セイって呼んでください」

「わかりました。ちなみに、その……サイトウさんは」

「あっちは、サイですね。わかりやすいでしょう?」


 たしかに、わかりやすい名前だった。サイトウの頭を取って、サイ。とても覚えやすい。


「でも、セイさんとサイさんってなると、なんだか双子みたいですね」

「はは。いいところついてきますね」


 ホシさん改め、セイさんが笑った。


「でも、はずれです。惜しいんですけどね」

「なんですかそれ、気になるんですけど」

「それはまあ、おいおい、わかってくると思いますよ。今はまだ、秘密です」


 そうはぐらかされてしまったものの、いたずらっぽく笑う顔は、人懐っこく憎めない。私は軽く肩をすくめて、笑った。


「わかりました。それじゃあ、おとなしくわかるのを待ってます」

「そうしてください」


 セイさんが言ったとき、広場の中心部から、大きな鐘の鳴るような音が聞こえた。音におどろいたのだろう。ハトやスズメたちが、一斉に飛び立ってゆく。


「ああ、魔法市の開始合図ですね。おれも、サイのとこに戻らなくちゃいけません」

「そうですね。サイさんにも、よろしくお伝えください」


 私が言葉を返せば、セイさんは「了解です」と笑い、きびすを返した。イベント本部のあるテントへ駆け戻っていく後ろ姿を見送ってから、私は深呼吸をした。自分が広げた品物へと目を落とし、小さく微笑みかける。さあ、不思議な不思議な魔法市の始まりだ――

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