第5話

「なるほど。新作には、サークレットを作る予定なのですか」


 サイトウさんに、新作についてのダイレクトメッセージを送れば、一時間と立たないうちに、そんな返事が返ってきた。


「太めのワイヤーで、頭を押さえ付けるような仕組みにすれば、少し動いたくらいでは外れないかと思いまして」


 ましてや、頭部は人間にとっての急所だ。LARPでの戦闘にも、さまざまな形式があるとはいえ、率先して急所を狙っていくものは、ほとんどない。それであるならば、そういう部位に装着する装身具にすればいいと、そう考えたのだ。


 とはいえ、私はあくまでLARP未経験者である。経験者の意見を聞いておきたくて、こうして、サイトウさんにメッセージを送っていた。


「正直なところ、どう思われますか。こういったものであれば、購入した品が破損する心配はないと思うんですが」


 はたして、サイトウさんは答えた。


「いい考えだとは思います。うちでは、参加者が接触しない戦闘方法を取り入れていますが、急所を狙った攻撃は御法度になっていますから、コトツムギさんの狙いどおり、破損は避けられると思います」

「そうですか」

「ただ、ぼくも、サークレットを扱う作家さんにはお会いしたことがないので、お客さん受けするかどうかについては、判断しかねますね」

「そこは気にしませんよ。私も初参加ですから、何事もトライアンドエラーということで」


 なんとなくだけれど、画面の向こうで、サイトウさんが笑ったような気がした。


「それでしたら、ぼくから何か注意をするようなことはありませんよ。しいていうなら、持ち帰る際に形が崩れないよう、箱なども用意しておくと、よろこばれるかもしれない、ということくらいでしょうか」

「ああ、そうですよね。身に着けたまま、帰るわけにはいきませんよね」


 なるほど。そこは盲点だった。近所のラッピング専門店で、箱を買っておかなくてはいけないかもしれない。購入する箱の形状やサイズについて思考を巡らせていると、サイトウさんが続けた。


「それから、これは個人的な依頼になるのですが……LARPのシナリオで使うアイテムを作っていただけませんか?」


 思わず、私はパソコンの前で瞬きをした。しかし、これはビデオ通話などではない。疑問を伝えるには、きちんとしたメッセージを打ち込む必要がある。


「シナリオ、といいますと」


 私の疑問に対して、サイトウさんは、すぐに説明のメッセージを送ってきた。


「コンシューマーのRPGなどによくある、クエストのようなものといったら、わかりやすいでしょうか」

「村人から依頼を受けて、達成できたら報酬があるとか、そういう感じですか」

「うちでは、おおむね、そんな感じですね」


 主催団体によっては、用意された一本のシナリオを達成するために、参加者同士が協力して謎解きなどに臨む場合もあるのだと、サイトウさんは言った。もっとも、異界渡りでは、いくつか用意した簡単なシナリオのうち、参加者が好きなものを選んで受けられるという方式を採っているらしいのだが。


「それで、私に作ってほしいアイテムって、なんでしょうか」


 おおよそ、シナリオというものについては理解ができたので、改めて、サイトウさんが欲しがっている品のことを、尋ねてみる。すると、彼はこう返してきた。


「イフェイオン――ハナニラをモチーフにしたサークレットを作っていただきたいんです」


 いわく、サイトウさんは、私が新作にサークレットを作ると聞いた瞬間、それを用いたLARPシナリオを思いついたらしかった。残念ながら、シナリオの内容までは教えてもらうことができなかったものの――当日のおたのしみ、ということらしい――自分の手がけた作品が、シナリオのキーアイテムになるかもしれないのだと思うと、胸が弾む。私は、サイトウさんからの依頼を受けるなり、その制作に取りかかった。


 庭に咲いているハナニラを摘んできて、アトリエの作業机に生ける。普段は、架空の植物を制作している私だが、実在する花を作る際には、こうして実物を観察しながら作業をする。季節外れであったり、市場に出回ることもないような花であったりした場合には、植物図鑑を参考にすることはあるものの、やはり現物を見ることができると、制作もはかどるのだ。


 花びらの形状や大きさ、枚数、重なり方を確認し、私はワイヤーをパイプに巻き付けた。サイトウさんの希望では、多少の値が張ってもかまわないから、少しばかり豪華な作品にしあげてほしいとのことだった。ハナニラは、彼が営む店の象徴でもあるようだったから、ひょっとすると、サイトウさんが装着することもあるかもしれない。あまり、女性的なものにならないようにしようと思った。


 それからの日々は、なかなかに忙しいものだった。サイトウさんからの依頼の品を作りつつ、新作のサークレットも作らなければならない。作品が完成したらしたで、値段を決めたり、架空の――フレーバーテキストとも呼ばれる作品解説なども考えて、お品書きを用意したりする必要もある。


 とはいえ、解説を考えるのは、作品づくりと並んで楽しい作業でもあった。たとえば、今回、サイトウさんから依頼されたものであれば、


「春の夜に採取した流れ星から咲かせた、イフェイオンのサークレット。これを身に着けると、一度だけ星々に願いを届けることができる。ただし、すぐに願いが叶うわけではなく、長いときには、数年の月日を要する。そのため、身に着けた者は、願いが叶うときまで、星々を信じて堪え忍ばなければならない。これは、星々の気まぐれとも、願いの強さを試すためともいわれるが、真実は定かではない」


 ざっと、こんなものになるだろうか。ハナニラの花言葉は、ネガティブなものが多いけれど、中には「耐える愛」や「星に願いを」などといったものも含まれる。実在する花であれば、こういった花言葉を参考にして、設定を考えるということも多かった。ちなみに、ハナニラの英名は、スプリングスターフラワーであるため、今回はそこから流れ星や春の夜を連想した。


 完成した依頼品は、郵送で送ることになっていたため、作品の解説は、コーヒーで染めた紙に万年筆で書いて添えておいた。少しでも、サイトウさんの思い描いたシナリオに、彩りを添えることができるようにと願いながら。

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