第4話

 結論からいってしまえば、私は異界渡りが主催するLARPのイベントに出展することを決めた。異界渡り代表であるサイトウさんは、これをよろこんでくれたし、イフェイオンで話をしたホシさんも、楽しみだとSNSにメッセージを送ってくれた。


 私は、サイトウさんから過去のイベントに出展していたハンドメイド作家さんを教えてもらうと、すぐに作家さんたちのSNSアカウントをフォローした。そのうちの八割ほどは、私と同じような架空のキャラクターを装った作家さんたちだった。エルフの行商人、森の奥に暮らす魔法使い、見習い錬金術師、召喚士など、彼らの肩書きはさまざまなものだった。異世界を旅する画家、と名乗っている人もいた。


 SNS上に投稿された写真をさかのぼって見ていくと、前回のイベントでのようすも、ちらほらと見つかった。作家さんごとに割り当てられたテーブルの限られたスペースでは、高低差をつけて、数々の作品がディスプレイされている。こうすることで、スペースの見た目も華やかになり、作品がお客さんの目に留まりやすくなるのだ。


 過去に販売された作品の雰囲気や、傾向をチェックしながら、私は自分が出展する際に持っていく品々を考える。水晶の型を取り、レジンで作った鉱石風のランプは、ほかの作家さんとかぶるものの、そこそこに人気はありそうだった。イベントは、日中の屋外で開催されるため、せっかくの光るギミックは目立たないかもしれないが、そこは直接お客さんに説明して見せればいいだけの話だ。


「あとは、どうしようかな」


 アトリエとして使っている部屋へとノートパソコンを持ち込み、私は作業台に頬杖をついた。


 せっかく、LARPのイベントに出展できるのだ。その場で、実際に身に着けたりすることのできる作品がほしい。だが、イフェイオンに並んでいたような布製品の多くは、会場へ持ち運ぶときにかさばるし、それなりに値が張ってしまうだろう。第一に、私自身がそれほど裁縫を得意としていない。


 手軽なピアスやイヤリングは、鉱石風のランプよりも、よっぽど高い確率で、ほかの作家さんたちと重なってしまいそうだった。何も、作品の種類が同じではいけないわけではないのだが、お客さんの懐にだって限度はあるのだ。競合するようなカタチになるのは、可能なら避けたい。


 もっとも、私が作る作品の多くは、ハンドメイドの代名詞ともいえるレジン製ではない。ワイヤーを花びらのように整形し、特殊な液体にディップ――浸けることでできあがる、ディップフラワーというものだ。これは、まだ材料の入手が手軽ではないため、レジン作品と比べると、作家さんも少ない。そういった点では、そこまで心配する必要はないともいえるのだけれど、


「レジンに比べると、もろいものだからなあ」


 いくら、専用のコーティング液で補強するとはいえ、もともとがワイヤーに膜を張って作られたものである。壊れやすい繊細な代物なのだ。


 LARPでは、ルールに則った戦闘ごっこ――いわゆる、ちゃんばらをしたりもするし、私が参加するイベントでもまた、簡易的ながら、そういったゲームはやるという。怪我をしないまでにしても、参加者同士が激しく接触してしまう可能性は、ないとはいえないはずだ。ブローチといった類では、衣装に付けていては壊れるかもしれない。そうなると、やはり、参加者が接触しづらい箇所に装着できるものがいい――


 こうこうと光を放つパソコンの画面を見つめながら、私の夜はふけていった。



  ※



 幸い、具体的な作品の構想が決まっていなくても、素材となる花を作っておくことはできる。私はパソコンの電源を落とすと、材料をしまっている木箱を引き寄せた。


 作品の構想を練りながら、ステンレス製のワイヤーを、専用のパイプに巻き付けていく。パイプから外したワイヤーは整形し、いくつもの花びらへと変化させる。それらひとつひとつを、気泡が入らないよう、着色済みのディップ液に浸していった。


 きちんと膜が張ったのを確認したら、長めに残しておいたワイヤーの先を、発泡スチロールに刺してゆく。このあとは、花びらが乾くまで待たなくてはならないのだが、少々時間がかかるため、私はしばしの休憩時間を取ることにした。


 ディップフラワーに使う液体は揮発性で、使用の際には、換気が欠かせない。そのため、冬場の――特に、夜更けのアトリエは、いささか冷えた。指先も、少しかじかんでいる。


 何か、あたたかい飲み物でも用意しよう。私は席を立つと、キッチンへ向かった。ケトルをコンロにかけ、お湯を沸かしている間に、ガラス製のティーポットを用意する。引き出しから、魔法陣が刺繍された鍋敷きを取り出し、ポットの下に敷いた。


 鍋敷きは、友人のハンドメイド作家が作ったものだった。私が持っているものは試作品で、二重円の内側に六芒星が刺繍されただけのシンプルなものだが、現在通販などで出回っているものには、文字や記号などが配されている。


 私は、この鍋敷きの上に、ティーポットを置くのが気に入っていた。透きとおったガラス製の丸いポットは、まるでファンタジー世界の占い師が使う水晶玉のようだったし、魔法陣の上に置けば、それだけで、ポットやそこに入っている飲みものに魔法がかかるような気がした。


 ポットに紅茶の茶葉を入れ、沸騰直前のお湯を注ぎ込む。丸いガラス底から、黒い羽か何かのように、茶葉が舞い上がった。


「黒い羽なら、カラスかな」


 私は棚の砂時計をひっくり返し、特に意味もなく、ポットの中をながめた。注いだお湯の対流によって、茶葉が浮いては沈みを繰り返している。それを目で追っていると、徐々に赤く染まってゆくポットの中で、一枚の茶葉が、くるりと旋回をした。夕暮れの空を飛ぶ、カラスのように。


 ポットに手を伸ばした。とたん、沸騰でもしたみたいに、沈んでいた茶葉が巻き上がる。おどろいて手を引っ込めたら、たちまちに、茶葉は勢いをなくした。音もなく、ガラスの底へと沈んでゆく。


 頭の中に、あり得るはずのない考えが浮かんだ。勝ったのは、好奇心だった。


 ポットを包み込むように、両の手のひらをかざす。呼応するように、力をなくして沈んでいた茶葉が、ひとつ、またひとつと、浮かび上がり始めた。かと思えば、やがて、それらは何かのカタチを成し始めた。赤い液体の中で、黒い翼が、力強く羽ばたく――


 紛うことなく、カラスだった。ポットに収まるほどの小さなカラスが、私を見つめて、羽ばたいている。そのようすが、なんだか、私の言葉を待っているように思えたから、私は両手に収まるほどのカラスに向かって、問いかけた。


 ――新しい作品を作りたいんだけど、どんなものにしたら壊れにくいかな。


 すると、どこからか、誰かの声がした。何を言っているのかは、わからない。ただ、漠然と頭の中に浮かぶカタチがあった。ああ、と思う。こういったアクセサリーであれば、ディップフラワーを使っても、破損しづらいかもしれない――


 ふいに、ぱちんと音がした。指を鳴らしたような、乾いた音だった。


 はっとして瞬きをする。気がつくと、ポットの中にいたカラスは、幻のように消えていた。再び覗きこんだポットの中は、どす黒く染まった液体に満ち、茶葉は底に沈んでいるだけだった。みがかれたガラスの表面には、私自身の顔が映りこんでいる。


 立ったまま、眠ってしまっていたのだろうか。私は自分の目をこすりながら、壁の時計を見やった。深夜一時を回っていた。砂時計の砂は、とっくに落ちきっている。


 自分で思っていたよりも、私は疲れているのだと思った。だから、あんな奇妙な夢をみたのだ。このお茶を飲んだら、素直に今日はもう休もう。幸運にも、さっきの夢のおかげで、作りたいものは決まったのだから。


 蒸らしすぎた紅茶をカップへと注ぎ、軽く口をつける。ひどい渋みとえぐみに、私は顔をしかめた。

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