第3話
ホシさんは、実にセールストークの上手い人だった。彼自身が言っていたように、お客のツボというものを、しっかりとおさえている。ホシさんのすすめで、私が試着した衣装の数々は、財布と相談した末に、店のすみへとよけられていった。二階にあるアクセサリーなどを見にいく頃には、そこへサイトウさんまで加わっており、もしものためにと、財布とは別に用意していたポーチからも、代金を捻出する計算になっていた。
改めて、試着したローブの上にマントを羽織り、ポケットのついたベルトを締めて、姿見の前に立つ。二階で見つくろったハンドメイド作品の杖を持てば、私が長年イメージしていた〝異世界の錬金術師〟が、完成する。
「どうでしょう。変じゃないでしょうか?」
自分では、それなりにさまになっているようには思うものの、少しばかり不安になって、異界渡りのふたりに聞いてみた。たちまち、サイトウさんが、くすりとした。
「何も変なことなどはありませんよ、コトツムギ嬢。我々が共に見つくろった品々なのですから」
「そうですよ。皇帝はともかく、仕立屋であるおれの目に狂いがあるわけないじゃないですか」
続いたホシさんの言葉に、サイトウさんは「不敬なやつだな」と、わざとらしく怒った顔をしてみせる。けれども、ホシさんは「本当のことでしょう」だなんて言って、相手にしない。そんなやりとりを見ていると、私の不安も、泡となって消えていくようだった。ありがとうございます」
試着していた品々を脱いで、私が会計を済ませる頃には、イフェイオンに来てから、かれこれ、三時間半は経過していた。衣装でふくらんだ袋をさげて店を出れば、空はすっかり茜色に染まっている。西日が、まぶしかった。
「コトツムギさん、今日はありがとうございました」
「とんでもない。私のほうこそ、ずいぶんとお世話になってしまって」
「気にしないでください。ぼくたちも楽しかったので」
きっと、本当に楽しかったのだろう。わざわざ、店の外まで見送ってくれたサイトウさんの顔は、少し赤らんで見えた。
私は、何度も頭をさげながら、購入したLARP用衣装一式を、胸に抱きかかえる。自分でわかっていても、頬が緩むのだけは、どうにもならなかった。ひどく、胸がどきどきしていた。
ふと振り返れば、イフェイオンの柿の木が、遠く見える。夕陽に照らされる柿の実が、ちかりと光った。そんなように思った。
――だから、あんまり滅多なこと、言わないほうがいいです。
よみがえったのは、ホシさんの言葉だった。コトツムギさんの言葉には、力があるんで――
けれど、あれは、ただのロールプレイだ。私も、ホシさんも、本心で言ったことではない。そのはずなのだ。だから、柿の実がランタンのように光るはずはない。そんなことが現実に起こることなど、あり得ない。
「気のせいだよね」
ひとりごちて、私はきびすを返した。赤く染まる住宅街の上空を、一羽のカラスが飛んでいた。
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