第10話 時の鞄
「へえ、コンゴに可愛い幼馴染ねえ。ちょっと意外だな」
私たちが調査の報告を終えた後、真っ先に口を開いたのはウルフこと大神だった。
「意外で悪かったな。俺だって田舎もあれば友達もいる。犬じゃねえんだ」
「最後のは余計だよ。相変わらずでたらめな飛び方しかできないくせに」
「ちょっとやめて二人とも。まだ調査の途中なのよ。報酬が保証されていても私たちはできるだけ浮気相手の『正体』に迫らなくちゃならないの。喧嘩してる場合じゃないでしょ」
私は大神と金剛の漫才のようなやり取りに、思わず苦言を呈した。いつもなら放っておくのだが、やはり事務所の危機ということで余裕がなくなっているのかもしれない。
「それにしても気になりますね、その女の子」
珍しく口を挟んだのは、ヒッキこと古森だった。
「でしょ?お化けかどうかはわからないけど、少なくとも普通の子じゃあないと思うの」
「普通じゃないからいいんです」
「えっ」
「昼間は令嬢カフェで働いてて、身辺を探られると土になって消えるなんて最高です。キャラ立ち過ぎです」
古森はそう言うと、拳を握ってうっとりした表情になった。私は思わぬ反応に面くらいつつ、「とにかく追えるだけ追ってみましょ。コンゴ、悪いけどあと一回だけつきあって。今度はデートの現場を押さえてみるわ」と言った。
「まだやるんですか?また煙みたいに消え失せて終わりってことになりゃしませんかね」
「なったらなったで仕方ないわ、それでおしまい。探偵は超常現象の研究家じゃないもの」
「超常現象なんすかねえ、やっぱり」
金剛は難しい顔でううんと唸ると、大きな身体を椅子に投げだした。よく考えてみれば金剛自身が瞬間移動能力を持つれっきとした『超能力者』なのだが。
「あ、そうだボス。実はボスと金剛さんが調査に行ってる間、大神さんと倉庫の整理をしてたんです。そしたらよくわからない物が出てきて……」
「よくわからない物?」
古森は私の問いに「はい」と頷くと、隅の方からスーツケース大の物体を運んできた。
「これなんですが……かなり古い物みたいで、もし前所長の物だったらうっかりいじってもまずいしって持て余してたんです」
古森が私の机の上に乗せたのは、古びた皮装のトランクだった。
「開けていい?」
私が念のためオフィスの全員に尋ねると、三人は神妙な顔で同時に頷いた。
「ええと……鍵はかかってないようね。ここを外せば……あっ」
トランクを開けた瞬間、私は中身の意外さに思わず目を瞠った。中に入っていたのは大量の古びたノートだった。
「これ、ひょっとして叔父さんの?……わっ」
ノートから何気なく蓋の裏に目線を移した私は、再び絶句した。なんと蓋の裏にはビロード張りのクッションがあり、そこに五つの懐中時計がはめ込まれていたのだ。
「何で五つも……」
驚くべきことに時計は動いていて、なぜか針は別々の時刻を差していた。
「なにこれ……正しい時間を表示してるのが一つもないじゃない」
私は時計が動いていることと、なぜばらばらの時刻に設定されているのかという二つの疑問でめまいに似た感覚に襲われた。
「俺たちも見たことないですね、これは」
金剛が言うと、他の二人も一斉に頷いた。一番古い石亀か次に古い荻原ならわかるだろうか。しかし残念ながら今はどちらも不在だ。
「ぜんまいだか電池だかわからないすけど、よく止まりませんでしたね」
大神が興味深げに時計を覗きこみ、私は「時計って見る物でしょ。どうしてこんな見えない場所に長い間、しまってあったのかしら」と首を捻った。
私は恐る恐るノートを取り出すと、中をぱらぱらとあらためた。
「……叔父さんが書いたのかもしれないけど、読めないわ。せめて日本語で書いてくれればよかったのに」
青みがかった文字は万年筆かボールペンで書かれたらしく、びっしりと並んだ日本語ではない言語に、私は思わずため息を漏らした。
「まあいいわ。石さんとテディが戻って来たら聞いてみましょう。……ヒッキ、悪いけどあったところに戻しておいてくれる?
「はい、わかりました。……でもなかなか神秘的ですね。探偵社の内部に謎があるなんて」
なんだか謎が増えたことを楽しんでいるかのような古森の言葉に苦笑しつつ、私は「さあ、トランクの謎の前に『消える令嬢』の方を片付けるわよ。いい?」と思いだしたように檄を飛ばした。
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