第2話 クロード
森の中を逃げる。
必死になって追ってくる恐怖から逃げる。
逃げる自分を集団で追いかけてくる狼の魔物たち。
どれだけ走ったかもわからない。
何度も転んでいるうちに服は汚れ、走っているうちに木の枝か何かに引っかけたのか破れた服と傷ついた肌が見える。
それでも魔物からの攻撃をなんとかしのげていた。
それは自分が使える魔法のおかげだろう。
その魔法をなぜ使えるのかはわからない。
だが、その魔法が使えなければ間違いなく自分が死んでいたことだけはわかる。
それまで魔法を使いなんとか逃げてきたが体力は限界をむかえ、足はもつれ、走ることもままならない状況になった。
そして、その場に倒れこんでしまった。
なんでこんなことになったのか。
後から思い出せば確かな疑問だったがそのときはただ生きることに必死だった。
胸にかけているペンダントを握り、必死に足掻いた。
周りはすでに魔物に囲まれて逃げることは難しいだろう。
それでも、鉛のように重い身体を、足を、どうにか動かして逃げようとした。
もうほとんど使えない魔法を何とか使い、わずかでも魔物からの攻撃を防ぐ。
なんでそんなに必死だったのかはわからなかった。
ただ、生きたいという生存本能にしたがったのかもしれない。
「間に合ったようですね。少年、生きていますか」
だから、気を失う直前に聞いたその声と目に映った青空のような瞳を今も鮮明に覚えている。
「おはようございます。イルさん、今日はカフェ・エナの営業日なんですか?」
「おはよう。クロードのいうとおり今日は久しぶりにカフェ・エナの開店日だよ。だから今日は夜までこの家にはいない予定だから忘れ物とかしても届けてやれないからな」
「忘れ物なんてしませんよ。俺だってもうすぐCランク冒険者になるんですよ。いつまでも子ども扱いしないでくださいよ」
エリアス王国の辺境に存在する都市『ノクト』。
ノクトに来てから毎日行われる朝のやりとりはクロードにとって、当たり前の日常となっていた。
「Cランク冒険者にというのは試験に合格してからだろう。まだ試験を受けたわけでもないのだから気を緩めてはいけないよ」
「わかってますよ。それでも師匠の元で修行を終えノクトに来て1年、ようやくCランクに手が届くところまで来たんですよ。これでやっと師匠の第一課題を突破できるんですよ」
クロードの師匠であるケイローンより与えられた試練の一つ、冒険者のランクをCランクまで上げるという試練をもうすぐ達成しようとしていたため、最近のクロードはこの家の中では浮き足だった状態にさせていた。
クロードもそのことを自覚はしていたが、それでも鍛え始めたときに言われた目標の一つがもうすぐ達成できるところまできているため、まだ精神的に成熟しきっていないクロードは感情を抑えることができずにいた。
「わかっていると思うがお前は強いわけではない。経験もベテランの冒険者たちに比べれば足りない」
クロードも自分の強さについて理解はしているものの、イルヴィスのような親しい存在から言われたため若干落ち込んでしまった。
「だが、今まで鍛え続けて身につけた今の実力は確かなものだ。自分の実力を理解した上で自他の実力の判断を見誤らなければ、次の試験は合格できるだろう。だから、自信を持て。ただし、自分を過信しすぎるな」
イルヴィスに言われた言葉は普段から言われている気を引き締める言葉であった。この言葉はイルヴィスがクロードの実力を認めてくれるからこそ出る言葉だとクロードも知っているため、クロード自身を嬉しくさせた。そして同時に気を引き締め直すには十分な言葉だった。
「話は変わるが、まだ誰かとパーティーを組む気はないのか」
「イルさんの言いたいことはわかってます。でもまだ俺にはパーティーを組むのはちょっと」
「……そうか。それならいつものようにハクを連れて行け」
「相変わらずの心配性ですね。わかってますよ。ハクは今日も連れて行きますよ」
クロードはイルヴィスの従魔であるハクを連れていったことで今まで、危ない場面で何度も助けられたことがある。
そして以前、クロードはちょっとしたことで喧嘩をしてハクをつれずに冒険者として活動した際に危ない目に遭遇したため余計にハクの大切さを実感している。また、精神的にも余裕を持てるというのも自覚しているため連れて行っているのである。
以前ハクを連れていかなかった際にはクロードが家に帰った後、そのことを話したときにイルヴィスにこっぴどく怒られたことがものすごく印象に残っている。普段本気で怒らないイルヴィスがみせた静かなしかし本気の怒りはクロードにとっては未だ遭遇したことはないが、ドラゴンも逃げ出してしまうのではないかと思ってしまうほどの恐怖であった。そのため今後はイルヴィスを本気で怒らせることは絶対にしないようにしようとこのとき決意したのだった。
コン、コン
クロードがイルヴィスとの会話を楽しんでいると、いつものようにイルヴィスの迎えを告げる音が聞こえてきた。
扉を開けるとその先にはいつものように執事服の似合う男性が立っていた。
「ユークリッドさんおはようございます」
「イルヴィス様、クロードさんおはようございます。クロードさんはおでかけになるところですか」
「そうですね。ユークリッドさんもイルさんもお仕事頑張ってください。それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけるんだぞ」
「いってらっしゃいませ」
時間に正確なユークリッドの登場により自らがいつも出発している時間だとクロードが判断すると、すぐに冒険者ギルドへむけて出発した。
クロードが着いたとき、冒険者ギルドはすでに喧噪に包まれていた。
朝には新しい依頼が多く掲示板に張り出されるので多くの冒険者は朝に依頼を受けるため、普段冒険者ギルドは朝の時間と依頼完了の報告を行う冒険者が多く集まる夕方の時間は賑わっていることが多い。
クロードも例に漏れず、いつものように新しい依頼を探そうと依頼の張り出されている掲示板に向かっていこうとすると、職員から突然声がかけられた。
「クロードさん、少しお時間よろしいでしょうか?」
クロードの元にやってきた職員は、何度もお世話になったことのある男性職員だった。
「大丈夫ですよ。チャドさん何かあったんですか?」
「その、ここではなんですから奥の会議室でお話します。どうぞこちらです」
クロードはそのまま申し訳なさそうな表情をするチャドにより会議室へと案内された。
「突然のことで困惑されるかと思われるのですが、実はクロードさんに指名依頼が来ているのです」
「指名依頼ですか?」
依頼者が特定の冒険者を指名して依頼を頼むシステムとして「指名依頼制度」がある。
通常よりも依頼者が支払う料金は上がり冒険者と依頼者の両方への信用が必要となるため頻繁に利用される制度ではなかった。
ましてや未だDランク冒険者であるクロードにとっては以前簡単なものを二度引き受けただけであり、馴染みのあるものではなかった。
「ああ、指名依頼だ。クロードの戸惑いもわかる。通常の指名依頼ならよほど機密性が高くない限り受付で手続きが済ませられるからな。ここで説明をする理由はこれから話す。実はとある新人冒険者に帯同してもらいたいんだ」
「それはその新人冒険者が実は凶悪犯だったとか、どこかのお偉いさんの子どもとかいう話ですか?」
「いや、そのような人物ではなく一人の普通の少年を任せたいとのことなんだ」
クロードはチャドの言葉に安心すると同時に新たな疑問が浮かんだ
「一人の少年、ですか」
「そう。一人の少年だ。その少年は・・・・・・」
後にこの出会いが一人の人物にとって大きな契機となるのだった。
星と魔法と情報屋 水嶋川千遊 @yo-to-muramasa
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