星と魔法と情報屋

水嶋川千遊

第1話 霧の情報屋

幼い頃の自分はただひたすらにさまざまなことに興味を持つ子どもだった。

その中でも特に興味を持ったのが魔法だった。

この世界に当たり前のように存在し誰もが使うことができる不思議な存在、魔法。

火をつくり、水を生み出し、風をおこし、光を発し、治療を行うこともできる。

多様な魔法が存在し、大昔から多くの研究者が魔法を調べているがその全貌はいまだわからず何種類の魔法が存在するのかもわからない。

学者でさえどのようにしたら新たな魔法を習得することができるのか、習得した魔法でどのようなことができるのかといった魔法の詳細を知らない。

だから当時の自分は誰も理解し切れていない魔法という分野を理解しようとしたのだろう。

他の人がきけば無謀だと止められそうなことだが、幸い自分の住んでいた場所は多種多様な書物があり、はじめの頃は調べ物は順調だった。

しかし、調べ物を進めていくうちに資料だけではわからないところも多々あった。

実際に魔法を見せてもらうこともあったがそれでも大量の魔法をみることはできず、また見たことのある魔法や資料で調べた魔法であっても魔法の詳細を知ることは難しく、自分で使用することはさらに難しかった。


このころからだろう。多くの情報を広範囲から集めるようになったのは。

情報は魔法に関するものから何気ないものまでさまざまな情報を集めた。

何が魔法を知るきっかけになるかわからなかったからだ。

幸い、自分には特殊な目があったので様々な場所に一人で出かけても問題が起きることは少なかった。

そして次第に集める情報は多種多様なものになり、気づいたら情報屋を開けるほどの情報通になっていた。

さまざまな活動をしていく上で金銭が必要になることも多々あったため情報屋を行うことにした。

次第に情報屋としての自分のことが有名になっていき、霧とともに現れ、霧とともに消えることから一部の人々の間で「霧の情報屋」と呼ばれるまでになったのだった。





ここは辺境の都市「ノクト」。

辺境伯の治める都である。

この都市で一人の男が霧の誘いを受けていた。


「ようこそ。さあ、そこの椅子にお座りください。本日はどのような用件でおこしでしょうか」


怪しい雰囲気の中、重々しい声で告げられた言葉に従い、霧に導かれた男はその先にいた人物の言われるがままに椅子に座る。

そして、手慣れたように向かいに座っている人物に要件を告げた。


「ある人物に関する情報が欲しい。期間は2週間以内で頼みたい」


「特定の人物の調査ですね。その人物はどなたでしょうか」


「この半年ほどノクトで冒険者をしているクロードという人物だ」


男から調査してほしい人物が告げられると対面に座っている人物はため息をつきながら答えた。


「またいつもの調査ですか。毎度のことですが有望そうな新人冒険者や実力のある冒険者が来るたびに調査を依頼しに来るとは相変わらず物好きといいますか、暇人といいますか、変わらないようですね~」


相手をからかうような物言いをされるが、男は気にせず話を進める。


「俺はこの辺境の地を預かっている領主だからな。優秀な人材の引き抜きや何かトラブルが起きないように情報を集める必要がある。それにお前だって毎回俺が依頼を出すから儲かっているだろ。霧の情報屋」


「確かに辺境伯であるあなたからの依頼はいくつも受けていますが、その程度の額でしたらすぐに稼げるので気にせずお帰りになってください」


「そうか。それではこれで失礼しよう」


情報屋に促されるままに辺境伯はそのまま立ち去ろうとした。


「待て。なぜ俺が帰ろうとしなければならないのだ。俺はお前に依頼をしに来たのだぞ」


そして、突如引き返して情報屋にツッコミのようなものを行うことになった。

この瞬間それまでに漂っていた緊迫した雰囲気が霧散し、明るい雰囲気がその場を覆う。


「依頼があったのですね。てっきり遊びに来たのだと思っておりました。それならそうと最初からおっしゃってくださいよ」


「最初から依頼があると俺は言ったぞ」


「そうでしたかね。いろいろとおっしゃっているようだったのでてっきり今日は遊びに来たのだと判断してしまいました」


「それは申し訳ないことをしたな。だが俺は依頼があるんだ」


「そうでしたね。それでは一応もう一度依頼内容の確認をしたいので依頼内容を話してくれませんか」


ふざけたようなやりとりに男は若干あきれながらも特に気にした様子もなく、話を進めるように促した。

先ほどとは違い、明るい雰囲気のまま話は進められていく。


「わかった。依頼内容だな。今回の依頼内容は半年ほど前にノクトにやってきてこの地で活動している冒険者ギルドに登録している冒険者クロードに関する情報を集めてほしい。出自やこれまでどこで暮らしていたのかの情報、あとは魔法に関しても情報が欲しい。期限は2週間で頼みたい」


情報屋はため息をつきながら答える。


「わかっていると思うが、魔法の情報は正確性に欠けるものになるぞ。魔法適正の判別は面倒で難しいものであり、仮に魔法適正判別を受けていても基本的な魔法属性しか判別はできないから多種多様にある魔法すべてを調べることは不可能に近いぞ」


「それでもお前ならある程度の情報を手に入れることができるだろう」


確信めいたような話し方で煽る辺境伯であったが情報屋は特に気にした様子もなく話を進める。


「依頼内容は分かった。なら、報酬は金貨100枚ってところですかね。期限よりも1週間以上早く報告できたら追加で金貨50枚でどうですか」


「高すぎる。以前依頼したときはもう少し安かったではないか」


情報屋から提示された金額は辺境伯にとっては予想外の金額であった。

以前似た依頼をした金額を上回る金貨100枚という金額は即座に受け入れられるものではなかった。

一方で、1週間足らずの期間で魔法に関する詳しい情報まで手に入れられるとは思っておらず、追加報酬の金貨50枚はあまり気にしていなかった。


「以前似た依頼を受けたときは魔法に関しての依頼がなかったためですよ。魔法の情報の価値がどれだけ高いかはあなたならお分かりになると思うのですが」


魔法という個々人が秘匿にすることが多く、魔法によっては国をはじめとした多くの団体から命を狙われる、または保護されるという人生を左右しかねないものだからこその魔法の価値の高さ故に辺境伯は金額の高さに対して納得せざる終えなかった。


「確かに魔法に関する情報を考えれば・・・。だが、それには相応の情報を集めてもらわなければならないぞ」


「わかっていますよ。それで、そちらが提示された期限より早く情報を提示できれば報酬は上げてもらうということで問題ないですよね」


「それで手抜きすることなく正確な情報を手に入れることができるというのならな。だが、手抜きしたことが分かったなら報酬は減らすからな」


先ほどの仕返しとばかりに釘を刺していく辺境伯であったが情報屋は特に気にすることはなく話を進めていく。


「それでは契約成立ということでよろしいでしょうか」


「ああ、問題ない」


「それでは魔法を使って契約を行いますので少しお待ちください」


辺境伯が合意すると、情報屋がそのまま契約を魔法で行い始めた。

情報屋が取り出した1枚の何を書かれていない紙を二人が座っている間にある机の上に置くと同時に机の上に魔法陣が現れた。

魔法陣が現れるとその上にある紙に次々と先ほど合意した契約内容が次々と記されていく。

そして、契約内容のすべてが記されると魔法陣は最後に強い光を放ち消えた。


「これで契約は完了しました。一応契約内容を確認してもらえますか」


そして、契約内容が記された紙を確認のために情報屋から辺境伯に渡された。


「契約内容に間違いはないな」


辺境伯から確認が取れるとそのまま紙を受け取り明るい雰囲気のままさらに話は進めれれていく。


「それでは依頼を承りました。依頼を達成できたと判断できた場合報告しますのでそれまでお待ちください」


「わかった。それでは依頼が達成できたら報告してくれ」


そして、立ち上がってこの場を去ろうとした辺境伯に情報屋は先ほどまでよりもさらに明るい声であることを告げた。


「アナスタシオス辺境伯、まだこの場から去るにははやいですよ。それでは依頼が達成できたため、これより報告を行います。そのまま椅子に座っていてください」


この言葉に、アナスタシオスは驚きを隠せず、わずかに動きが止った後に少し険のある声で情報屋に尋ねるのだった。


「どういうことだ。情報屋。依頼はたった今成立したばかりだろう。まさか、ろくに情報も集めずに報告をする気か!」


それに対し情報屋は特に慌てることもなく、すらすらと答えていく。


「いえいえ、依頼はきちんと達成しますよ。それがこの霧の情報屋のモットーですからね」


「ではなぜ今すぐ報告することができる?俺がお前に依頼を出そうとしたのは一昨日だ。たとえ情報が漏れていたとしても情報を集めきるには時間が足りないはずだ」


「単純な話ですよ。クロードの情報は以前集めていたというだけですよ」


予想していなかったことに少し取り乱したアナスタシオスであったが、情報屋からの告げられた言葉に辺境伯は反撃の隙を見つけたとばかりに逆に問い返す。


「それでは最新の情報がないではないか。その点はどうするつもりだ」


それに対し、情報屋は全く気にすることもなく、そのまま話を進めていく。


「最新の情報もすでに手に入れました。なんでしたら今日冒険者ギルドで受けた依頼もお教えできますよ」


その言葉にすっかり毒気を抜かれてしまったアナスタシオスは今度は落ち着いた声で話を促した。


「では、あとで今までに受けた依頼に関する情報をまとめて紙で渡してくれ」


「わかりました。それでは報告を始めても良いですか」


「ああ、報告を始めてくれ」


アナスタシオスから了承を得た情報屋はクロードに関する情報を話し始めた。


「では、これよりクロードについての情報をお教えします。後ほど情報をまとめた紙も必要であればお渡しします。クロードは七歳の時に師であるケイローン・ゾディアレスと出会い、その後十二歳になるまでの間ケイローンとともに過ごし、知識や技術を学びました。またこのときに魔法やスキルも教えを受け習得したようです。この期間はケイローンとともに魔の森で多くの時間を過ごしていたようです。そのため、魔物との戦闘や魔物の素材の剥ぎ取りが手慣れていると思われます」


「あの上級冒険者ですら単独では危険な魔物が存在するという魔の森でクロードは七歳のときから過ごしていたというのか」


情報を話している途中であったが、アナスタシオスにとっては驚愕の魔の森で生活していたという言葉に思わず情報屋に聞き返してしまった。

そもそも魔の森は危険な魔物、それも単騎で都市を壊滅に追い込むほどの魔物が多く住むといわれ、魔の森の中では弱いとされる魔物たちでさえ、本来であれば上級冒険者(その実力から一部の人々から人外と認定される強さを持つ人々)であるAランク、Sランクというほんの一握りの冒険者しか単騎での対処は不可能とされる魔物が住まう場所であったため、アナスタシオスの驚きは当然のものであった。


「過ごしていたといっても魔の森の奥深くではなく、浅い場所でBランク以上の冒険者が複数で戦えば対処できる範囲の魔物がほとんどの場所ですよ。それにケイローンも一緒に過ごしていたのでクロードの手に負えない魔物は彼が対処していたのでしょう」


「ケイローンか。確かにあの男の実力は間違いなくSランク冒険者、人の到達できる最上の領域の存在だからな。これで人柄も教師としての腕前も良いからな。学ぶ相手としては最上の人選だな」


「確かに最上の人選ですが、意図したわけではないようですね。偶然遭遇したというのが正しいと思われます。ここ数年のケイローンを意図して見つけるのは素人のそれも子どもには無理な話ですからね」


「そうか。長年のケイローンの弟子ということであるなら性格面ではあまり問題にはならないと見て間違いないのか」


人を見る目と教育者としての実力がこの世界においてトップクラスであるケイローンの元で長年弟子だったという話はアナスタシオスにクロードが害を及ぼす可能性の少ない相手だと考えさせるには十分な情報であった。

これまで、ケイローンの元で一定の年数弟子として学んだ人物たちが有名となった後も大きな問題を起こした人物の話を聞いたことがなかったことも影響を与えた。


「そうですね。ケイローンの元で長年育った他の弟子たち同様、クロードも性格面で問題のある人物ではないでしょう。辺境の地に来てからも性格面で問題があるという話は今のところ聞きません。ケイローンからもお墨付きがもらえるほど性格面では問題ないようなので、よほど内面をうまく隠し続けた存在でもない限りは害になりにくい人物でしょう」


「そのようだな。それで肝心の魔法に関する情報や出自に関する情報はないのか」


「もちろんありますよ。ただ、出自に関してはクロード本人が記憶をなくしているため特定はできませんでした。この分はもちろん報酬から減額していただいて構いません。そのため次はクロードの持っているであろう魔法に関する話ですね」


アナスタシオスに促されるまま情報屋は次の情報を話していった。


「クロードの持っている魔法は現在判明しているものですと、まず基礎的な魔法ですと火属性魔法、水属性魔法、風属性魔法、土属性魔法、雷属性魔法、氷属性魔法、光属性魔法、闇属性魔法が使えることがわかりました」

「それだけの種類の基礎魔法が使えるのか。光属性や闇属性も使えるとは・・・。どちらも使い手の少ない魔法だが、両方となるとさらに少なかったと思うのだが」

「アナスタシオス辺境伯のおっしゃるとおり光属性と闇属性はどちらも魔法の分類としては下位の魔法ですが、使い手は少なく、両方の属性を使えるとなるとかなり希少な存在ですね」


光属性魔法と闇属性魔法を使えるという情報は表情の変化は少なかったものの、アナスタシオスに十分な衝撃を与えた。

魔法はこの世界のほとんどのものが使えるが、どの種類の魔法も使えるわけではなく、基礎となる属性の魔法を習得することで上位の魔法を習得するというのが一般的であった。

光属性と闇属性は基礎となる属性ではあるものの使用できるものは少なく、持ち主は多くの組織から勧誘を受けることが多く、また回復能力や浄化能力を持つ上位魔法を習得するきっかけとなる光属性は教会をはじめ、多くの組織が特に欲しがる人材であった。

アナスタシオスは少しの間何かを考えた後、情報屋に続きの情報を促した。


「確かに貴重な存在だが、それだけというわけではないだろう」


「そうですね。クロードはそのほかに聖属性魔法、毒属性魔法、そして星魔法を使えることも確認済みです」


「なんだと。それは本当か!」


次に告げられた情報にアナスタシオスは驚きのあまり立ち上がり情報屋に迫るほどだった。


「聖属性や毒属性までは光属性や闇属性が使える時点で可能性としては考えていた。だが、星魔法は別だ。あの魔法はまだ習得方法の予測すらまともに建てられていない魔法だぞ。しかも強力な能力を持つものばかりだ。それを使えるというのか。いったいどの星魔法なんだ」


「落ち着いてください。確かに星魔法は貴重な魔法ですがアナスタシオス辺境伯とて今まで一切使い手に会ったことがないわけではないでしょう」


情報屋の言葉でアナスタシオスは少しずつ落ち着きを取り戻し、元のように座る。


「少し取り乱してしまったようだ。すまない。それでどの星魔法なんだ?」


星魔法はおとぎ話や伝承でよく見かけられる魔法である。

その能力は星魔法に分類される魔法でもそれぞれ違い、個性的な能力ばかりであり、そして強力なものが多い。

しかし、伝承などは多く残る一方でその習得方法や魔法の詳細はあまりわかっておらず、また星魔法に分類される魔法を所持しているものに出会うことは


「過去の記述や実際に使用している状況から推測するとクロードの持つ星魔法は盾魔法だと思われます」


「盾魔法か。名前から防御に特化した魔法のように感じるな。盾魔法の詳細はわかっているのか」


星魔法の一種ではあるものの、有名ではない種の魔法に思わず情報屋にその詳細を尋ねた。


「ある程度の情報はありますけれど、料金が発生しますよ」


「追加料金か。いくらだ?」


「星魔法ですし本来は相応のものをもらうところですが、今回は先ほどの情報不足分を補填するということにしておきましょう」


「いいのか?星魔法ならばかなり高額だと思うのだが・・・」


これまでの付き合いからこのような場面ではかなりの金額を程度は請求してくることを覚悟していたアナスタシオスは驚きと同時に拍子抜けしてしまい、疑問に思いつつも情報屋の提案をあっさりと受け入れるのだった。


「今回は特別ですよ。さて、星魔法の1つ盾魔法の情報をお話しします。盾魔法は簡単に言えば、透明な盾を出現させる魔法ですね」


「ただ盾を出現させるだけではないのだろう」


「その通りです。出現させた盾はほとんどのものを防ぎます。武器による攻撃はもちろん、魔法による攻撃や土砂崩れなどの自然災害からも身を守ることができると思われます。ただし、同じ星魔法やそれに準ずる威力を持つ攻撃には耐えきれるかは怪しいところです。また、盾の大きさは大きくても成人男性一人分ほどの大きさでしょう。ですが、同時に5つまでは盾を出現させることができるようなので実際の防御範囲はさらに広いものでしょう。さらに一度出現させた盾は破壊されるか、発動者が消すか、魔法を発動させる際に込められた魔力が切れるまでは消えないようですね」


情報屋の説明を聞き終えたアナスタシオスの表情は唖然としていた。

それは当然のことであった。

盾魔法という存在は魔法が存在するこの世界においても異端なものであった。

ほとんどの物事から守り抜くことのできる防御能力はどの国の王ですら持ち得ない能力であり、王族はもちろんのことだが、それ以外にも敵対するものが存在するものにとってこれほど欲しい能力はないだろう。

また、味方であればこれほど頼もしい能力はないが敵対したときにはとてもやっかいな存在になる。

星魔法と同じ火力ということはすなわち世界最高峰の火力を持つ攻撃手段を用いなければ少なくとも正攻法では破ることができないことを意味していた。

そんな火力を生み出せる存在はこの世界においても数少ない存在であるため、正面からの盾魔法を攻略することは場合によっては一国を攻め落とすことよりも困難であった。


「この情報が広がればどこの組織もこぞってクロードを手に入れようとするほどの情報だな・・・」


「そうですね。この盾魔法は守りという意味では他の魔法とは比べ物になりませんからね」


アナスタシオスはそこで情報屋の次の言葉を待っていたがのぞんでいる言葉が出ないと判断しため息をつきながら話を続けた。


「情報屋。相変わらず性格が悪いようだな」


「何のことでしょうか」


「お前ならわかっているはずだ。盾魔法の情報が流出すればクロードが危険にさらされ俺が王より預かっている辺境の地ノクトがより危険にさらされるということが」


盾魔法を正面から攻略することが困難である以上、敵対する可能性がある、もしくは自身が敵対しているものを守る可能性があると判断が下された場合、クロードは様々な勢力から狙われる存在になるかもしれない。

すぐにそうなる可能性は低いが、時間が経ち、盾魔法の情報が流れればその危険性は高かった。

そのとき、現在と同様にノクトを拠点としていれば、ノクトの町はクロードを殺そうとするものと自身の利益のために取り込もうとするものが入り交じった混沌とした魔境と化す可能性があった。


「確かにクロードもノクトの地も危険になる可能性は高いでしょう。ですがそれは現状のままのクロードが盾魔法を所持しているという情報が流れ、盾魔法に関する情報も流れた場合です」


「だからそうなる可能性が高いと言っているのだろう」


「現状ではそう判断されても仕方ないかもしれません。ですが回避する方法があることもわかっているはずです」


ここで少し冷静になったアナスタシオスは真剣な表情へと切り替え情報屋と話を続ける。


「このことを漏らさないようにしながらクロードを監視するということだな。だが、この話は情報屋、お前が情報を他に漏らさないことが前提条件のはずだ。その点はどうするつもりだ」


情報屋はその言葉を待っていたとばかりに内心で笑みを浮かべながらアナスタシオスの問いに答える。


「情報を秘匿にするという選択をするのであれば条件付きで了承しますよ」


「何が目的だ」


そして、待ってましたとばかりに一枚の紙を取り出た。そして、そこに書かれた「裏メニュー」をアナスタシオスに見せた。


「霧の情報屋、裏メニュー。情報の占有。情報を占有するためには秘匿したい情報の種類にもよりますが今回の情報の場合1種類につき金貨1500枚を1年間で支払ってもらう必要があります」


「金貨1500枚だと。ふざけた金額だな。そんな金額を支払えるやつなどほとんどいないだろ」


アナスタシオスはその金額に驚きを隠せなかった。

金貨1500枚という金額は小国であれば一気に財政が傾くだけではなく、下手をすればそのまま破綻に繋がるほどの金額であった。いくら辺境という他の地域に比べ多くのお金が集まるノクトの領主であっても容易に支払うことのできる金額ではなかった。


「たしかに支払える方はあまりいませんがアナスタシオス辺境伯でしたら支払えますよね。ちなみに毎年支払っていただかないと情報を販売してしまいますのでご注意下さい」


飄々とした口調で情報屋から語られる言葉にアナスタシオスは苦虫を噛み殺したような表情のまま、リスクと金額を天秤にかけ、そしてため息をつきながら答えた。


「今すぐ支払うことは不可能だ。それにそんな額が急に支払われれば疑うものが出てくる」


「ご安心ください。分割払いがあります。料金の5%を手付金として支払ってもらいますと、支払いは半年間の猶予が与えられます」


その言葉に渋々とした様子でアナスタシオスが財布から金貨を取り出した。


「仕方ない。手付金の金貨75枚だ。受けとれ」


そして、情報屋へ金貨を渡した。

情報屋は中身を確認すると金貨を机の下にしまう。


「本日の取引はここまででしょうかね」


「そうだな。これ以上は出費できんのでな。それではこれで失礼する」


そして、アナスタシオスはそのまま扉から出ていった。


「さて、これでしばらくは安心ですかね」


霧が情報屋の店を覆い隠していく中、情報屋が呟いたその言葉が霧の中に消えていった。

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