領主の娘

その日も鬼が現れた。カナギは要請を受け、その場に駆けつけ、昨日と同じく、難なく鬼を斬った。鳳も遅れてやってきたが、鬼の首を見るなり、チッと舌打ちをしていた。

ちょっとした騒ぎになったので、大勢の野次馬たちがきた。カナギは早々に去ろうとしたが、人込みからにゅっと手が出てきて、巫女袴の袖を掴まれた。野次馬たちの間から、見知った顔が見えた。

「はぁ……、また何をやっているんですか……」

 カナギは、野次馬たちから離れて、大通りの脇道に入っていた。カナギの袖を引っ張った張本人、椿もその場に居た。

「これも領地の状況偵察です」

 椿はさも誇らしげに言った。

「また、私が連れて帰ったら、本当に誘拐を疑われるじゃないですか」

「大丈夫。私がちゃんと説明してあげるから」

 そういう問題じゃないのだが、とカナギは思ったが、何を言っても無駄そうだった。

「じゃあ、偵察ごっこは終わったなら、お城に帰りますよ」

「ちょっと待って。私はあなたに用があるの」

「私に?」

「ええ。あなたの鬼斬りとしての才能に見込んでお願いがあるの」

 そう言って、椿がカナギの腰に差している刀を指さした。

「私の用心棒になって」

「え……、それは……」

「そうよ。お城に仕えるの。あなたにとっても良い話でしょ?」

 確かにそうであった。カナギのような風来坊では、その日の生活を何とかしのぐだけで大変であったので、安定した職と収入が約束された城仕えは願ってもないことだった。カナギの力を持ってしたら、鳳のような他の用心棒と同じように誰かのお抱えになってもおかしくは無かったが、カナギはあえてそれをしなかった。誰かに仕えてしまえば、結局はその者を守るだけなのだ。鬼は誰でも襲う。用心棒を雇うことのできない町人や、カナギが寝泊まりさせてもらっている宿の女将もそうなのだ。カナギは誰か一人ではなく、皆を守りたかったのだ。

 カナギは黙っていると、椿は何かに気付いたように声を掛けた。

「あ、良いんだよ。別に領主の娘だからって、強引にあなたに用心棒にするつもりはないの」

 カナギはホッと胸を撫でおろした。

「ただ……」

 椿の顔が少し淀んだ。

「ちょっと怖かったの。怖い夢を見たから……」

 カナギはそっと椿の肩に手をのせた。

「姫様、大丈夫です。私が居なくとも、城には他の用心棒たちがおりますので。それに、いざとなったら、私もすぐに駆けつけます」

「ほんとう……?」

「はい」

 椿は少し安心したのか、微笑みを見せた。

「でも、じゃあ、じゃあね……」

 椿はカナギの刀を再び指さした。

「私もカナギみたいに強くなりたい。あなたの剣を教えて!」

「そ、それはちょっと……、姫様には少し早いのではないかと」

「えー。なんで、何でー!」

 椿はタダをこねる子供のようだった。

「私、知ってるよ。都からの噂で。あっちの鬼斬りは、何とかの呼吸っていうのを使うんでしょ? それで、ズバッと鬼を斬ってるんでしょう。カナギも使えるんでしょう。教えてよー」

 何とかの呼吸……。カナギにはちんぷんかんぷんだった。

「確かに呼吸は大事ですが。それは心身を落ちつける為のものであって、それが出来たからと言って、鬼を斬れるわけでは無いと思いますよ」

「そうなの? じゃあ、技とかは? 昨日とか今日のやつも凄かったよね! あれは何ていう技?」

 技、と言われても。カナギは自分の技に名前なんて付けたことが無かった。全て独流であったし、身体が覚えていたものだ。しかし、都の鬼斬り達は随分とハイカラなことをするものだと、カナギは思った。よっぽど、強いからそんな余裕も生まれてくるのだろう。

 カナギは椿の眼を見た。その眼は、カナギへの羨望に満ちており、カナギもそんな目で見られると何とか答えてあげたい気持ちになった。しかし、カナギはうーん、と考えてみたが、良い技名が思い付きそうになかったのだ。ただ、素早く刀を振っているだけなのだから。椿はそんなカナギを見かねて、声を掛けた。

「分かった! 私が命名してあげる。そうね、ビュンって風を切るように刀を振っているから、風斬りってのはどう?」

 カナギはどんな名前を付けられるのかびくびくしていたが、意外と普通だった。

「これからは、いつも、この技を出すときは、『壱の型 風斬り』って叫ぶのよ、分かった?」

 なんと……。カナギは戦々恐々とした。今度から、鬼と戦うときは命だけでなく、何か別の大事なものを失うかもしれない……。

 そんなこんなで、カナギは椿と他愛もない話をして、その日は過ごした。

「そろそろ、お戻りになる時間ですよ」

「えー。まだ技名が伍の型までしか出来てないよー」

 これ以上やると、鬼に殺されるより前に、刀を振るうことで悶死してしまう。

「続きは今度です。城の方が心配されますよ」

「ふふ。言ったよね。今度って。次もまた会えるんだよね?」

 カナギは観念した。この娘には勝てなさそうだ。ただ、カナギも椿とのこんなやり取りも悪くないと感じていた。

「分かりましたよ。でも、今度はちゃんとお城の方に許可を取ってくださいね」

「もちろん!」

 椿は屈託のない笑顔で答えたが、本当かどうか怪しいところであった。

 その日も、城の兵士からこってりと絞られてしまった。椿は別れ際に、カナギとの別れを惜しむようにそっと近付いてきた。椿の顔は、先ほどの戯れていた時と変わって、少し陰っていた。

「忘れないでね。ピンチの時はちゃんと助けに来てくれるって」

「はい。必ず」

 カナギは笑顔で答えた。しかし、椿の顔は暗いままであった。


 カナギは宿に戻って、床に就こうとしていた。しかし、あの椿の別れ際の顔が気になってなかなか寝付けなかった。カナギは椿の事が気になっていた。領主の娘というのはあるのはもちろんだが、最近、知り合ったばかりにも関わらず、何か昔から知っている家族のような親しみを感じていたのだ。出来るなら、彼女の用心棒になってあげたい。そう本心から思っていたのだが、町の人々を蔑ろにすることも出来ないと、カナギは複雑な思いであった。

 カナギが悶々と考えて、寝付けない夜の中、外が騒がしいのに気が付いた。

「火の手が上がっているぞー!」

「あれは何処だー!」

「城の方じゃないか。大変だ、領主様のお城の方だー!」

 カナギは、ガバッと飛び起きた。急いで、刀を持ち、宿を飛び出し、城の方へと向かった。確かに城の方が赤々と火の手が上がっている。

 やはり、鬼なのか。姫様、どうかご無事で……。

 カナギは懸命に城の方へ駆けて行った。今日の別れ際の椿の顔が頭から離れなかった。

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