第91話  護衛任務

 A級冒険者のザクスは確実に俺達を見下していた。

 俺達では力不足だと言いたげで罵倒を続けようとしていたが、その行動はギルバード伯爵の一言で遮られ、苦虫を嚙み潰したように悔しがっていた。


 その後は仕方ないと言った感じで、護衛任務の説明を始めた。

 ギルバード伯爵もその様子を見つめている。


「今回お前達にやって貰いたい事は二つだ。一つ目がこの屋敷の敷地内に部外者を入れない事。無理やり進入して来た者がいたら排除する。二つ目がお嬢様を守る事。お嬢様は街に買い物に出かけたり、中庭が好きで良く外に出られるからな。屋敷の外に出る時は必ず付き添う事。この二つを二十四時間体制で行って貰う事になる」


 面白く無さそうにザクスは内容を説明している。

 俺達を見下してはいるが、説明は流暢で嘘を吐いている様子も無い。 


「普段はどんな感じで護衛をしているか教えて貰えないか?」


 俺は下手に接して傭兵団の護衛の様子を確認してみる。


「俺達は屋敷の周囲に一人づつ配置して、昼間と夜で交代しながら警護をしている。屋敷の護衛だけでも昼夜の交代要員を入れて八人を使っている訳だ。だがそれは傭兵団が二十人いるから出来る事で、お前達の様な少人数では難しいだろうな。交代要員も居ないんじゃ、居眠りをして碌な警備が出来ないんじゃないのか?」


 ザクスはご愁傷様と言いたげな顔で口角を吊り上げていた。


「人数が少ない俺達は、傭兵団の半分以下の人数で屋敷の周囲、全ての方角を警戒しなければいけないって訳だ」


「まぁ、そうなるわな。だから心配してやってんだろ。やっと分かったのか?」


「あぁ了解した。もう一つ教えてくれ。傭兵団は令嬢の護衛にどんな者を付けていたんだ」


「俺達は女性の冒険者を専属の護衛として付けていた。まだ小さなお嬢様にとって屈強な冒険者の見た目は恐怖を与えるかもしれないからな。だが女でなければ絶対に駄目だと言う訳でもない。実際には俺達も男性の冒険者を護衛に付けた事もある」


「大体分かった。それで護衛は今日からでいいのか?」


「伯爵様はこの引継ぎが終わり次第出発するとの事だ。今回は俺達、傭兵団の総勢二十名が伯爵様に付いて行く事が決まっている。誰も残らないからといって手を抜くんじゃねーぞ。もしも下手へたを打ったら、俺達がお前達のギルドをぶっ潰してやるからな」


 ザクスは威勢よく啖呵を切って睨みつけてきたが、全く迫力が足りていない。

 

 俺以外のメンバーに視線を向けてみると、SS級冒険者のカインと直に戦った事があるリオンとダンは無反応で、何言ってんだおっさん? って顔になっている。


 アリスは最初から無視を決め込んでいるし、リンドバーグはあきれ顔を浮かべながらも、一応話は聞いて注意点をメモしているのだが臆している様子は見えない。

 相手は実力のあるA級冒険者だと言うのに全く頼もしい仲間達である。


 ザクスとの引継ぎが終わった後、再びギルバート伯爵が話しかけてきた。


「ザクスの口調は少々荒っぽいが、全ては私の事を心配しての事。だから余り悪くは思わないでやって欲しい。それで私はこの後すぐに屋敷から出発する予定だ。こういう事態は少しでも早く対応する方が丸く収まる場合が多いからね。出発する前に娘を呼んでくるから顔合わせだけしておこう」


「わかりました」


「それじゃ、マルセル。ミシェルを呼んで来てくれ」


「かしこまりました」


 話がまとまるとギルバード伯爵は執事長のマルセルに指示を出した。


 マルセルは伯爵令嬢を呼びに行く為に部屋から出ていった後数分、マルセルに連れられて一人の少女が入って来た。

 その少女は屋敷の中庭にいたブロンドの髪の少女だった。

 ギルバード伯爵はソファーから立ち上がると少女の方へと歩いて行く。

 少女はギルバート伯爵の姿を見つけると、走って駆け寄るとギルバード伯爵の後ろへと隠れた。


「ミシェル、前に話していただろ? 彼等が私がいない間にお前を守ってくれる人達だ。さぁご挨拶をしなさい」


「ミシェル・ギルバードです」


 ギルバード伯爵に促されて、少女はお辞儀をしながら挨拶を行う。

 礼儀正しい少女で、年はダンと同じ位に見えた。


 俺とアリスはソファーからミシェル嬢の前に移動し、ミシェル嬢よりも頭の位置が下がる位に膝を折った後に挨拶を行う。


「ギルバード伯爵様が留守の間、我々【オラトリオ】がミシェル様をお守りさせて頂きます」


「ええ、よろしくお願いします」

 

「挨拶も済んだ事だし、早速出発するとしよう。ミシェル、私は少しの間留守にするけど、その間は彼等がミシェルや屋敷の事を守ってくれる。【オラトリオ】がお前の為の傭兵団だ」


 オスマンから聞いた情報によれば、夫人は既に亡くなっているらしく、ギルバード伯爵は夫人の忘れ形見であるミシェル令嬢を溺愛しているとの事だった。

 その情報が正しいと言うのは一目見ただけで理解できた。


「お父様、ありがとうございます。お父様のお帰りをこの屋敷で待っています」


「そろそろ私も出発するとしよう。ザクス、準備は出来ているか?」


「はい、既に出発の準備は出来ています」


「それでは我々も警護の任務を開始します。ギルバード伯爵様、どうかお気を付けて下さい。屋敷の事は我々【オラトリオ】にお任せを」


「うん、よろしく頼む。もし屋敷に関して確認したい事や調整事があるなら、執事長のマルセルに声を掛けてくれ」


「ラベル様、何か御座いましたらいつでもご相談をしてください」


 マルセルさんが頭を下げてくる。

 

「ちゃんとした挨拶がまだでしたね。【オラトリオ】のギルドマスターをやっているラベルと申します。マルセルさんよろしくお願いします」


 俺も頭を下げ返して自己紹介を行った。


 その後、俺達は屋敷から出発するギルバート伯爵達を見送る為に外に移動する。

 門の前には既に傭兵団のメンバーが集まっていた。

 俺達が傭兵団の近くまで移動した時、一団の中から一人の女性が俺達に近づいて来る。


「ねぇ、貴方達に一つ忠告してあげる」


 そう声を掛けてきたのは、魔法使いの杖を持った女性だ。


「忠告? 何かアドバイスがあるなら教えてくれると助かる」


 代表して俺が話を始めた。


「ミシェルお嬢様には気を付けた方がいいわ。あのお嬢様って伯爵の前では大人しいけど、実は猫を被っているのよ。本当は全然性格が違うから、頑張ってね」


 どうやら彼女がザクスが言っていた、ミシェル令嬢の護衛をしていた冒険者なのだろう。

 彼女はミシェル令嬢が見た目と違う性格をしていると言っている。

 わざわざ忠告してくるとなると、油断の出来ない令嬢なのかもしれない。


「そうか、教えてくれて助かるよ」


「だけど私が話したって言わないでね」


「大丈夫、わかっているさ」


 それだけ話すと魔法使いの女性は傭兵団の列へと戻っていく。

 使用人全員とミシェル嬢に見送られながら、ギルバード伯爵は出発して行った。



◇   ◇   ◇



 その後、ギルバード伯爵達が居なくなった屋敷で俺はマルセルさんに話しかけ打ち合わせを行う。


「マルセルさん、私達は今からこの屋敷の周辺の確認を行います。屋敷には三人残しておきますので、屋敷の中を案内していただけますか?」


「かしこまりました」


 俺はマルセルと打ち合わせを行った後、【オラトリオ】のメンバーを集合させた。


「今から三班に分けるぞ。まずは俺とアリスが屋敷周辺のチェックを行おうと思う。リンドバーグともう一人で屋敷内を回り、構造や部屋の配置をチェックしていく。屋敷の配置は後で俺にも説明して欲しい。そして残りの一人がミシェル令嬢の護衛に付いて貰う事となる」


「私ともう一人ですか、ミシェル令嬢の護衛には歳も近く同性であるリオンさんが適任だと思いますが……」


「俺もリンドバーグと同じ意見でそれが良いと思うんだけど、リオン、それでいいか?」


「私はそれでもいいんだけど…… ダンは大丈夫なの? 屋敷の構造とか各部屋がどんな部屋か覚えられる?」


「えっ!? それはリンドバーグさんがやってくれるんだろ? 俺はただの付き添いだけで……」


「何、馬鹿な事を言っているんだよ。お前も一緒に覚えるに決まっているだろ? 俺達が二手に分かれて外と屋敷を回るのは、後でメンバーを入れ替えて班を作る為なんだぞ」


 俺が言っている意味は外回り側と屋敷側のそれぞれ一人づつのメンバーが組むと言う事。

 例えば屋敷周辺を知っているアリスと屋敷内を知っているリンドバーグが一班、次に俺と屋敷内を回ったもう一人がもう一班と言う訳だ。

 

 人数が少ない俺達は効率化を図る必要があった。 


「えぇぇぇっ 俺には無理だよ」


「それなら私がリンドバーグさんと屋敷を回る方でもいいよ。だからダンがミシェル令嬢の護衛に付くのはどう?」


 慌てふためくダンの様子に不安を覚えたリオンがそう提案してきた。

 リオンの提案を聞いて考えてみる。

 リオンの未来の見えるスキルは万能で個人を護衛するのにも周辺警備のどちらにも適している。


「でも令嬢の護衛に男を付けるってのも……」


 俺はザクスのとの打ち合わせを思いだしていた。

 俺が悩んでいると、アリスが声をかけてくる。 


「大丈夫じゃない? ザクスだっけ? あの冒険者も言っていたけど、絶対女性にしなければいけない事は無いと思う。だって冒険者の数は男性の方が圧倒的に多いんだし、ラベルさんは気にし過ぎだって」


 アリスの助言を聞き入れ、俺はミシェル嬢の護衛をダンに任せる事にした。

 陽気な性格をしているダンなら年の近いミシェル令嬢も心を許してくれるかもしれない。


「それじゃ、ダンはミシェル様の護衛を頼む。くれぐれも失礼の無い様にな。もし男性として入り辛い場所とかがあれば、メイドさんや執事長のマルセルさんに声を掛ける事!」


「頭を使うよりまだそっちの方がいいな。よし任せてくれよ。俺って孤児院で小さい子の面倒を見るのは慣れているからよ」


「馬鹿野郎、ミシェル令嬢とお前の兄弟達を一緒にするな。貴族なんだから敬って対応しろよ」


「分ってるって!!」


「本当に大丈夫か? まぁこれも良い経験だろう。それじゃそれぞれ分担して動こう」


 方向性が決まった俺達は互いの任務を全うする為に別行動を始めた。

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