第90話 ギルバード伯爵
オスマンからの依頼を受領した俺はギルドメンバーを引き連れ、ギルバード領を目指した。
ギルバード領は首都【スレッド】から南西方向にあり、馬車で片道三日の距離だ。
馬車は馬車屋に依頼し、御者付きの馬車を頼んだ。
費用は割高だが、御者をしないで運んでくれる上、馬車の維持費も必要ないのでたまに使う程度なら馬車屋に依頼する方がお得だろう。
目的地のギルバード領は山と森林が多い。
ギルバード伯爵領の主な産業は農業と鉱山業、その主要産業の一つで今回は問題が発生した為、ギルバード伯爵も慌てていると聞いている。
オスマンの話によれば俺達に会った後、速やかに問題解決の為に鉱山のある街に出発すると聞いていた。
「伯爵だってよ。貴族様に会った事ないし、どうしたらいいんだよ? 礼儀作法とか分かんねーよ」
「私もダンと同じで少し不安」
地位のある人と今まで会った事が無いダンとリオンは不安を吐露していた。
「確かに若い二人に礼儀作法は厳しいかもしれませんね。ですので伯爵様への挨拶は、代表者のマスターと場慣れしているアリスさんに任せるのがいいでしょう。私達はマスターの後ろで黙っていれば終わりますよ」
「ふぅ~ 黙ってるだけでいいんなら、楽でいいや」
「うん。それなら私も緊張しなくていいかも」
二人は安堵した様子を見せた後、ハイテンションへと変わる。
「今回はそれでも良いけど、この先お前達も必ず貴族や地位のある人達と話す時があるんだから、しっかりと覚えておいてくれよ」
「へーい」
「うん」
二人は息の合ったタイミングで返事を返していた。
こんな時でも二人の連携はピッタリだ。
「アリス、ギルドに加入した早々だと言うのに、なんか悪いな…… 本当ならダンジョンに潜りたかっただろ?」
「ううん全然大丈夫。リンドバーグさんが言う通り、私は貴族とか結構会っているから実際に慣れてるから任せてよ」
「そう言ってくれると俺も安心だ。実は俺も堅苦しい場は余り得意じゃなくてな。こういう所に呼ばれるのはいつも冒険者達だけで、ポーターの俺にはお呼びが掛からない事が多かったんだ。だから迷惑を掛けるかもしれない」
「任せて、その時は上手くフォローするから」
「頼りにしている」
「えへへへ」
アリスは満足げな表情を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
時間を持て余すと予想していた片道三日の馬車の旅は意外に話題が尽きる事もなく、終始楽しく過ごす事ができた。
ダンジョンでの陣形や連携の話。アイテムの活用方法や小ネタなど、経験の多い俺やリンドバーグそしてアリスが互いの持っている情報を出し合うだけで盛り上がった。
そんなリラックスした時間を過ごしていると、あっという間に目的地のギルバード領にたどり着く。
ギルバード伯爵の屋敷は一番大きな街の最北にあるらしいので早速向かう事にした。
伯爵がいる街はギルバード伯爵領で最も大きいという事だけあり、確かに人通りも多く活気があった。
「意外と大きい街だな。実はこの街に来るのは初めてなんだ」
「そうなんだ。私は仕事で何回か来た事あるよ。でもその時は忙しくて、仕事が終わったら街の見物もしないで帰ったんだけどね」
「じゃあ依頼が終わった後でいいなら、全員で観光でもするか?」
俺の何気ない提案を聞いた全員が意外な事に乗り気を見せた。
「やったぜ。あいつ等にお土産一杯買って帰ってやろう」
「私もお母さんや弟達に何か買って帰ってあげたいな」
「私はこの地域の名物料理などを食べてみたいですね」
若手二人が喜んだ後、普段は無口なリンドバーグも料理が食べてみたいとアピールを始める。
全員が乗り気なら打ち上げを兼ねた食事会も開くとしよう。
そんな話をしながら、しばらく進んでいると高い塀に周囲を囲まれた大きな屋敷の前にたどり着いた。
門兵が居たので声を掛けてみると、この屋敷はギルバード伯爵の屋敷で間違いないとの事だ。
俺が要件を伝えると、門兵の一人が確認の為に屋敷の中へと入って行く。
残り一人の門兵は閉ざされた大きな門の前で俺達が変な動きをしない様にジッと監視していた。
「どうやら、こちらの冒険者達はギルバード伯爵様が手配した者達で間違いない。すぐに通してやってくれ」
ギルバード伯爵の確認も取れたので、俺達は大きく開かれた正門から堂々と敷地内に入って行く。
敷地に入ってすぐの場所に一人の初老の男性が姿勢よくたっていた。
「私は執事長をしているマルセルと申します。屋敷までは私がご案内します。ついて来てください」
そう言うとマルセルは馬に跨り、馬車を先導する形でゆっくりな速度で移動をはじめた。
敷地の中心には白い大きな建物がたっており、建物の周囲は綺麗に手入れされている花が咲き乱れていた。
「アリスさん、綺麗だよね」
「うん。私もこんなきれいな花畑を見るのは初めてかも」
女性陣が互いに花畑の感想を語り合っていた。
俺も花畑に視線を向けていると、花畑の中心付近で一人の少女が座っている事に気付く。
肩まで伸ばしたブロンドの髪が爽やかな風に揺られなびいている。
少女の表情は儚げに見えた。
しかし今はギルバード伯爵に挨拶をする事が最優先事項なので、俺は屋敷の方へと意識を戻した。
その時、建物の中から複数の視線を感じる。
どうやら俺達は監視されているみたいで、その事は俺以外のメンバーも気づいていた。
屋敷の前に到着すると、マルセルが扉に近づいただけで屋敷の扉が自動で開く。
開いた先には十名近いメイドがずらりと並んでいた。
そのメイド達がお辞儀をする中を俺達は進む。
幾つかの部屋を抜け、案内されたのは豪華な客間の前だった。
扉をノックすると「入ってくれ」という声が聴こえてくる。
そのままドアを開くと質素ながらも品がある客間の室内で、一人の中年男性が俺達を見つめながら立っていた。
その服装や立ち振る舞いから彼がギルバード伯爵で間違いないと俺は確信した。
俺達はマルセルに進められるまま備え付けのソファーに案内される。
次に俺達に向かい合う様にギルバード伯爵が座った。
「よく来てくれた」
それがギルバード伯爵の第一声だった。
ギルバード伯爵はブロンドの髪を後頭部で一つにまとめた精悍な顔つきの男性で、俺より少し年上位に見える。
初見の感想を言えば、真っ直ぐで嘘を付かない人物の様に見える。
今の所、ギルバード伯爵と言う人物がどういう人なのか掴めていないが、俺の第一印象は悪くはない。
「ギルバード伯爵様、お初にお目にかかります。私達は【オラトリオ】と言います。私はギルドマスターのラベルと申します。今回はオスマン本部長からの依頼で警護をする為にお伺いしました」
「うん。君たちが来るのを心待ちにしていたよ。あのオスマンが派遣してくれた冒険者達なんだ。信頼しているよ。聞いているとは思うが、私には余り時間がないんだ。早速、警護の話に移ってもいいかい?」
「もちろんです。精一杯務めさせて頂きます」
「それじゃ私が説明するより、いつも警護任務を任せている者から説明させようと思う。その方が手っ取り早いからね。ザクス入って来てくれ」
「ギルバード様、失礼します」
俺達が入って来た扉とは違う扉が開き、一人の冒険者が頭を下げながら入って来た。
その冒険者に全員が視線をむける。
スキンヘッドの頭に戦士の装備と鍛え上げられた肉体が特徴的だ。
「ザクス、紹介するよ【スレッド】の冒険者組合から派遣された【オラトリオ】の人達だ。今回は屋敷の警護を彼達に任せるつもりだ。君から警護の方法や注意点などを説明してやってくれ」
「わかりました。ですが本当に大丈夫なんでしょうか?」
ザクスはワザとらしく困った表情を浮かべながら、ギルバード伯爵に声をかけた。
「彼等に何か問題でもあるのか?」
「いえ、問題と言いますが、先ほど屋敷に入る前から様子を見ていたのですが、ギルバード様と話をしていたこの男はポーターが背負うリュックを装備しておりましたので、冒険者でもないポーターに依頼の説明をして理解できるのかどうかと思いまして……」
俺を見下しながらザクスはそう言ってのけた。
ダンやリオンが少し反応したが、すぐにそれは消え去っていた。
いつもなら咄嗟に文句が飛び出していた所だ。
二人も少しづつ大人になってくれている様で俺は嬉しかった。
「私は大丈夫だと思うがね。だってあの【スレッド】の冒険者組合で本部長を任されている、オスマンが推薦してくれた冒険者達だよ。僕と彼とは深い付き合いだと自負しているんだ。彼が実力のない冒険者を寄越す筈がないだろう」
「ギルバード様がそこ迄おっしゃるのなら」
ザクスは渋々と言った感じで俺の方を見直してきた。
「確かに俺はポーターの格好をしているが、安心してくれ、これでもB級の冒険者だ」
そう言いながら、俺はB級冒険者のカードを提示して見せる。
「俺達は全員がB級冒険者以上で、その内の一人は更に高いランクを持っている。それでも信用できないか?」
ギルドの情報の全てを懇切丁寧に教える必要はない。
俺は自分のカードだけを提示して後、そう言い切ってみせた。
「チッ、分かったよ。だがなB級ごときで偉そうにするなよ。俺はA級なんだからよ!」
そう言いながら今度はザクスの方が自分の冒険者カードを見せつけてきた。
確かにザクスのカードはA級冒険者のカードだった。
しかしザクスに対する俺の印象はよいものではなく、それは俺以外のメンバー全員も同じだと感じた。
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