第92話 ダンと伯爵令嬢 その1

 オラトリオのメンバー達はそれぞれが別行動に移り、割り振られた仕事を始めた。

 一人取り残されたダンも護衛の任務を開始する為にミシェル令嬢の部屋へと向かう。

 事前にラベルから聞かされていた情報によれば、ミシェルの年齢はダンより一つ年下の十三歳、頭も良く礼儀正しい令嬢との事だ。

 しかしダンはギルバード伯爵がミシェルを紹介した時、お辞儀をするミシェルを見て、何とも言えない違和感を感じ取っていた。

 その違和感を裏付ける証拠でもないのだが、ギルバード伯爵の見送りの時に手に入った新しい情報によれば、ミシェルは伯爵の前だと猫を被っているとの事だ。

 ラベルからは気を付ける様に注意を受けていた。


 自分が感じた違和感とラベルからの話を聞いて、ダンは自分の直感が当たっている事を確信していた。

 

「歳も余り変わらないし、まぁ何とかなるだろ」


 しかしダンは気楽にそう考えていた。


 その理由としてダンは今も孤児院で多くの兄弟達と一緒に生活をしており、年齢の近い子供と接する事に慣れているからだ。


 ダンは金に対する執着が殆ど無く、ダンジョンアタックで稼いだ金の大半を自分を育ててくれた孤児院に渡している。

 そのお金でいつもお腹を空かせていた兄弟達が毎日腹いっぱいご飯を食べれる様になり、ただそれが嬉しかった。

 毎日子供たちと暮らしているからこそ、嘘をついている時の視線や仕草などでなんとなくわかる様になっていた。

 もちろん単なる直感なので、絶対に合っている訳では無いのだが、相手が何か取り繕っている時に醸し出す独特な雰囲気くらいは感じ取れる自信はある。

 

 もしラベルと出会っていなかったら、きっとロクな人生では無かったと思う。

 ダンは自分を拾い上げてくれたラベルに恩を返す為、今回の護衛も精一杯頑張るつもりだ。



 ◇   ◇   ◇



 部屋に到着し、ドアをノックすると「どうぞ」と言う声が聴こえてきた。


「失礼します」


 ダンは自分が出来る範囲の拙い敬語を使いながら部屋へと入った。


 部屋の中ではミシェルが優雅に紅茶を飲んでいる。

 その隣には一人のメイドが控える様に立っていた。

 ミシェルとメイドは入って来たダンに視線を向けた。


「ミシェル様の護衛をする事になったダンです」


「貴方が私の護衛なのですね。よろしくお願いします」


 ミシェルはそれだけ言うとまたお茶を飲み始めた。


 ダンはそのまま護衛が出来るギリギリの距離を空けたまま、邪魔にならない様に壁際に立っている事にした。

 この距離なら窓から侵入者が入ってきても走って駆けつける事も出来るし、間に合わない場合は直接ナイフを投げる事も出来る。


 しばらく立っていると、お茶を飲み終えたミシェル令嬢が笑みを浮かべながら声を掛けてきた。


「ダン、申し訳ないんだけど、そこの台の上に置いてある花瓶をこのテーブルの上に運んでくれない?」


 ミシェルが笑顔を浮かべながら指を差した先には綺麗な絵が描かれた花瓶があった。


「わかりました。あの花瓶を運べばいいんですね」


 言われるまま、ダンが花瓶に近づいて手を掛けようとした時、ダンの手が止まる。


「ミシェル様」


「何?」


「この割れてる花瓶をどうやって持っていけばいいんだ?」


「なっ何を言っているのよ。花瓶が割れてるですって!? つまらない嘘は言わないで」


「だってほらここにヒビが入っていますよ。このヒビの入り方絶対に割れてるって!!」


「何を言ってんのよ。ふざけないでよ、運びたくないならもういいわ」


 ダンは花瓶には一切手を触れてはいない。

 ミシェル令嬢は納得できないといった感じの顔を浮かべている。

 

 それから数時間の間に、ミシェル令嬢は何度かあれを取れやこれを運べなどとダンに指示を出すのだが、そのどれもが何かしらの細工がされており、ダンはその全てを軽々と見抜いていた。


 なぜダンが細工に気付けたかと言えば、孤児院の子ども達にいたずらで似たような事を仕掛けられているからだった。

 孤児院の子供たちより多少手は込んでいるが、落ち着いてみればすぐにわかる程度だ。


「なぁ、さっきから何がしたいんだ?」


「何なのよ貴方!! なんで全部わかるのよ」


「兄弟達がいたずらで同じ事をたまに仕掛けてくるからな。あっもしかして引っかかった方が良かったか?」


 ダンはハッとした顔でそう告げた。


「くぅぅぅ~ 何よ私の事を馬鹿にして!! 普通なら最初の花瓶で引っかかって、花瓶を割ってしまいました。すみませんでしたって平謝りする所なのよ。それで私は黙っててあげるから、私の言う事を聞きなさいって言う所までが一連の流れなの!! なのに貴方のせいで全部台無しじゃない」


 ミシェル令嬢はその場で地団駄を踏んで悔しがっている。


「お嬢様、全部バラしてどうするんですか…… 全く、これじゃもう完全に私達の負けじゃないですか」


 メイドの女性は片手で顔を隠したままもう駄目だと天を見上げた。

 

「なんだ? もしかして俺を騙すつもりでやっていたのか? それならもっと上手くやらないと駄目だぞ」


 そう言ってダンはケタケタと笑い出した。


「もぅぅぅ。もう絶対に許さないんだから。次こそはギャフンって言わせてやるんだから。行くわよ、メアリー!」


「あっお嬢様、待ってください」


 部屋から飛び出すミシェル令嬢を追いかけてメイドの女性が後を追う。


「おいっ! 何処行くんだよ」


 護衛の任務が在る為、ダンも二人を追いかける事となった。


「今から街で買い物をするから、メアリーは馬車の手配をして!」


「かしこまりました」


「買い物に出るって急に言われてもなぁ、仲間に連絡だけしとかないと」


「ふんっ、連絡したいならすればいいけど、もしも戻って来るのが遅かったら放って行くからね」


「わかったって! すぐに戻って来るから待っていてくれよ」


 ダンはそう言い切ると全力で屋敷の中を走り出した。

 仲間を見つけて街に出る事を伝えて、玄関前まで戻る。

 簡単な事だ。

 ラベルとアリスは屋敷の周囲を調査すると聞いていた。

 そしてリンドバーグとリオンは屋敷の中を案内して貰っている。


「ラベルさんは外回りだから居ないけど、リンドバーグさんなら見つかる筈だ」


 ただ闇雲に走り回るだけでいいなら頭を使う必要もない。

 適当に屋敷の中を走っていると、ダンの予想通りすぐにリンドバーグとリオンに出会う。


「居た、居た! 早く見つかってよかった!!」


「そんなに慌ててどうしたの? ミシェル様の護衛は?」


 リオンが不安そうに声を掛けてくる。


「そうなんだけど、ミシェル様が今から街に買い物に出るって言っているんだ。俺もそれについて行くから屋敷の外に出るって言っておこうと思って」


「了解しました。マスターには私から話しておきます」


「リンドバーグさん、ありがとう。それじゃ俺は戻るから、遅くなったら置いて行くって言われているんだよ」


 ダンはそう言うと、そのまま玄関の方へと戻って行った。


「ダン君も成長していますね。連絡や報告の大切さがわかって来たようです」


「うん。出会った頃のダンなら、絶対に何も言わずについて行くだけだった筈よ」

 

 連絡の大切さはダンジョンアタック中でも徹底的に教え込まれている。

 ダンの成長に喜びを感じながら二人は目を合わせ笑みを浮かべた。


 ダンはミシェル令嬢とメイドのメアリーが乗った馬車に飛び乗り、屋敷の外へと出発していった。

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