第87話 魔力溜まりと新しい契約

 手に入れた三つ目の魔法石を俺はシャルマンへと手渡した。


「魔法石が一日で三つ…… 馬鹿な!? そんな事は絶対にありえん。これにはきっと何か理由がある筈じゃ」


「理由ですか?」


「儂が思うに貴様が言う違和感と魔法石が何か関係している可能性が高い。実際にこの場所で魔法石が短時間で複数出たんじゃ。それは間違ってはいない」


 信じられないといった表情で魔法石を見つめていたシャルマンがそう結論付ける。


「この空間の揺らめきと魔法石が? 一体どんな関係が……」


「その空間の揺らぎとは一体どういう感じなのか説明してくれんか?」


 相手はアリスの祖父であり、マリーさんの父親である。

 俺が信頼している二人の身内を相手に嘘を付く気持ちは微塵もなかった。


「わかりました。地面の隙間から温かい風の様な物がふわっと噴き出ている感じです。それによって空間が歪んで見えている感じでしょうか? 夏に見る蜃気楼が近いかもしれません」


 そう説明しながらその場所に指をさして見せた。


「地面の隙間から風…… それが空間を歪めている…… 蜃気楼」


 シャルマンはそう言うと俺が指さす方向を見つめた後、アリスの方に視線を向ける。

 アリスも視線の意図を悟り、首を左右に振って否定していた。


「ふむ…… 儂やアリスには見えない何かが、お前には見えているという訳か」


「おじい様、私の仲間にも人間の魔力残滓を読み取る力を持った冒険者がいたから、ラベルさんのそれも近い能力なのかな?」


 アリスの言っている冒険者は【オールグランド】のメンバーの一人だ。

 大手だけあって様々なスキルを持った者達は在籍している。


「魔力残滓を読み取る力か…… 魔力が見える感じなのだろうか?」


 その時俺はある事を思い出した。


「そう言えば…… 魔法石を体内に宿した魔物の周囲もこの揺らめきに近いものがあった気がします」


 俺はキラービーと戦った時の事を正直に伝える。


「お前が言う事が正しいと仮定するなら、お前が見えているその揺らめきに魔物が影響を受けていると考えて間違いない。そして影響を受けた魔物の身体から魔力量が高い魔法石が出たと言う事は……」


「俺が見えている揺らめき自体が魔力かそれに近い物って事ですか??」


「そうじゃ、もし間違っていたとしても大きくは外れていないだろう」


「それじゃ、ラベルさんも魔力が見れるって事?」


「いや俺はアリス達の魔力残滓なんて見えていないぞ。ただダンジョンの中でこの揺らめきが見えただけだ」


「お前が見えている揺らめきは自然の力で生み出された魔力だという可能性もある」


「自然の力で生み出された魔力ですか?」


「実は我々が魔法やスキルで使う魔力と魔法石に蓄積されている魔力は魔力の質が違うんじゃ」


「私もお母様からそんな話を聞いた事あるかも」


「マリーには儂が色々教えてやったからな。人間が体内で創り出す魔力はハッキリ言って弱い。魔法石に蓄積されている魔力の方が魔力の密度が高いんじゃ。魔石を体内に入れただけで人が死ぬのは、密度の高い魔力に身体が耐えきれないからなんじゃよ」


「その話は知っています。でもその魔力が見えるとしても俺には利用価値が分かりませんが」


「そうでもないぞ。今回の様に魔法石を有した魔物がいる場所がわかるとなると…… これは本当に凄い事じゃ」


 シャルマンは目をキラキラさせていた。

 職人のシャルマンにとって、最高の素材が手に入る能力は喉から手を出しても欲しいのだろう。


 そんな話をしていると、目の前の揺らめきが少しづつ消えて行く。


「揺らめきが消えました。もうこの場所には魔力は吹き出していません」


「なるほど。もしそれが本当なら、自然の魔力は常に同じ場所で沸き続けるのではなく、様々な場所でほんの少しの間だけ溢れ出ているのかもしれんな。その溢れ出た魔力の影響を受けた少ない数の魔物が魔法石を有している。そういう訳じゃ」


「なるほど、一応筋は通っていますね」


「なんにせよ。今日は豊作じゃった。ラベルと言ったな。お主の力はこれから少しづつ調べてみるのが良いじゃろう。儂にとっては朗報じゃ。これからは魔法石の採取に苦労する事が無くなる訳だからな」


「今回は協力しましたが、流石にずっとって訳には行きませんよ。俺のギルドは攻略組なんですから、ダンジョンにも潜らないといけませんし」


「何もタダっていう訳ではない。代わりと言ってはなんじゃが、お前のギルドの為に儂自ら魔法具を作ってやろう」


「えっ!?」


「但し、儂は二、三カ月に一度、今日の様に魔法石を集める為にダンジョンに潜っている。それにお前達も同行する事が条件じゃ。それなら悪くない取引じゃろう」


「本当ですか!? それなら確かに……」


 世界でも名高い職人であるシャルマンが作る最高級の魔法具が手に入る。

 シャルマンの言う通り悪い話ではない。


「わかりました。その条件をのみましょう」


「よし、契約成立じゃ。今回は初回のサービスとして、アリスとお前に今日手に入れた魔法石で魔法具を作ってやろう。魔法具の性能や効果は素材となる魔法石によって変わるから仕上がるまで分からんからな」


「そうだったんですね」


「どんな性能になるかは作ってみないと分からないが、ベースとなる装飾品の種類なら選べるぞ。ネックレスでもブレスレットでも指輪でもなんでもいい。何か要望はあるか?」


「俺は結構動き回るので、邪魔にならない部位が良いかもしれません」


「それなら指輪か腕輪かネックレス辺りはどうだ?」


 その時アリスが突然話に割って入って来た。


「えっ!? 指輪? 私、指輪が良い。おじい様も指輪を作るの得意でしょ?」


「儂は何でも構わないが…… それじゃ指輪にするか? お前もそれでいいか?」


「それでいいです。作って貰えるだけでも十分ですから」


「おじい様、指輪のデザインは同じにする予定なの?」


「当然じゃ。一つずつ変える方が面倒じゃわい」


 アリスはしたり顔で何やら頬を赤らめた後、俺達から距離をとり背を向け何やら身悶えていた。


「えぇぇー、嘘でしょ!? まさかこんな所でペアリングが手に入るなんて…… どうしよう嬉しすぎるんだけど……」


「おいアリス、お前何をやっているんだ?」


 俺は急におかしな行動を取り始めたアリスに突っ込みを入れていた。


「儂にも分からんが、放っておいてやってくれ。時間も結構経ったしそろそろ戻るとするか…… ラベルよ、今後もし魔力溜まりをダンジョン内で見つけ、そこで魔法石が手に入ったらいつでも工房に持ってくるがいい」


「わかりました。これからお世話になります」


 そうして俺達はダンジョンを後にし、地上へと戻って来た。


 そのまま工房に戻ると俺とアリスは帰り支度を始める。


 シャルマンは一度自室に戻った後、ダンジョンで入手した魔法石から魔法具を作る為に自分専用の部屋へと入って行く。


「少しの間待っておれ、それ程時間は掛からぬ」


 一時間後、シャルマンは二つの指輪と一枚の手紙を持って戻って来た。


「アリスよ、この手紙をマリーに渡してくれ」


「うん、わかった。この手紙をお母様に渡せばいいのね。おじい様、素敵な指輪もありがとう」


「気にするな。素材はお前達が集めた物だからな。材料費は殆ど掛かっておらん。可愛い孫の為じゃ、この程度の魔法具で良いならいつでも作ってやる」


 二人は別れを惜しみつつ話をしていたが、突然シャルマンが俺の方へと視線を向ける。


「ラベル、お主なら大丈夫じゃろう。アリスの事は任せたぞ。この娘を守ってやってくれ」


「大丈夫ですよ。シャルマンさんが考えている以上にアリスは優秀ですから、俺の方が助けられる事はあるにしても、俺が彼女を助ける状況なんてずっと無いかもしれません」


「それならいいが、アリスはまだ若いから判断を間違える事もあるじゃろう。その時はラベル、お前が正してやってくれ」


 シャルマンはそう言いながら俺に対して頭を下げていた。


「シャルマンさん、頭を上げて下さい。わかりましたから、アリスの事は俺に任せて下さい」

 

 俺はシャルマンの傍に駆け寄り、下げた頭を力づくで元に戻す。

 俺がホッと胸を撫でおろしている内にシャルマンは元に戻っていた。


「ラベルよ。今回手に入れた魔法石から作った指輪の効果はまだ試しておらん。普通は効果を検証して商店に卸すんじゃが、今回は時間もないからな、自分達で効果や性能を確認するがいい」


「わかりました。ありがとうございます」


「魔法具の使い方は知っておるな?」


「はい。大丈夫です」


 俺とアリスは一つずつ指輪を受け取った。

 その後、別れの言葉を交わして馬に飛び乗ると首都【ストレッド】に向けて移動を始める。

 

 帰り道、アリスはずっと上機嫌で指にはめた指輪を何度も見つめていた。

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