第86話 揺らめきと魔法石
俺が気付いた違和感、それはダンジョン内の何も無い場所に発生していた空間の歪みだった。
前の二人は気付かず俺にだけ見えるその空間が気になり始める。
「二人共進むのを待ってくれないか?」
「ラベルさん、どうしたの?」
「いや…… ちょっと気になる場所を見つけて…… 悪いが向こうに進んでみないか?」
俺はそう言いながらある方向に指をさした。
その方向は前に進むのでは無く、真横に迂回する感じだ。
「なんじゃ、どうした? そっちに何かあるのか?」
「何が在るかはわかりませんが、何かありそうな気がするんです」
「そうか、儂は攻略したい訳でもないから別に構わないぞ 」
「すみません。我儘を言ってしまって」
意見がまとまった所で俺が先導しながら空間が揺らめいている場所を目指して移動を再開させた。
暫く歩くと、俺が見つけた空間が歪んでいる場所にたどり着く。
目の前ではユラユラと空間が揺らめいている。
何が起こるか分からないので一度手前で立ち止まると、俺は注意深くその揺らめきの観察を始めた。
その場所は確かに空間は歪んでいるが、特に何か害があるようには感じない。
それどころか、揺らめき自体から暖かさを感じる。
俺は二人にもう一度問いかけてみる。
「二人は何も感じないのか? 目の前の空間がおかしいだろ?」
「何がおかしいんじゃ? 別に何も無いじゃないか?」
「私も何も思わないけど、ラベルさんには何が見えるの?」
「言葉で上手く説明は出来ないが、何か空間が歪んでいる感じだな」
「空間が歪んでいるじゃと…… 儂にはわからんな」
「ラベルさん、ごめんなさい。やっぱり私もおじい様と一緒で何も感じない」
「それじゃ俺の目が変になっているだけなのか?」
「その歪んでいる場所は目の前なんじゃろ? もう少し調べてみるといい」
「シャルマンさん、良いんですか?」
「儂らはダンジョンを攻略しに来ている訳じゃないから、時間はたっぷりある気にせんでいい」
「ありがとうございます」
俺は二人の前に立ち歪みの側まで移動する。
歪んでいる場所の地面には亀裂が入っており、その亀裂から何かが噴出しているみたいだった。
「足元の亀裂から風の様なものが噴き出ています。その物体が空間を歪ませていた根源みたいです」
「亀裂から風? 全然感じないが」
「それじゃ、この感覚は俺だけって…… 本当にどうなってしまったんだ?」
俺が困惑していると、ダンジョンの奥から新しい魔物の群れが現れた。
その魔物の数は全部で九匹。
「魔物です。警戒態勢を!! 前方にキラービーが九匹」
「ラベルさん、援護をお願いします」
「アリス、後ろに逃がすなよ。全方位から攻撃されるとちっとばかし厄介じゃからな」
「おじい様こそ、次は負けないんだからね」
二人は構えを取り同時に襲ってくるキラービーに対して同時に剣を振るう。
しかし流石の二人でも一度に九匹の魔物は多すぎる様で、三匹だけ倒し損ねていた。
その三匹は二人の脇をすり抜け標的を俺に変えた。
俺はブラックドックの魔石を飲み込むとギリギリまでキラービーを引き付け、バックステップで後方に下がる。
俺の動きとキラービーの動く速さが全く一緒で、キラービーが停止しているのと同じ状況に思える。
「この状態なら余裕だな」
俺は手に持っていたナイフをキラービーの腹部の一番皮膚の薄い場所に突き刺して魔石を取り出す要領で皮膚の薄い部分に沿って引き裂いた。
殆ど力を入れていないのにも関わらず、キラービーは簡単に引き裂かれて魔石を体外に放出させた。
そのまま瞬きする間も置かずに俺は残りの二匹と相対する。
その二体から奇妙な雰囲気を感じたが、今は戦闘中なので一つの油断が命取りとなる。
俺はすぐに雑念を捨て去り、目の前の二匹を倒すべく動き始めた。
キラービーは俺に対して鋭く大きな顎をカチカチと鳴らして威嚇をはじめる。
俺がキラービーの動きに合わせて一定の距離を保っていると、キラービーの速度が上がり攻撃が開始された。
キラービーは直進的な動きはしない、必ず弧を描く軌道から攻撃してくるという特性がある。
その事さえちゃんと理解できて入れば、それ程苦労する相手ではなかった。
俺は距離を詰めてくるキラービーの動きを予測し、タイミングを合わせてナイフを投げつけ軽々と一匹を仕留めて見せた。
残りの一匹は毒針から毒液を吐きだそうと針を俺に向けているが、俺はすぐにスパイダーの魔石に切り替え、羽に糸を絡めてその場に落として見せた。
糸は極細に調整しているから、シャルマンさんには見えない筈だ。
その後、地面で這いつくばるキラービーから魔石を抜き出して俺の戦闘は終了する。
「予想以上にやるな。動きに無駄が全く無い」
「キラービーとは何度も出会っていますからね。動き方はある程度読めるから今回は上手くハマっただけです」
「アリスよ。儂が思うにS級冒険者のお前が一番不甲斐ないんじゃないのか?」
ジト目で見つめるシャルマンの視線を受けて、アリスは唇をたてて拗ねていた。
「そんな事は私だってわかってるわよ。だけど二人共自分達が階級詐欺しているってわかっているの? 私が弱いんじゃなくて、二人の実力の方がおかしすぎるんだから」
「儂の事は置いておくとして、ラベルと言ったな。貴様はアリスが言う様にどれ程の力を隠しておるんじゃ? S級だと言っても誰も疑わない実力が既にある」
腕を組んだままシャルマンは俺を見据えてそう言った。
「そこまで言って貰って恐縮ですが、俺は本当にB級冒険者なんです。もちろん今の階級で満足する気はありませんが。俺は俺の仲間達ともっと上の階級を目指していくつもりです。それにはアリスお前も含まれているんだからな」
俺がアリスを見据えてそう言うと、アリスも嬉しそうに頷いていた。
「あぁそうだ。シャルマンさん。これをどうぞ」
俺はそう言うとシャルマンに手を差し出す。
その手の平の上には魔法石が二つ乗っていた。
「なんと、さっき倒したキラービーから出たのか? それに二つも!?」
「そうです。俺が倒したキラービーの二体が魔法石持ちでした」
「長い間、儂も魔物を狩り続けてきたが、連続で魔法石が出るなんて今まで一度も無かったぞ」
「俺も驚いています。それと少し気になる事があるのでもう少しここにいてもいいですか?」
「儂は別にかまわんぞ。目的の魔法石も手に入ったんじゃ、好きにせい」
「私も全然大丈夫」
俺は空間の歪みの謎をまだ突き止めていない。
もう少し調べてみたいと考えていた。
空間の歪みは目を凝らさなければ気付かない程度で、普通に移動しているだけなら見逃していたかも知れない。
今回は攻略メインではなく、魔物を探して周囲に注意を向けていたので偶然にも気付いただけだ。
俺が空間の歪みに手をかざしてみると、温かい感じがした。
地面からゆっくりと吹き出す風は温かく気持ちが良かった。
「温かいな」
「ラベルさん、さっきから何をやっているの?」
何もない空間で俺が手を振っている様子が気になったようで、アリスが話しかけてきた。
「お前もこの場所に手を差し伸べてみてくれ」
「えっ!? 私も? 別にいいけど……」
アリスは俺の真似をして同じ場所に手を伸ばす。
「どうだ? 何か感じないか?」
「うーん? 特に何も? ラベルさんは何か感じているの?」
どうやらアリスは何も感じていない。
シャルマンさんにも同じ事して貰ったが、シャルマンさんもアリスと同じで何も感じなかった。
(俺だけなのか?)
その時、新しいキラービーが一匹だけ現れた。
今回はアリスが汚名返上といった感じで真っ先に動き出すと、鋭い突きをキラービーに叩き込んだ。
しかしアリスの一撃を弧を描いて避けたキラービーはそのまま反撃に移る。
アリスの方も予想していた様で、キラービーの攻撃を避けると横っ腹にレイピアを突き立てた。
身体を貫通されたキラービーは地面に墜落し、そのまま動かなくなる。
俺は条件反射の様に倒れたキラービーの元に駆け寄るとナイフを使って魔石を取り出す。
「マジか…… また出たぞ」
「うそ……」
俺が取り出したのは魔石では無くまたしても魔法石だった。
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