第85話 魔法石を求めて!

 ガリレオ・シャルマンは長身でバランスの取れた体つきをしていた。

 高齢なのに背筋も真っ直ぐに伸びており、体幹の良さが目を引く。


 腕や胸元を見てみると、余分なぜい肉が全く無いのが分かった。

 ガリレオ・シャルマンはそのまま工房の方へ移動すると弟子達に声を掛ける。


「今からダンジョンに魔法石を取りに行くから店の事は任せたぞ」


「はい。お気を付けて!」


 どうやら普段からダンジョンに潜っているみたいで、誰一人として彼を止める者はいなかった。

 シャルマンさんはそのまま壁に掛けていた装備を手に取ると慣れた感じで装着していく。

 装備を身に着け、肩の高さで揃えられている白髪を後頭部で一つにまとめると、精悍な顔つきがより一層引き締まって見える。

 シャルマンさんの武器は二本の双剣で、両側の腰に吊るす。


「外に馬小屋があるからA級ダンジョンには馬で向かうぞ」


「ラベルさん、私達も行こう」


「そうだな。上層だけなら今持ってきているアイテムで十分だろう」


 俺達はシャルマンさんの後を追って馬小屋へと向かう。

 

 馬小屋で馬を手に入れた俺達はそのままA級ダンジョンに向けて出発した。

 A級ダンジョンは馬で一時間位の場所に在るとの事だ。


 A級ダンジョンは管理ダンジョンと呼ばれており、ダンジョンの入口は石を積み上げ石灰で固めた分厚い壁で閉じられていた。


 しかし壁には一つの鋼鉄製の扉が設置されており、冒険者達はこの扉から出入りが出来る。

 A級ダンジョンに入るにはB級冒険者以上か彼等に付き従うポーターしか入る事が出来ない。

 

 俺は【魔石喰らいマテリアルイーター】のスキルを手に入れた後に冒険者登録を済ませており、B級ダンジョンを攻略して手に入れたダンジョンコアを冒険者組合に提出しB級冒険者のプレートを手に入れていた。


 なので冒険者としてA級ダンジョンに入る事が出来る。

 今まではポーターとして入っていたので冒険者として管理ダンジョンに入れる事を素直に嬉しく思った。


 だが俺の姿は何処からどう見ても一般的なポーターだった。

 その理由は俺自身もまだ自分の戦闘スタイルを見つけられないでいたからだ。

 自分に合った装備や戦闘スタイルが確立するまでは、慣れ親しんだポーターの装備でダンジョンに潜り続けるだろう。

 

 扉を管理する門兵はポーターだと思っていた俺が、冒険者のプレートを提示した事に困惑気味な表情を浮かべていた。

 その様子をアリスは横から覗き込みクスクスを笑っている。

 

「さっきの門兵さん、驚いていたね」


「そりゃポーターが冒険者プレートを提示したら驚くだろ」


「おい、グダグダ喋っている暇はないぞ! 今日は魔法石が出るまで狩り続けるからな」


 魔法石とは魔物を倒して手に入る魔石の事なのだが、ごく一部に含有魔力量が多い魔石があった。

 その魔力含有量が高い魔石の事を魔法石と呼ぶ。


 魔法石を手に入れる方法はハッキリ言って運である。

 魔物をずっと倒していればいずれ手に入る。

 運が良い者なら数体倒しただけで手に入るし、運の悪い者なら一週間狩り続けても手に入れる事は出来ない。

 魔法石は同じ魔物から出る魔石よりも濃い色をしており、魔石の硬度も高い。

 当然売値も高く、アクセサリーや装備の装飾として加工されている。


「おじい様、魔法石が出るまで狩り続けるって…… 魔物を何匹倒しても出ない日だってあるんだよ」


「この地域に現れるダンジョンは他のダンジョンに比べて魔法石が出る可能性が高い。今日出る可能性だって十分にあるわ」


 そんなやり取りをしながら俺達はダンジョンへと入って行く。

 最初の階層は洞窟のステージで現れる魔物は昆虫の魔物だった。

 昆虫と言っても全長で一メートル位はあるので油断出来ない相手だ。

 

 洞窟の奥から高速で羽を動かす低い音が聞こえてくる。


「さっそく現れたみたいだ。アリスは前衛を頼めるか?」


「うん、任せて」


「シャルマンさん、前衛はアリスに任せます。中衛に俺が付くので俺の後ろにいてください」


「後ろに下がれだと? 儂を舐めるなよ小僧」


 シャルマンさんはそう吐き捨てるとアリスよりも前に移動し、滑らかな動きで双剣を抜き取った。


「おじい様、私がやるから下がっていて」


「お前まで儂を邪魔者扱いをするのか? まぁ見ておれ」


 そう言うと向かってくる蜂の魔物三匹に対して歩いて行く、蜂は攻撃態勢になり尻尾から生えた巨大な針をシャルマンさんに向けてきた。


 しかしシャルマンさんは魔物の動きを半身だけ動かして避けると、すり抜けざまに三匹の羽を瞬時に切り裂いていた。


 羽を切られ、地面に落ちた魔物は六本ある足を器用に使って再び襲い掛かる。

 しかし得意な空中戦を封じられた今の状態では本来の実力の半分も発揮できておらず、軽々と首を切られて死んでいく。


「アリス、お前の祖父って何者なんだ? A級冒険者って言っていたけど、あの動き…… S級の間違いじゃねーのか?」


「私に聞かれても解んないよ」


「どうじゃ? 儂も中々なものだろ? S級冒険者になる必要性を感じなかったから成らなかっただけじゃ。なんせA級冒険者になっておけばSS級ダンジョンにだって入る事が出来るからな。無理に冒険者の階級を上げるのは邪魔くさいだろ?」


「あの動きを見せられたら、今の言葉を信じない訳にはいかないな。アリス、お前はシャルマンさんの隣で共に戦ってくれ。支援と後方の魔物は俺が対処する」


「うん、わかった。それにしてもおじい様があんなに強いなんて……」


「あのマリーさんの父親なんだ。何があっても不思議ではないさ」


 俺はシャルマンさんが倒した魔物から魔石を取り出してみる。

 普通の魔石で外れだったようだ。


「見事な手際だ。元ポーターだと書いてあったが、嘘ではないみたいだな」


「あの手紙に俺の事まで書いてあったんですか? 元ポーターではないですよ、現役のポーター兼新人冒険者なだけです」


「これなら効率が良い。どんどん魔物を倒していくから魔石の方は任せたぞ」


「任せてください。どんな数でも対応しますよ」


 シャルマンさんは双剣を握り直すと、一人勝手にダンジョンの奥へと進んでいく。

 そのすぐ後ろをアリスが並走した。


「もぅおじい様、自分勝手に動き回らないでよ」


「何を言っているんじゃ。時間は有限、一匹でも多く倒さないと魔法石が出ないだろ? アリスも魔物を見つけたらすぐ倒せ」


 その後二人は魔物を見つける度に全て倒していく。

 二人にとってはA級ダンジョンとはいえ、一階層に現れる魔物はそれ程の強敵では無く、油断さえしなければ危険な状況にすらならない。


 俺は二人の戦い方を後方から眺めながらサポートに徹する。

 たまに後方から現れる魔物にはスキルの力を使って対応した。


「間違いないな。アリスよりもシャルマンさんの方が強い」


 二人が倒した魔物の数には差は無いのだが、二人には大きな差があった。

 

 シャルマンさんのスキルは不可視の風の刃を剣に載せて飛ばすスキルで、使い勝手が良く威力も高い。

 近接戦闘とスキルの遠距離攻撃を上手に混ぜ、余裕を持って魔物を倒し続けている。

 その身体の使い方には無駄が無く、最小の力で最大の成果をあげていた。


 一方アリスも無駄がない動きをしているのだが、少し力が入り過ぎており魔物に対してオーバーキル状態となっていた。

 今回の様な素材集めの探索なら全然問題はないが、戦いが長く続く場合はシャルマンさんとの差が大きく表れてくるだろう。


 戦っていた魔物を殲滅し、周囲に魔物が居ない事を確認した俺はアリス達に声をかける。


「アリス、今の内にポーションを飲んでおけ! シャルマンさんは双剣の片方をお借り出来ますか? 魔石の砥石で良ければ今の内に研いでおきますが?」


「おじい様にはポーションいらないの?」


「魔石で構わんぞ。片方づつ頼む」


 俺は双剣の片方を受け取ると素早く砥石を滑らせ、切れ味を回復させる。

 そして研ぎ終わった剣を渡すと残りの剣を受け取った。


「シャルマンさんはまだポーションは必要ないだろ。ポーションと言えども余り飲み過ぎると良くないからな」


「それって何? 私なんだか納得できないかも……」


 アリスは不満に感じたのか? 頬を膨らませて拗ねている。


「はっはっは、ラベルと言ったか? お前はよく見ているな。儂の目から見ても同じ意見じゃ。アリスは十分強いが少し力が入りすぎておる。抜ける所は力を抜け!」


「見てなさいよ。絶対におじい様より多く魔物を倒してやるんだから」


「祖父相手にライバル心燃やしてどうするんだよ?」


 憤慨するアリスに俺は小言を口にする。


 それからも俺達は狩りを続け、ダンジョンに潜って三時間は経過していた。

 既に五十匹を超える魔物を倒しているが、魔法石はまだ手に入っていない。

 自然と攻略も進み今は一階層の最奥までたどり着いていた。

 あと少しで二階層目に降りる階段が見つかるかもしれない。

 

 その時俺はダンジョンの一部に違和感を覚えた。

 俺は前を歩く二人に視線を向けてみたが、どうやら二人は気付いていない様だ。

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