第80話 百の魔法を操る狂戦士

 朽ち果てた正門の前には長い髪を逆立てた一人の女性が立っている。

 彼女の名前はマリー・ルノワール。

 カインの妻であり、アリスの母親だ。

 しかし彼女は【百の魔法を操る狂戦士ハンドレッド・バーサーカー】の異名を持つ元SS級冒険者でもあった。


 何年間もマリーさんとは会っていなかったが、不思議な事に彼女は全く歳をとっていない様に見える。

 アリスの姉だと紹介されたら、普通に信じてしまう程に若くて美しかった。

 

 しかし今は美しい人だと見惚れている時間など無い。

 その理由はマリーさんの周囲には魔力が吹き荒れ暴風が巻き起こり、地面の石が吸い上げられ空へと巻き上がっているからだ。

 マリーさんが本気でブチ切れ、燃費度外視の狂戦士へと変貌した証拠でもあった。

 滅多にキレる事が無い分、一度この状態になってしまったら魔力が無くなるまでは誰にも止められない。

 

 俺は巻き添えを喰らいたくないので、素早く退避を始める。

 途中、尻もちをついて動けないでいたアリスの手を引き、俺達はカインから大きく距離を取った。


「ねぇ、カイン…… これは一体どういう事なのかしら? 当然、説明して貰えるわよね?」


 手招きをしながらやさしくマリーさんはカインへと話しかけていた。

 ただ表情は笑っていない。


「いやぁ…… これは、ちょっとした……」


「ちょっと……?  この状況の何処がちょっとしたなの?」


 マリーさんの周囲で吹き荒れていた暴風が更に激しさをました。


「ひぃぃぃっ!」


 怯えたカインは反転すると走って逃げ始める。

 その姿はなんとも情けない。

 今日まであの馬鹿の我が儘に巻き込まれていた俺の心は歓喜に踊る。


 一方、カインは本気で逃亡を図っていたのだが、逃げる前方に数本の火炎柱が立ち上がった。

 カインが一瞬でも止まるのが遅ければ確実に火炎柱に巻き込まれていたタイミングだ。


 火炎柱は十メートル以上離れている俺の所まで熱気が伝わっていた。

 もしこの高熱の攻撃を食らえば相手が誰であろうとまる焼けである。


「カイン、話は終わっていないわよ? 一体何処に行こうというの?」


「マリーまてまて! とにかく先ずは落ち着いてくれ」


「はぁ? 何を待つって言うの? そんなに慌てなくても私は落ち着いているわよ。実は家を半壊させた犯人も分かっているのよ。 だって私の目の前で暴れ回っていたんだもの間違いないわ」


 マリーさんはカインに向けて片手を突き出した。

 その手から魔法が放たれるのは時間の問題だろう。


「待てぇぇぇ、まずは話を聞いてくれ。これには深い事情があってだな」


「ふーん。深い事情があった? 実の娘に対して楽しそうに本気で剣を振るうなんて異常よ。一体どういう事情なのかしら?」


「それは……」


 下手な返答では納得させられないと悟ったカインは、一瞬の隙をついて再び逃亡を試みた。

 最高ランクであるSS級冒険者が本気を出せば誰にも捕まえる事など出来ない。


 瞬きをする一瞬の時間でカインは十メートルは距離を稼いでいた。

 

「カイン、まさか私から逃げられると思っているの?」


 マリーさんは両手の手の平から再び炎の魔法を放出させると、自分自身を宙に浮かせ物凄い速度でカインを追いかけた。

 今回の炎は影響範囲は短いが排出量は格段に多く、炎の推進力で進むマリーさんは本気で逃げるカインよりも速い。

 マリーさんはカインを追い越した所で再び炎の魔法を放ち、強制的に進路を変更しカインの目の前に着地する。


 そのままマリーさんはカインの腹部にボディブローを叩き込むと、腕を腹にめり込ませたままカインの巨体を空中に持ち上げた。

 

「こぇぇぇ!! やっぱり怒ったマリーさんが一番怖いわ。それにしてもどんな事をしたらあの細身の体からあれ程の馬鹿力が出るんだよ?」


 俺と同じ様に怯えるカインを腹を抱えて笑っていたスクワードだったが、マリーさんを見つめたままで不思議そうに話しかけてきた。


「そうか、お前は違うパーティーだったから知らないのも無理はないか」


「ラベル、お前は良いよな。SS級パーティーに居たから、カイン達の戦いをそばで見続けてこれたんだからな。それがどれだけ貴重な事なのか。わかっているのか? お前は本当に羨ましい奴なんだぞ」


 少し拗ねた素振りでスクワードが文句を言っているが、SS級パーティーに居た時でもC級冒険者パーティーの時でも俺の気持ちはどれも変わらない。


(劣等感を抱きながらずっとダンジョンに潜り続けるのがどんなに辛いかお前には分からないだろうな)


 だけどそれを口にした所で何かが変わる訳でもなく、その事実をわかっていた俺は黙ってダンジョンに潜り続けた。

 いつか冒険者を名乗れるようにと…… 

 今はダンジョンで得た経験が役に立ってるので、ダンジョンに潜り続けた日々は無駄ではなかったと思っている。

 俺は昔の事を懐かしんでみながら、スクワードに質問の答えを返した。


「マリーさんは自分の身体に膨大な魔力を通す事で、身体能力を何倍にも強化する事ができるんだ。魔力が尽きる迄という限定での話だが、バーサーカー状態のマリーさんはあのバカよりも強いのは確かだ。但しこれはマリーさん特有の能力だから別の魔法使いにも同じ事が出来るとは思うなよ」


「ラベルは流石に物知りだな。マリーさんの今の状況が二つ名の由来って訳だったという事だな」


「あぁ、【百の魔法を操る狂戦士ハンドレッド・バーサーカー】…… これ程名は体を表す二つ名も無いと思うぜ」


 俺達の目の前には、連続で殴られ続けるカインの姿があった。

 防戦一方で反撃する処か、後方に下がる事すら出来ていない。


 それほどの連打を受け続け、カインは既にグロッキー状態だ。

 サンドバッグ状態はその後五分程度続いた。


「ふぅ~ 少しはスッキリしたわ。私の魔力も残り少しだから、もう一度だけ聞いてあげます。どうしてこんな状態になったの?」


 爽やかな汗を浮かべたマリーさんは笑顔をカインに向けてもう一度問いかけていた。


「アリスが情けない事を言ったから、根性鍛え直してやろうと思ったんだよ。ちょっとだけ打ち合うだけのつもりだったんだけど、アリスが強くてつい熱が入っちまった。今はもう反省している」


「そんな事だろうと思ったわ。貴方達二人が暴れるから、もう家がボロボロじゃない。これじゃ直すまでの間此処には住めないわね」


「えっ!? マリー…… 何を言っているんだ? 本邸は無傷だろ」


 カインはマリーが何を言っているのか分からない様子だ。

 ただ俺もカインと同じ意見で、カインの言う通り本邸は無事である。


「何言っているの? ちゃんと見てみなさい」


 そう言いながらマリーさんは片手を本邸の方へと向けると、そのまま何十発の魔法が連続で発射された。

 

「おまっ!?」


 その後、轟音と共に本邸はボロボロな状態へと化していた。

 その暴挙に驚き、誰も言葉を発する事が出来ない。


「カイン、これじゃ住めないわね」


「ソウデスネ???」


 カインは既に理解不能状態で、片言な言葉を呟くのが精一杯だった。

 もちろんそれは俺も同じである。


 次にマリーさんは振り返り、笑顔を浮かべながら俺達の方に歩いてきた。


「スクワード、ラベル君。家の者達が迷惑をかけてごめんなさいね。この人の我儘に付き合わされていつも大変でしょ?」


「いいいいいえっ!! 滅相もありません」


 話しかけられたスクワードは緊張からなのか? 恐怖なのかはわからないが、引きつった表情を浮かべていた。


「マリーさん、お久しぶりです。お元気そうで良かった」


 一方、俺は素直な気持ちを口にした。


「うふふふ。スクワードとはよく会うけど、ラベル君とは本当に久しぶりね。今日は会えて私も嬉しいわ」


 マリーさんと会うのは十年ぶり位だろうか?

 カインの馬鹿はどうでもいいが、実は俺もマリーさんには頭が上がらなかった。

 一緒にダンジョンに潜っていた時に大きな借りを作っていたのだ。


 この後、俺達はマリーさんの言葉に驚く事となる。

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