第79話 親子喧嘩

 アリスが【オラトリオ】のギルドホームに駆け込んでから二日目。

 俺は朝市で仕入れた新鮮な食料品を手に持ち、ギルドホームへと向かっていた。

 ギルドホームには備えとして食料品も備蓄しており、アリスには遠慮せずに食べるように伝えている。

 しかし備蓄品は長期保存がきく干し肉や乾燥食品などばかりで、味も淡白で栄養バランスを考えれば、果物なども在る方がいいと考えた。


「この位あれば、何とかなるだろう」


 要らぬお世話かも知れないが、どうせ食事を食べるなら美味しい方が良い。

 もしアリスが既に食事を済ませているようなら、昼食として食べればいいだけだ。

 しかし俺がギルドホームに着いた頃には、アリスの姿は何処にもなかった。

 

 俺は昨日の内に合鍵をわたしていた。

 その理由はアリスがもしホームから出る事があっても、ホームに鍵を掛けられる様にだった。

 なのでドアの鍵がちゃんと掛けられているという事は、自分の意思でギルドホームから出たのだろう。

 俺の予想通り、その後テーブルの上に置いてあったメモ書きを見つけた。


「やっぱり家に帰ったんだな。朝飯を食べてからでも良かっただろうに」


 メモ書きには昨日のお礼と一度家に帰ると事かれていた。

 少し寂しく感じたが、これで今回の喧嘩は丸く収まる筈だ。




 ★   ★   ★




 アリスが居なくなったので特に用事がある訳でも無いのだが、折角ホームに来たので俺はそのまま装備の手入れなどを始めた。

 作業に集中していると、いつの間にか昼を過ぎていた。

 

「そろそろ、小腹が空いてきたな。何か食べるか?」


 俺がそんな事を考えているとホームのドアが突然開かれる。

 

 デジャブを感じて、俺はドアへと視線を向けた。

 しかし現れたのは金髪の美少女ではなく、疲れ果てた顔をしたスクワードだった。


「ラベル、居てくれてよかったぁぁぁ。頼む助けてくれ!! もう無理だ。俺には手に負えない」


「スクワード!? 一体どうしたんだ?」


「カインとアリスだよ。あの二人の親子喧嘩に無理やり巻き込まれたんだよ。止めようとして俺も必死の思いで間に入ったんだけどよ。二人とも化け物過ぎて、何度か本気で死にかけた。だから頼む! お前が何とかしてくれ!!」


「あいつら、まだ仲直りしてなかったのかよ。それにしても死にかけたって…… あの二人は一体どんな喧嘩してるんだ?」


「最初は単なる口喧嘩だけだったんだ。だけど途中からヒートアップしだして、二人とも脳筋だからもう無茶苦茶で……」



「何て事態になっているんだ? おいスクワード、マリーさんはどうしている? あの人が居るならそんな事態になっていないだろ?」


「最悪な事にマリーさんは数日前から用事で出ているんだ。いつ帰って来るかなんて、俺にはわからない。だから喧嘩が暴走したんだよ。今は歯止めが効かなくなって、全く収まりが付かない状況だ」


「はぁ~ 仕方ない。俺に止められるかどうか分からないが、とにかく行くしかなさそうだな」


 俺はその場から立ち上がると適当にアイテムをリュックに詰め込み、スクワードと共にカインの自宅へと向う。


 カインの家は郊外にあり、貴族の屋敷と間違われる程の巨大な敷地を有していた。

 敷地の周りを白く高い外壁で囲われているので、外からは中の様子を知ることは出来ない。

 この国最大のギルドである【オールグランド】のギルドマスターの自宅に相応しい豪華で美しい屋敷だ。

 もちろん大きな建物の管理には多くの使用人が必要であり、彼等の住居、テラスや訓練場などといった施設も建てられている。

 使用人たちは素早く敷地外に逃げ出して全員無事だとスクワードが話してくれた。


 俺はスクワードの馬に相乗りしながら状況を整理していく、そして数十分後にはカインの屋敷の目の前まで近づいていた。

 後は敷地内に飛び込み、二人を見つけて喧嘩を止めるだけだ。

 しかしその瞬間、敷地内から空に浮かぶ雲を貫く光が俺達の前で放たれた。


「何だ今のは!? もしかしてスキルまで使って喧嘩しているのか? 本気の殺し合いをしているんじゃないだろうな?」


 次の瞬間、大きな轟音が鳴り響き、外壁に亀裂が入り倒れかけた。


「ずっとこんな調子なんだよ。あの二人、熱くなりすぎて周りが見えていないんだ。俺が死にかけたって意味が解っただろ?」


 スクワードは近づきたくなさそうな表情を露骨に浮かべている。

 それ程までにヤバい状況なんだろう。


「でもほっとく訳にもいかないだろ? 俺が突っ込むからお前は援護してくれ」


 ダンジョンアタックでもないのに、援護してくれって頼むのもおかしな話だが、目前にはA級ダンジョンをも超える戦場が待ち構えているのは間違いなかった。


 俺は【ブラックドック】の魔石を飲み込むと、ボロボロに崩れ去った正門から敷地内へと飛び込んだ。




★   ★   ★




 美しかった中庭は無数に地面が抉られており、見る影もない。

 テラスは既に跡形もなく崩れ去り、今は残骸と一部の基礎のみが残っているだけだった。


「俺は戦場にでも迷い込んだのかよ?」


 本気で見間違えてしまいそうになる。

 しかし目の前には激しく剣を振るい合う親子の姿があり、この場所がカインの自宅だと思い直した。


「SS級とS級の戦いなんて滅多に見れるもんじゃないが、ここは止めさせてもらうぞ」


【ブラックドック】の力を使用する事で、今の俺はあの二人と同等以上の速度で動く事ができる。 


 俺はタイミングを計り、間合いを取り直した二人の間に飛び込んだ。

 突如乱入した俺に気付いた二人はピタリと動きを止めた。


「ラベル!! なんでお前がここに?」


「ラベルさん!?」


「お前達、喧嘩はここまでだ。やり過ぎなんだよ。馬鹿な事はやめろ」


「ふんっ、お前には関係が無い事だ。家族の事情に口を出してくるな」


「お父様っ! お世話になっているラベルさんに対して、なんてひどい事をいうのよ? お父様がそんな人だとは思ってもみなかったわ」


 アリスが放つ冷徹な視線を受けて、カインも少したじろいでいた。


「ぐっ、俺とラベルは腐れ縁なんだよ。この位は挨拶みたいなもんだ」


「そんな事はどうでもいい。一回喧嘩を止めるんだ。周りを見てみろ、既に半壊しているんだぞ」


「ラベルは下がっていろ。俺は物わかりの悪い娘に教育をする必要があるんだからな」


 そう告げるカインの体からは白い煙が立ち上がり始めていた。

 俺の言葉はカインには届いていない。

 

「もう子供じゃないんだからね。お父様がそういうつもりなら、私だって本気でいくんだから」


 俺の背後にいたアリスの体からも煙が立ち始める。


「まさか、アリスもカインと同じ!?」


 アリスもカインと同様に熱くなり過ぎていた。

 次の瞬間、二人は呼吸を合わせながら動き始めると戦闘を再開した。

 

 速さはアリスが勝っている様に見えるが、パワーでは圧倒的にカインの方に分がある。

 フェイントを交え手数に物を言わせてながら攻めるアリスの攻撃をカインは丁寧に防いでいた。

 あの筋肉ゴリラは馬鹿の癖に戦闘センスは飛びぬけており、この国で最強の男はやはりこの男だろうと俺は思っている。


 ほんの少しの隙をついて、反撃に転じたカインの攻撃をアリスは真正面からは受け止めず、剣を斜めにする事で力を上手くそらしていた。


 アリスも親の才能を受け継いでいるようで、同年代でアリスと渡り合える冒険者はいないだろう。

 しかしながら現在の実力はカインの方が一枚も二枚も上手であり、俺の予想ではアリスが勝てる可能性は殆どない。 


「もぅ、どうして当らないのよ。こっちは全力だっていうのに」


(本当に攻撃が当ったら不味いだろ)


「ふははは、俺にはまだ届かないぞ。そろそろ覚悟はいいか?」


(なんだよ、その悪党染みたセリフは? 実の娘を殺すつもりなのか?)


 攻撃がカインに届かないアリスは気の焦りから動きが単調になっていた。

 カインもその事は解っている様で、笑みがこぼれていた。


「勝負あったな」


 そう判断した俺は素早くスパイダーの魔石を飲み込むと、指先から極細の糸をアリスに向けて放った。

 糸をアリスの腰に巻き付け、カインに向かって突っ込んでいるアリスを力づくで後方へと引っ張り強制的に戦闘を中断させた。


「えっ何!?」


「おいっ! 邪魔するなって言っただろ?」


 カインは俺が邪魔した事に腹を立てて、文句を言ってきた。


「とにかく落ち着けって、既に親子喧嘩の範囲を超えてるじゃないか。周囲の状況を見て見ろよ」


 熱くなっていた二人は俺の言葉で初めて周囲に視線を向けた。


「うぉっ、何だよこれは!? 誰がやったんだ?」


「なにこの惨状?」


「お前達がやったに決まっているだろ?」


「本宅は奇跡的に無傷のようだが、それ以外は全壊だぞ!? もしマリーさんに見つかったらどう言い訳するつもりなんだよ?」


「これは…… 不味い、ヤバすぎる。なぁ…… ラベル…… 助けてくれ」


 カインの熱は急激に下がり始め、額には冷や汗が流れ始める。


「どうしよう…… お母様に怒られる」


 アリスもカインと似たような感じだ。

 俺もカインの妻であり、アリスの母親であるマリーさんの事は良く知っている。

 一度見たら忘れられない程の美貌の持ち主で、また魔法の天才であった。

 ただ彼女を怒らせるとカインよりも怖い。


 冒険者として一緒にダンジョンに潜っていた時は、良く世話になった。

 当時から多くの冒険者達から、色々な意味で畏怖される存在であり【百の魔法を操る狂戦士ハンドレッドバーサーカー】と呼ばれていた。


 今でも鮮明に覚えているが、既に戦い方が魔法使いではない。

 マリーさんが本気でキレた時は溢れ出す魔力で長く伸ばした髪が怒髪天のごとく天高く舞い上がるのが特徴だ。

 

 その姿を見た者で無事だった者は居なかった筈だ。


 俺が昔を思い出し、懐かしんでいると何処からとも無く光の魔法がカインに向けて放たれた。


「うぉぉぉっ!!」


 カインはギリギリで避ける事が出来たのだが、その魔法を誰が放ったのかを知り、カインの身体は震えだしていた。

 俺もその魔法を見た事があった。

 カインの運命を悟り天を拝むようにその方向へと視線を向けると予想通りの人物が立っていた。


「ほら見ろ、俺は知らねーからな」


「ひぃぃぃぃっ!!」


 正門の前には怒りに身を震わせるマリーさんの姿があったのだ。

 既に怒りは頂点に達している様で、こうなってしまったら俺でも彼女を止める事は出来ない。


 俺が出来る事と言えば、カインが死なない様に祈るだけだろう。

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