第78話 デート
アリスから詳しい話を聞く為に俺はリビングにアリスを案内した後、備え付けのテーブルを挟み、対面になる様に座った。
アリスはホームに飛び込んで来た時に見せていた怒りも鳴りを潜め、今は普段と変わらない様に見える。
「家出をしてきたって? あの馬鹿との喧嘩って…… どんな理由で喧嘩になったんだ?」
「えっと~ 色々あるんだけど…… そう面と向かって聞かれると答え辛いみたいな?」
「なんだよそれ。でもまぁ仕方ない、アリスには日頃から世話にもなっているからな。アリスが落ち着く位までならここに居てもいいぞ。仮眠室のベッドも空いているからそこを使えばいい。だけど早く仲直りしろよ? あの馬鹿はお前に甘いんだから、お前がここに隠れている事がバレたら絶対に乗り込んでくるだろうからな」
「うん、ありがとう。それじゃご迷惑をおかけします。それで今ラベルさんは一人だけなの? リオンちゃん達は何処かに出掛けているのかな?」
「いや俺だけだ。B級ダンジョンを二日前に攻略したばかりだから、疲れを取るために一週間休みにしたんだよ。俺以外は誰も来ないから、気を使わないでゆっくりしたらいい」
「えっ! それじゃラベルさんと二人きりって事? 嘘でしょ!? 誰かいると思って気軽に来たんだけど…… 急展開過ぎて心の準備がぁぁぁ。でもこの状況は……」
アリスは頬を赤く染めながら、下を向いて目を合わせない。
何やらぶつぶつと言葉を発していたが、小声過ぎて俺には聞き取れなかった。
「ん? さっきから何を言っているんだ? 俺は在庫のチェックをしたら、集めた素材をギルド会館に卸しに行ったり、アイテムの補充とかもする予定だから、ホームを出たり入ったりになるぞ。日用品で何か欲しいものがあるなら、帰りに買ってきてやるから、早めに言ってくれよ」
「欲しい物は特にないけど…… それより迷惑にならないなら私も付いて行ってもいいかな? 一人でギルドホームいたって暇なんだよね」
「そういう事なら俺は別に構わないが…… たぶんついて来たって面白くないぞ?」
「いいの? やった!!」
アリスは嬉しそうに笑った。
「あっ、でも私こんな服装だから、今から着替えてくるね。空いている部屋を借りてもいい?」
「それなら、さっきも言った仮眠室を使ってくれ。俺も在庫のチェックがもう少し残っているから作業に戻るぞ。終わったら声をかけるから準備をしておいてくれ」
「わかったけど、出来る限りゆっくりしてね」
アリスはバタバタと荷物を持つと、慣れた感じで仮眠室へと向かった。
何度もこのギルドホームを訪れているアリスは、説明しなくても仮眠室の場所は解っている。
その後、俺は集めた素材を種類ごとにまとめ、不足しているアイテムリストを作り上げた。
掛かった時間は一時間程度だろうか。
「ふぅ~終わったな。今回はこんな所か…… それじゃそろそろ行くか? アリスの奴、一時間もたっているのにまだ部屋から出てこないぞ。まさかベッドで寝ているんじゃないだろうな? もしそうならそのまま寝かせてやるかな」
そんな事を考えながら俺は仮眠室のドアをノックした。
「えっ!? もう? ラベルさん早くない?」
部屋の中からアリスの焦った声が聴こえてきた。
「何が早いだ。あれから一時間もたっているんだぞ。俺はそろそろ行くがお前はどうするんだ?」
「絶対に行くからもうちょっとまって!」
「はぁ~、なら早く用意しろよ。俺はテーブルで待っているからな」
「うん。もう少しだから待ってて」
しばらくして部屋から出てきたアリスは、見慣れたいつもの装備に身を包んだ冒険者スタイルでは無く、可愛らしいワンピースを着ていた。
少しだけ化粧もしており、きめ細やかな肌はアリスの魅力を十分引き出していた。
そして衣装に合わせて髪も丁寧に結っている為、全身から気品が溢れ出しており普段とは全く違う美しい姿に俺もつい見入ってしまった。
「どうかな? 変じゃない?」
「あぁ、良く似合っていると思うぞ。あの馬鹿の娘には見えないな」
「もぅ、こんな時にお父様の名前は出して欲しくなかった。でも褒めてくれてありがとう」
カインの名前を聞いて、少し拗ねた様子も見せたが、すぐに元気を取り戻していた。
気分も少しは晴れたのだろう。
「それじゃ行こうか。最初はギルド会館だ」
★ ★ ★
ギルド会館に向かう途中、アリスは自分から喧嘩の理由を話し始める。
「実はね…… 私がお父様と喧嘩をした理由。最近、私の目標がわからなくなっちゃって。軽く相談したら、お父様にそんな事でどうする? って怒られたの。その言葉に私も腹が立って、返し文句を言った後に家から飛び出したの」
「そうだったのか。アリスは【オールグランド】の幹部だからな、あの馬鹿ゴリラもアリスの立場を考えて言ったんじゃないのか?」
「うん、それも分かってる。本当に少しだけ弱気になっただけ。私って伝説のSS級冒険者カインの娘じゃない? だからいつも周囲に気を使われて腫物の様に扱われていたの。それが嫌で私もシャルマンって名乗ったり、顔を隠したりして自分自身の実力を認めて貰える様にずっと頑張り続けてたから、疲れちゃったのかな?」
アリスは過去を思い出し、辛い表情へと変わっていた。
「だけどラベルさん達と出会って、気を遣わなくていい素敵な仲間がいて素の私でいられる場所が楽しくて…… 居心地が良くて。そんな時、B級ダンジョン攻略で一緒にダンジョンに潜れなかったから、少し寂しくなっちゃって……」
「そういう訳だったのか…… それなら俺にも責任の一端はある。アリスを蔑ろにしているつもりはなかったんだ。悪かった許して欲しい」
俺はそう言うと、素直に頭をさげた。
「やめてよ、ラベルさんは全然悪くないんだから。単なる私の我儘なんだからね。ラベルさんに謝られたら、私の居場所が無くなっちゃうよ」
「いつでもギルドに遊びに来ていいんだからな。お前はもう半分仲間みたいなもんだ」
「うん、本当に嬉しいよ」
嬉しそうに笑うアリスの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる様に見えた。
その後、俺達はギルド会館に到着する。
アリスは目立ちたくないという理由で、外で待つ事になった。
俺は一人で素材の卸しとB級ダンジョン攻略の報告を行う。
用事を済ませてギルド会館から出てみると、アリスの周囲には遠巻きにだが多くの男達が足を止め群がっていた。
変な男に絡まれていないかと心配もしたが、アリスの美貌に気後れているのか? 今はまだ全員がアリスに見惚れているだけの様子だ。
このままの状況も良くないので、俺はすぐにこの場所から離れる為にアリスに近づき声をかけた。
「待たせたな」
「ううん。全然! 次は市場でしょ? 市場は久しぶりだから凄く楽しみ」
俺がアリスに声を掛けた事で、周囲の視線が俺に集まった。
「へっ! 誰かと思えばダサいおっさんかよ。 服装も全然釣り合ってないし、家族って訳でも無さそうだ。きっと雇われた護衛かなんかだろ」
「あの野郎、護衛の癖に気軽に話しているんだよ。もっと離れやがれ」
周囲からは俺に嫉妬した男達から非難の声が聞こえてきた。
俺は別に気にもしないのだが、アリスの目はすわり、不機嫌な表情へと変わる。
「ラベルさん。こんな嫌な場所から早く離れよう」
「おっ、おい!!」
すると突然、アリスは俺の腕に抱きついて引っ張り始める。
その様子を見て、周囲からは響めきが起きる。
「おいっアリス。何やってるんだよ」
「だって、ラベルさんが悪く言われたから見返そうかと思って」
「俺は気にしてないって! あんな奴らは放っておけばいい。それに俺はこんな身なりだ。あながち間違った事も言われていないと思うぞ」
「ラベルさんは自分の事を全然解ってない。ラベルさんが良くても私が嫌なの!!」
そう言い返してくると、抱きつかれている俺の腕に力が込められ、速度を上げる。
アリスが全然離してくれないので、俺はそのままアイテムを補充する為に市場へと向かう事となる。
場所が変わっても、やはりすれ違う殆どの男達がアリスに釘付けとなっていた。
確かにアリスは美しく、見慣れた俺でもつい見惚れてしまう程だ。
アリスの母親も美しかったが、その美しさにひけをとっていない。
こんなおっさんと並んで歩いていて、アリスは恥ずかしくないのだろうか?
そんな事を考えながらも、俺はお勧めの店を指さして何が売っているのかなど、他愛もない話をする。
そして目的地の魔法石屋に到着した。
「へい、いらっしゃい!! ってラベルかよ。うぉっ、なんだその美人は、お前の彼女!? いやいや、ダンジョン馬鹿で女っ気のないお前にこんな美人な人が…… そうだ、解ったぞ依頼だろ? お前はその貴族の令嬢を護衛している最中だ。へへっ、俺を騙そうだってそうはいかねぇぜ」
行きつけの魔法石屋の店長がアリスを見て驚いていた。
「まぁ、そんな所だ。今日は砥石の魔法石を買いたいんだ」
鬱陶しいので、俺は軽く話を合わせた。
「あるぜ、さぁ見てくれ。全部砥石の魔法石だ」
店長は得意気に魔法石が並べらえた木箱を差し出してきた。
俺は並べられた魔法石に目を通した後、アリスに語りかけた。
「アリス、次の店に行くぞ。この店にある商品は二流品ばかりのようだ」
「えっ、そうなの?」
アリスは驚いていた。
「おいおい、二流ってそりゃあんまりだぞ…… ちくしょうー。こうなったら俺にも意地があるってもんだ。ならとっておきを見せてやるぜ」
俺の言葉を受けて焦り始めた店長は、奥の部屋から小さな箱を出してきた。
箱の中には幾つかの魔法石が入っていた。
「俺の店の中でも一級品の砥石の魔法石だ。こいつで研げばどんなに痛んだ剣だとしても、新品同様の切れ味に戻るぜ!!」
店長は得意気にそう言い切る。
「ほぅ…… これは確かに良い魔法石だな。それでこれは幾らなんだ?」
その時の俺は物凄く悪人面をしていたと、後になってアリスが笑いながら伝えてきた。
「そうだな。これだけの砥石だ、そうそう手に入らないから。一つ銀貨五枚って所だ」
「アリス、お前は二度とこの店に来るんじゃないぞ。ぼったくられるからな」
「そうなの?」
「おいおい。俺を悪党の様に言わないでくれよ」
「店主さん、おまけしてくれませんか?」
するとアリスが値下げ要求を始めた。
「うーん。でもそれ以上はなぁ……」
「うん、どうしても欲しいんです。お願いします」
最初は渋っていた店長との距離を更に詰めて、アリスはもう一度お願いをする。
「仕方ねぇーな。今回はその美人さんに免じて銀貨三枚で売ってやるぜ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「その金額なら買った。ついでに他の商品も買うから、そっちも安くしてくれよ」
「馬鹿野郎。次は値下げしないからな!!」
そんなやり取りを数回続けて、俺達は幾つかの魔法石を手にいれた。
「あー楽しかった!! 値下げ交渉とか余りしないから、とても新鮮だった」
「俺はアイテムの使用量がけた違いだからな。金額と質には日頃から注意している」
「だけとラベルさんって、ものすごい値切り上手。きっと良いお嫁さんになりそう」
「お嫁って!? 俺は男だぞ」
「えへへへ」
そんな冗談を言い合いながら、買い物を済ませた俺達はギルドホームに向かう。
時間は夕方になっていたので、帰り道に食事も済ませる事にした。
俺のお勧めの店で、アリスも気に入ったようで二人で舌鼓をうつ。
食事を終えた俺はアリスをギルドホームまで送ると、部屋には入らずに玄関ドアの前で見送る。
アリスも年頃の女性なので、夜に男と二人で部屋に入って変な噂がたったら申し訳ないのが理由だ。
「それじゃ、早く寝ろよ」
「何だか変な感じだね。【オラトリオ】のギルドホームなのに私が使って…… 明日、家に戻るね」
「そうなのか? もっと居てもいいんだぞ? なんなら俺からあの馬鹿にひとこと言ってやろうか?」
「ううん。 これは私の問題だから自分の力で解決したいの」
「そうだな。アリスが選んだ答えを俺は全力で応援するからな」
「本当に?」
「あぁ、本当だ。だから全力であの馬鹿にぶつかってこい」
「うん」
俺はそう言うと、振り返り家に向かって進み出した。
アリスは嬉しそうに手を振っていた。
しばらく離れた所で、アリスが大きな声で話しかけてきた。
「本当にありがとう。今日のデート、最高に楽しかった!!」
そう言うと俺の反応を確認する事もなく、アリスは恥ずかしそうに部屋の中へと姿を消した。
「なに、おっさんをからかっているんだよ。俺とお前は十歳以上も離れているんだぞ」
そんな事を言いながらも、楽しかったと言われ俺自身も悪い気持ちはしなかった。
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