第77話 B級ダンジョンの攻略

 最下層は二十九階層と同じ構造となっていた。

 壁や天井にはエメラルドグリーンに輝く苔が無数に生息しており、夜空に光り輝く星々の様に煌めいていた。


 その光景は魔水晶が生い茂っていた二十八階層にも引けを取らない美しさがあり、緑色に輝く美しい光は神秘的で、この場所が簡単に命を失う危険なダンジョンであるという事を忘れさせる程であった。

 

 しかし美しい景色とは裏腹に、出現する魔物は最下層に相応しい強敵だった。


「おいおい。まさか最下層で現れる魔物がお前だとはな」


 驚く俺の目の前にはエメラルドグリーンの光に紛れながら、無数の大きな虫が蠢いていた。


「【ボール・カタパルト】の群れか…… 中々厄介な奴が現れたぞ」


「ラベルさん、この魔物に似ている虫を家の近くでよく見たぞ。指で触ったら丸くなる奴じゃんか」


「その虫の魔物だと考えればいい。だけど虫の様に可愛らしい奴らじゃないからな。【ボール・カタパルト】は雑食で、もし捕まってしまえば装備の上からでも喰らいついてくるぞ。それに背中は固い外殻に守られているから、剣だけで倒すのは難しい。身体を球体状に丸まって体当たりをしてくるので、意外と隙がない相手だ」


「おいおい、それじゃあ、どうやって倒したらいいんだよ」


 俺達に気付いた【ボール・カタパルト】が壁から飛び降り、地面で身体を丸めて転がりながら俺達に突っ込んでくる。

 丸まった大きさは直径一メートル位の球となっており、突進する速度も俺達の全力疾走と同等程度の速さだと感じる。

 このまま突進をまともに喰らえば、衝撃で簡単に吹き飛ばされるのは間違いない。


 しかし突進は直線的であり、サイドステップで避けてみると【ボール・カタパルト】は俺達の横を通りすぎ、後方へと抜けて行く。

 しかし俺達の前には【ボール・カタパルト】がまだ何匹も残っており、すぐに次の攻撃が開始された。

 

 けれどその攻撃も横に移動する事で攻撃を避ける。

 攻撃を回避するだけならそれ程難しくはない。

 試しに回避の途中にダンが短剣で【ボール・カタパルト】に斬りかかってみたが、俺が言った通りに回転する外殻に弾かれていた。


「クソっ! ラベルさんの言う通りかよ!」


「こいつの倒し方は幾つかある。もしパワーがあるなら外殻ごと叩き殺したり、魔法で攻撃するのが有効だ。魔法が無いなら炎で焼き殺すってのもある」


「ラベルさん、それじゃあ、私たちのメンバーには魔法を使える者がいないから炎を使うの?」


「そうするのが一番手っ取り早いんだが、魔物が無数に現れたら火炎瓶が幾らあっても足りないだろ? リオンはどうすればいいと思う?」


「一カ所に集められれば…… でもどうやって……」


 俺の力を使えば意外と簡単だが今回は【魔石喰らいマテリアルイーター】の力は使わないで対応してみようと思っていた。

 それは一度経験しておけば、同じ敵や状況に出くわした時の行動に差が出るからだ。

 俺は二人に少しでも多くの経験を積ませ、どんな状況下でも柔軟に対応できる応用力を身に着けて欲しかった。


 その為にまずは、手本を見せなければいけない。

 リンドバーグの側に移動し、耳打ちを始めた。

 俺の説明を受けてリンドバーグが頷いてくれた。

 

 次に俺は別々の場所に離れると、壁際に立ち魔物達の注意を引く。

 俺達に狙いを付けた【ボール・カタパルト】が数匹づつ突進を始めた。

 俺達は互いにサイドステップで攻撃を避けると俺達の横を通り過ぎた【ボール・カタパルト】が壁に衝突した。

 そして、球状の形態は解かずに向きを九十度曲げ再び回転移動を始める。

 そのまま真っ直ぐに突進を始め、再び進路上の壁に衝突するとまた九十度角度を変えて突進を始めた。


 その後も何度か角度を変えながら突進を続けていた【ボール・カタパルト】がなんと、引き寄せられる様に一か所に集まり始める。

 そして六匹の【ボール・カタパルト】が合流した所で俺は火炎瓶を投げ込み、魔物を火の海に沈めた。

 【ボール・カタパルト】は外殻の乾燥を防ぐために油分を含んだ液体が外殻から常に染み出ているので、一度でも火が付けばよく燃える。


「マスター、上手く行きましたね。ここまで予想通りに事が運ぶとは私も驚いています。角度の計算ってどうやったんですか?」


「リンドバーグが俺の言った事をちゃんと理解して行動してくれたおかげだ。角度の計算はパズルと同じで、法則をちゃんと理解して数をこなせば自然と分かる様になってくる」


 リンドバーグが称賛してくれているが、ここまで上手く事が運んだのはリンドバーグのおかげである。


「魔物が壁に当たった後、お互いに引き合うように集合したの? どうして?」


「ラベルさん、どういう事なんだよ。俺にも教えてくれよ」


 リオンがポカンと口を開けて不思議そうに呟き、ダンは自分も早くやりたいと言ったげに興奮を露わにする。


「これは【ボール・カタパルト】の習性を利用した戦い方だ。この魔物は突進して障害物に当たった時、必ずジグザグに動く習性があるんだよ。たぶん転がって突進している最中は前が見えないから、同じ方向ばかりに曲がっていると同じ場所をグルグルと回るだけになってしまう。それを防ぐ為にジグザクに動くと言われているんだけど、今回はそれを利用して魔物を一か所に集めた訳だ。ちゃんと魔物の動きを確認して調整すれば思い通りの場所に誘導できる」


「何それ、初めて聞いた」


「ダンジョンに長く潜って、色んな魔物と戦い続けていれば嫌でも覚える筈だ。色んな魔物の特徴を知っておけばスキルが無くても優位に立ち回ったりも出来る。お前達も冒険者を続ける以上は今後も様々な魔物と戦う事になる。魔物の特徴を自分の知識として吸収するんだ。そうすればどんな状況でも焦る事はない」


「うん、わかった。ラベルさんもそうやって強くなったんだよね?」

 

「ラベルさんの言う通りだ。次は俺にもやらせてくれよ」


「俺は今日まで様々な魔物との戦いをポーターとして真近で見続けてきた。だけどただ何も考えずに見ていた訳じゃない。今までの経験がこうやって生きてくるんだ。次に【ボール・カタパルト】が現れたら二人がやってみるといい」


「うん」


「任せてくれよ」


 二人はやる気に満ちた返事をしたが、その後の戦いでは【ボール・カタパルト】を上手く誘導する事が出来ずにいた。

 理屈は解っていても、実際に誘導するとタイミングが合わなかったり、角度がおかしかったりと苦戦が続く。

 しかし何戦もこなしている内に少しづつ要領を掴み始める。

 それは二人の才能が高いと言う証明でもあった。


「やった。上手く行った」


「リオンねぇちゃん、今回は上手く行ったな。やっとコツが分かったぜ」


 【ボール・カタパルト】を上手く誘導し、思い通りに倒すことができた二人がハイタッチをして喜び合っていた。


「よくやった。その様子だともう【ボール・カタパルト】との戦い方は慣れた感じだな。今からこの階層を攻略するぞ」


 そう告げると俺は前方に指を指した。

 まだ距離はあるのだが、確かに指の先には入り口の様な影が見えていた。


「マスター、あれはまさか……」


「きっとあの場所にダンジョンマスターがいる筈だ。みんな準備はいいか? 一度部屋に入ったら最後、途中で逃げるのは容易じゃないからな」


「任せてくれよ!」


「うん、私も大丈夫」


「私も大丈夫です。このまま攻略を目指しましょう」


 全員の意思を確認した俺達は最後の試練であるダンジョンマスターが待つ場所へと向かった。




★   ★   ★




 最後の部屋に入った俺達を出迎えたダンジョンマスターは【ボール・カタパルト】の亜種であった。

 ダンジョンマスターは直径三メートルを超える巨体で、丸まっても二メートル近くなるだろう。

 更に数十匹の子分も連れており、ボスとの一騎打ちに持ち込むだけでも相当な体力が必要だと予想できる。


 魔法も無い俺達には分が悪い戦いになる事は全員が理解しており、一瞬の油断も出来ない戦いになるだろう。

 

 すぐに数十匹の【ボール・カタパルト】が一斉に突撃を仕掛けてきたが、俺達は慣れた動きで避けると俺以外の三人が動き出した。

 

 そして効率よく魔物を集めた場所に俺が火炎瓶を投げ込み、効率よく倒していく。

 結果、十五分程度で残っているのは最奥で身構えているダンジョンマスターだけとなる。

 

「残りはダンジョンマスターだけだ。みんなに悪いが、あいつは俺が相手をしてもいいか?」


「マスターが一人でですか? それは危険過ぎますよ。我々が陽動役を務めれば攻撃は分散されて戦いやすくなるのでは?」


「確かにリンドバーグの言う通りだが、俺は自分のスキルの限界を知りたいんだ。もし危険になれば助けを求めるから、今回は後ろで見守ってくれないか?」


「ラベルさんなら大丈夫だよ。私は信じてるから」


「そうだよな。俺もラベルさんが負ける所は想像できないから大丈夫だと思うぜ」


「……わかりました。もし危険だと感じたら勝手に割って入りますからね」


「我儘を聞いてくれてありがとう」


 俺は一つの魔石を口に含むと、一人でダンジョンマスターの方へと歩いて行く。

 選んだ魔石はジャイアントベアーの魔石だ。

 これでジャイアントベアーの魔石のストックが切れるが、また何処かで手に入るだろう。


 ダンジョンマスターも攻撃態勢に入り、身体を球体へと変化させた。

 そしてゆっくりと回転を始めると徐々にスピードを上げていく。

 すぐに俺の目の前まで迫ってきたが、俺はタイミングを計り全力で地面を殴りつけた。


「これでも喰らいやがれ!!」


 大きな振動と共に俺が殴った地面が抉られ、拳の前面に少し土が盛り上がった。

 その盛り上がった部分に高速回転しているダンジョンマスターが突っ込んでくる。

 そして盛り上がり部分を通過した瞬間、大きく跳ね上がりその巨体を空中に飛び上がらせた。


 俺はその様子をじっくりと眺め、狙いを定める。

 俺が狙う場所は回転している中心部分であった。

 中心を見極めた俺は手に火炎瓶を握り締め、全力のストレートをダンジョンマスターに叩き込んだ。

 丸まった身体に俺の腕がめり込み、それと同時に殴った衝撃で握っていた火炎瓶が割れてダンジョンマスターの体内で炎が湧き上がった。


 俺は瞬時に腕を引き抜き、炎に包まれるダンジョンマスターに視線を向けた。

 ダンジョンマスターは身を狂わせ、炎から逃げ出そうとしていたが、油分に炎が回り身体全体を炎に包まれた。

 そして数分後には黒焦げと化しその場に倒れ込んだ。

 ダンジョンマスターが動かなくなった後、ナイフを取り出しダンジョンコアを抜き取ると灰となってそのまま崩れ去る。


「ラベルさん!! ラベルさんの勝ちだよ。私達がB級ダンジョンを攻略したんだよ」


 その様子を見ていたリオンが後ろから飛びついてきた。

 リオンは嬉しそうに笑っていた。

 ダンやリンドバーグもリオンを追いかける様に駆け寄って来る。


 このダンジョンには苦労させられた反面、攻略出来た時の嬉しさも格別なものがあった。

 ダンジョンマスターを倒されたダンジョンは魔物が姿を見せなくなる。

 そしてフロアギミックも機能を停止させてしまう。

 後は数日を掛けて自然崩壊していくだけだ。


 当然、ダンジョンを攻略中の冒険者達も突然魔物が姿を消せば、ダンジョンが攻略された事実に気付く。

 ダンジョンが攻略された以上、後は素材を集めれるだけ集めて帰還する位しかやる事がない。

 魔物が出ないので、帰還途中に死亡する危険も無く安全に素材を集める事が出来るのが唯一の救いだろう。


 俺達も帰路で幾つかの素材を集め、それらを手土産に地上へと帰還を果たした。

 俺達は久しぶりに感じる本物の太陽の光を受け、地上に帰って来たんだと実感する。

 後は街へと帰り、今回のアタックの疲れを癒すだけだ。

 当然、ダンジョンが攻略された情報はすぐに広まるだろう。


 もしかしたら、命知らずの冒険者がダンジョンが崩壊するまでの短い時間に素材を集めに潜ったりもするが、危険な行為なので余りお勧めはしない。

 運が悪ければ、ダンジョンの崩壊と共にダンジョンに飲み込まれてしまうからだ。


 俺達はギルドホームに帰ると、安堵感から全員が疲れ果てしばらく動けなかった。

 その後、俺はギルドメンバーに一週間の休日を与えた。

 その間に疲れた体を癒して欲しい。


 ちなみに俺は慣れているから二日も休めば大丈夫だった。

 後はギルド会館で報告を済ませれば、俺達は念願のB級冒険者を名乗る事が出来る。




★   ★   ★




 二日後、俺は一人でギルドホームにいた。

 そこで集めた素材や魔石のチェックをしていると、突然入り口のドアが開き何者かが転がる様に入ってきた。

 俺は突然の訪問者に対抗する為に魔石を握り締め、すぐに臨戦態勢を取った。

 しかし入って来たのがアリスだと気づき警戒を解く。


「おい。ノックもしないで入って来るとは礼儀がなってないぞ…… って、お前なんだその荷物は?」


 部屋に飛び込んで来たアリスはポーターの様な大きな荷物を持っていた。


「私、家出してきたから!」


「家出!? お前がか? なんでだよ?」


「お父様と喧嘩したの、あんな分からず屋の所にはもう絶対に帰ってあげないんだから。だから私、今日から此処に住むから!!」


 頬を膨らませながら、一人怒るアリスの前で、理解が追いつかない俺は茫然とする事しかできなかった。

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