第76話 気持ちの変化
俺達は魔水晶が茂るステージに足を踏み入れた。
天井付近から差し込む光が魔水晶に当り、角度を変えた光が別の水晶へと光を当てている。
このステージに影など何処にも存在しないかと思える程の煌びやかなステージだ。
周囲の景色に目を奪われながら進んでいると、恐ろしい物を俺達は見つけた。
「おい…… これって装備じゃないか? どうして装備だけが……」
「こっちにもありますね。全部で五人分の装備が見つかりました」
「装備だけが転がっているって、どう考えても不自然すぎるだろう。この階層に辿り着いたパーティーが魔物に襲われた可能性が高いな」
「それにしては敵の姿が想像し辛いですね。装備は所々潰されている感じなので、力の強い魔物でしょうか?」
リンドバーグは自分の推測を語った。
確かに転がっている装備は何か強力な力で押し潰されたかの様に変形している。
「どこから襲われるか分からない以上、警戒だけは怠らずに進もう」
俺達は転がっている装備を一か所に集めて、命を落としたであろう冒険者達に祈りを捧げる。
彼等の身元が分かりそうな物だけを預かり、後で冒険者組合に届けるつもりだ。
これ程の宝の山のステージ。
魔水晶に目が眩んで、採掘に夢中になり隙が出来た所を襲われたのだと俺は判断した。
更に進んでいると、突然リオンが叫び出した。
「みんな、気を付けて。魔物が襲ってくる!!」
すると生い茂る魔水晶の隙間から赤い触手の様な物が、俺達に向かって飛びかかってきた。
リオンは先読みのスキルで触手の前に先回りしており、向かってきた触手を途中で斬り落とす。
地面に落ちた赤い触手は生き物の様に身悶えながら動き続けていた。
その赤い触手は見るからに魔物の一部のようだ。
俺も今まで出会ってきた魔物と照らし合わせてみたが、合致する魔物は思い出せなかった。
俺が知らない魔物という事はレアな魔物だ。
「全員、警戒態勢を取れ!!」
そう声を掛けた後、攻撃が仕掛けられた方角に注意を注いだ。
しかし目の前には今までと同様に魔水晶が広がっているだけで、魔物がいる様子は無い。
だが注意深く周囲に目を凝らしてみた俺は、少しだけ違和感を覚えた。
「何かがおかしい……」
ふと気になった俺はスパイダーの魔石を飲み込み、指先から糸を発射させると一つの魔水晶に巻き付けた。
そして力いっぱいその魔水晶を引っ張り始める。
ギィー!
すると魔水晶は簡単に転がり、水晶の裏面から先ほどの赤い触手を無数に生やした魔物が現れた。
軟体動物の様な骨の無い身体をしており、転がされた身体を元に戻そうと必死に触手を動かしている。
「あれが魔物の正体だ! ダン、矢を放て!!」
「わかった!」
ダンは事前に構えていた矢を俺がむき出しにした魔物に向けて放つ。
ギィィィ―ッ!!
矢は魔物のど真ん中に突き刺さり、魔物は断末魔の叫びを上げながらすぐに息絶えていた。
「気持ち悪い!!」
「なんだよあれ!!」
「まさか魔水晶に取りついた魔物ですか?」
俺は死亡した魔物に近づき、ナイフを使って魔石を取り出した。
魔石を抜かれた魔物はすぐに灰へと変わり、残された魔水晶の内部は空洞となっていた。
先ほどの魔物はこの空洞の中に身体を隠して、魔水晶に擬態していたのだ。
「海にいる貝類の生き物と同じで、魔水晶を自分の家としている魔物のようだな。固い水晶に守られている上に、周囲も同じ魔水晶だらけで、どこに潜んでいるか見当もつかない。これは厄介だぞ」
このダンジョンが攻略されていない理由を、魔水晶というお宝の山の採掘作業で足止めを喰らっているものだと予想していたのだが、もしかするとこの魔物に襲われて先に進めなかった可能性も出てきた。
周囲は魔水晶だらけなので、何処から襲われるのか分からず、気が休まる瞬間がない。
魔物自体は簡単に倒せるのでそれほど強くは無いのだが、ゆっくりと休憩が出来ない以上、時間の経過と共に疲労が増していくだけだ。
フロアギミックの階層も過酷であったが、この階層はそれ以上に厄介なステージだと思えた。
「リオン、この階層を越えるにはお前の力が必要になる。無理をさせるが頼めるか?」
「うん、任せて。私が先導して魔物が襲ってくる前に伝えるから」
「今から索敵はリオンに任せる。この階層は一気に攻略した方がいい。無理をさせるが理解してくれ」
「いえ、こんな危険なステージは私も初めて目にしました。マスターがおっしゃる通り、素早く抜けるのが一番でしょう。リオンさん頼みましたよ」
「リオンねぇちゃん、疲れたら言ってくれよ。ねぇちゃんが休憩している間は俺が守ってやるからよ」
俺達は再び攻略を再開させた。
魔物の数は多く頻繁に遭遇する事になる。
魔物の特徴として、自分の触手が届く範囲に入らなければ襲って来ない事が分かった。
なので俺達が休憩していると、魔物方から気づかれない様に近づいてくる。
「ダン君、あの魔水晶が動きましたよ。矢の準備をお願いします」
「あの魔水晶ってどの魔水晶だよ」
「私が指を指した水晶ですよ。ほら少し動いたでしょう」
「あーっ、イライラする! 水晶だらけでどれか分かんねぇーって!!」
「ダン、そうイライラするんじゃない。俺が魔物を教えてやるから、二人はその後の対応を頼む!」
俺はスパイダーの糸で次々に水晶に紛れた魔物を引きずり出した。
長年のダンジョンアタックで精神力や集中力はかなり鍛えられている。
俺は微かな違いを経験から感じ取り、魔物が擬態している魔水晶を見極めていた。
A級やS級では一歩間違えれば命を落とす場面が何時間も続く場合もある。
それに比べれば、全然マシだと思えた。
「流石に転がしてくれたら、解るっての!」
ダンとリンドバーグが分担しながら俺が転がした魔物に止めを刺していく、その間に俺は休憩中のリオンに声をかけた。
ダンジョン内の休憩は煙玉を使って魔物除けをするのが一般的だが、このステージでは索敵自体が難しく、完全に敵がいないという確約が取りづらい。
なので交代で周囲の警戒をしながらの休憩を取る以外の方法がなかった。
「リオン、大丈夫か? スキルの使い過ぎで疲れているだろう。今はこれを飲んで休んでくれ。休憩中はスキルを使わなくてもいいからな」
「うん、ありがとう。でもまだ大丈夫だよ」
俺はマジックポーションを手渡してリオンの魔力を回復させる。
休憩以外は索敵でスキルを使い続けている為、休憩はリオンを休ませる事が最大の目的だ。
魔力にはポーションがあるのだが、疲れた精神は休憩させる事で自然に回復させる以外方法がない。
その後も俺達は適度に短い休憩を取りながら、リオンの疲労が蓄積されない様に注意しながら攻略を進めていく。
その途中で冒険者の装備だけが転がっている状況を再び見つけた。
魔物に襲われその身を喰われた亡骸だと今では全員が理解できている。
この状況を見て、ダンとリオンもダンジョンアタックには危険が付きまとうという事を理解してくれている筈だ。
こういう経験が積み重なる事で、俺やリンドバーグの言葉の真意を理解できる様になる。
それから数時間後、俺達は強行軍を完遂させ全員無事な状態で二十八階層を攻略した。
続く二十九階層は二十八階層と違って、普通のダンジョンだった。
出現したのは蛇の魔物で【ポイズンスネーク】と呼ばれている魔物だ。
噛まれると身体に猛毒を流し込んでくる危険な魔物で、毒の対策が必須であり、B級ダンジョンの中でも一・二を争う強敵に分類される。
蛇の魔物には体の模様を変化させて擬態させる魔物もいるが、この【ポイズンスネーク】には擬態能力は無い。
全長五メートルを超える巨体をしているので、二十八階層と違い現れればすぐに気づく事ができる。
魔物自体は強力だが、俺の指示と日頃から訓練している連携の取れた動きで、俺達は【ポイズンスネーク】を問題なく次々と撃破していく。
そして危なげなく二十九階層を攻略した俺達は、遂にB級ダンジョンの最下層、三十階層にたどり着く。
この最下層にはダンジョンマスターが居る。
どのダンジョンにも言える事なのだが、ダンジョンマスターはそのダンジョンを代表する魔物の上位種族の場合が多い。
このB級ダンジョンは様々な魔物が出てきたので、一体どの魔物がダンジョンマスターになっているのか気になる所だ。
「休憩を終えたら、ダンジョンマスターに会いに行くぞ。もし危険だと俺が判断したら素直に引き返す事もあるから、俺の指示に従ってくれ」
「ラベルさん、絶対に今回で攻略しようよ!! 俺はもう二度とこのダンジョンに潜りたくないからな」
ダンが最下層に来るまでの苦労を思い出して本音を口にした。
「確かにこのB級ダンジョンは普段のB級ダンジョンよりも難易度が高いです。私もダン君の意見と同じでこのアタックで攻略したい所ですね」
「私は全然心配していないよ。ラベルさんがいてくれるから、どんな魔物が出てきたって負けないから」
大変だったという意見もあるが、心が折れた者は一人も居なかった。
それがとても心強く感じる。
「それじゃ行こうか」
そう言うと俺は休憩を終えて立ち上がる。
このダンジョンを攻略すれば、俺達はB級冒険者を名乗る事が出来る。
俺自身としても当然、このアタックでこのB級ダンジョンを攻略してやろうと思っていた。
攻略した後、誰かに俺のランクを聞かれたらB級冒険者と答えるつもりだ。
今まで口癖にしてきた【ポーターだから冒険者ではない】というネガティブな思考は、もはや俺には無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます