第81話 アリスの退団 その1
魔法は派手だったが、どうやらマリーさんが手加減していたみたいだ。
魔法で破壊したのは本邸の外装部分のみで内部は無事で、外壁などを修繕すればまた使える様になるだろう。
魔法が演出という事はマリーさんには何か別の狙いがあるのだろうか?
いまいちマリーさんの考えが読めずに俺は困惑していた。
そんな事を考えている俺の手を引きマリーさんは俺とスクワードを本宅内へと案内する。
一階の応接室で待つ俺達にいつの間にか戻ってきていたメイドさんがお茶を出してくれた。
今この部屋にいるのは俺とスクワードの二人だけだ。
アリスは一度着替えると言って自分の部屋に戻っている。
「やっぱり、マリーさんが最強だったな」
「今日まで多くの冒険者を見てきたが、短期決戦という条件下でマリーさんに勝てる冒険者を俺はまだ知らないからな」
「お前にそこまで言わせるって、やっぱりマリーさんは本物だよな」
「スクワード、一応言っておくが本物はマリーさんだけじゃないぞ。脳筋のカインは総合的な戦闘で言えば最強に間違いないし、スキルを使ったガリバーさんに膝をつかせる事が出来る冒険者もいない筈だ。とにかくあのSS級パーティーに所属していた冒険者で普通の奴なんて一人も居ないって事だ」
「ラベル、お前を含めてな」
ニヤリと笑みを浮かべ、スクワードが俺を弄ってきた。
「何言ってんだ、今はやっと戦えるようになったけど、あの頃はメンバーの尻を付きまとうだけのポーターだったさ。化け物達に守られながら毎日死ぬ思いで、ダンジョンに潜っていたんだぞ」
「本当にお前は周りはしっかりと見えている癖に、自分の事だけは全然見えてないよな。いい加減自覚しろよ!? お前も普通じゃないって事をな!」
今度は呆れ顔で言われる。
「俺が普通じゃないって言われてもな。実際に自覚がないんだから仕方がないだろ」
確かに似たような言葉を別の冒険者からも何度か言われた事はある。
しかし俺が普通じゃないって、一体どの辺りが普通じゃないっていうのだろうか?
それを聞こうとした瞬間、カインとマリーさん、そして着替えを終えたアリスが順番に部屋に入ってきた。
アリスは可愛らしいワンピースを着ており、少し時間が経っている今は落ち着いている様子だ。
それよりもカインは別れた時よりも更に疲れた顔をしている気がする。
俺達が居ない場所でも、かなり絞られたのだろう。
「待たせちゃったわね」
「大丈夫ですよ。美味しいお茶を飲んでましたので」
「ラベル君、気を遣わせてごめんなさい。でもそう言って貰えるなら助かるわ」
そう言いながら三人は俺達に近づいてきた。
次第にカインの姿が詳細に確認出来る様になり、カインが大きなダメージを受けている事が俺には分かった。
「カイン、大丈夫か? 何ならポーションでも飲むか?」
「今は放っておいてくれ……」
カインの惨状を見て、同情心からつい声を掛けてしまった。
俺とカインのやり取りをみて、スクワードが堪えきれず吹き出した。
「スクワード、お前覚えていろよ」
カインは恨めしそうにスクワードを睨みつけているが、スクワードはその視線をどこ吹く風の様にスルーしていた。
この二人も腐れ縁だけあって、お互いに気を遣う事はしない。
カインにとって最高のブレーンは間違いなくスクワードだった。
「今まで、二人から話を聞いていて時間がたっちゃったけど、粗方の事情は分かったわ」
カインの横にはアリスも立っており、マリーさんが怖いのか大人しくしている。
マリーさんがそれだけ怖いのだろう。
「俺はアリスからしか聞いてませんが、喧嘩の原因は些細な事です。二人が落ち着いて話し合えばそれで終わりますよ」
「確かにラベル君の言う通りかもしれないけど、私の考えはそうじゃないわ。それじゃアリスの心にしこりが残るかもしれないと思うの。実は私も少し前からアリスの様子がおかしい事は気づいていたの」
「そうだったんですか……」
俺達のギルドホームに遊びに来ている時、そんな様子は感じなかった。
俺が鈍感で気付かなかったのか?
それともアリスが隠していたのか?
どちらにせよ、俺にも責任の一端がある様にも感じた。
「私も話を聞くタイミングを伺っていたんだけどね。私が用事で出る事になったからタイミングが合わなくて…… それで今回の喧嘩で爆発したんだと思うわ」
マリーさんは少し引っかかっている様にも感じた。
「それで相談なんだけど」
「相談ですか?」
「えぇ、ラベル君にもスクワードにも聞いて欲しいと思って」
俺とスクワードは互いに見合ってみたが、お互いに見当がついていない感じだ。
それはカインとアリスも同じで、二人は互いに見合っては何も知らないという感じで首を左右に振り合っている。
「アリス…… 貴方、【オールグランド】を退団しなさい!」
「えっ!?」
「なっ!?」
「はぁぁ!!」
「おいっ!! マリー!!」
「カインは少し黙っていて!!」
マリーは一歩踏み出すカインに片手を突き出して動きを静止させた。
「アリスは【オールグランド】しか知らないから、もっと視野を広げた方がいいと思うの。だから一度ギルドを出てみて自分の居場所を自分で探してみなさい」
「お母様…… それって?」
アリスは不安そうにマリーを見つめている。
「マリーさん、それは難しいんじゃないですか? アリスは【オールグランド】の数少ないS級冒険者パーティーで、その上ギルドの幹部なんですよ。ただでさえギルドを立て直している最中に幹部のアリスが抜けてしまったら大事になりますよ」
俺の意見にカインも大きく頷いていた。
「確かにその通りだと思うわ。だけどその問題は既に解決策を考えているのよ」
「解決策?」
「えぇ、アリスが抜けた穴は私が補填するわ。私がアリスのパーティーも仕事も全てを請け負います。力不足だとは言わさないわよ」
「お前がだとっ!! 駄目だ、駄目だ。俺は認めないぞ! お前は現役を退いて何年たっていると思っているんだ? ダンジョンはそんな生易しい所じゃないんだ!!」
カインはどうやらマリーさんの現役復帰を認めたくないらしい。
全力で否定を始めた。
「貴方はまさか私がアリスよりも劣っていると思っているの? アリスを生んで子育ての為に一度は現役を引退したけど、まだまだ衰えてはいないわ」
「いいや駄目だ。俺は絶対に認めない。スクワード、お前はどう思う。幾ら元SS級冒険者だと言っても易々と現役に戻れる訳がないよな?」
カインはスクワードに意見を求めた。
スクワードは色々と文句や愚痴を言い続けているが、【オールグランド】の為に最善を尽くして来ている。
もしスクワードにも反対されたらマリーさんの主張は通り辛くなる筈だ。
「いや、全然普通にやれるだろ? さっきの戦いも見たがお前と同等に強いんだぜ。それにマリーさんはギルド運営の経験もあるし、名前だってお前と同じで世界中に広がっている。もし戻って来るなら誰も文句は言わないと思うぜ。それに俺もアリスは一度外を見てきた方が良いと思っていたんだ」
「ぐぬぅぅう。この裏切り者がぁぁ」
カインは悔しそうにしている。
「カインよ。お前も少しは子離れをしろよ。俺はずっと二人を近くでみてたが、お前らはお互いに理想が高すぎるんだよ。高い理想を押し付けられる子供の気持ちにもなってやれ。アリス、お前も真面目に応えようとせずに自分のペースで頑張ればいいんだぜ?」
「親が子供に期待したら悪いってのかよ??」
「別に悪かねぇよ。だけどお前が期待をかければかけるだけアリスが追い詰められているって気付いてないだろ?」
「なんだと、今までだってアリスは十分にやってきているだろうが? それが負担だっていう訳なのか? アリスから一度も嫌だって言われた事が無いぞ!」
「お前っていう存在が大きすぎて、アリスが無理しすぎているって事だよ。お前は一度でも考えた事があるか? 何故アリスがシャルマンという母方の名前を使っているのか?」
「そりゃ、親の七光りじゃなくて、自分の力で大きくなりたいからだろ?」
「確かにその通りかもしれないが、お前は本当にそれでいいと感じているのか? それ自体が異常な事なんだよ。アリスは本来の自分が不安で本当の自分を隠しているんだ。親としてそれはどうかと俺は思うぞ。もしアリスが自分の名前で堂々としているのであるなら俺はお前の味方をする。しかしシャルマンのままギルドに残るっていうなら、俺はマリーさんの意見を推すぜ」
なんとスクワードが真っ当な事を言い出した。
この男は本当に周りをよく見ていた。
「私もスクワードと同じ意見よ。アリスがシャルマンでは無くアリス・ルノワールとしてギルドに戻って来たいって思う気持ちが大事だと思うの」
「お母様…… 私」
「アリス、ごめんなさい。私がもっと早く動いていたら、今日の様な事は起こらなかった筈だわ。今日の事は私とお父さんのせいだから、貴方は悪くない」
「カイン…… 貴方にも分かって欲しいの。貴方も私も私達が育て上げてきた【オールグランド】を娘のアリスに引き継いで貰いたいと思っているけど、それは本当のアリスであって欲しいと思っているわ。だから私達はアリスが帰って来る場所を守って待っていてあげましょう」
カインは腕を組んで目を閉じたまま必死に考えていた。
「……ちっ、わかったよ。アリスもそれでいいのか?」
沈黙の後、カインはマリーさんとスクワードの意見を聞き入れてくれた。
「私…… これからどうしたら?」
一方アリスは突然の展開で動揺を隠しきれていない。
「それはもう分かっているんじゃないの? 貴方が何処に行きたいのかを…… もしかして私の口から言わせたいの?」
マリーさんはアリスを抱きしめながら頭を撫で始めた。
母親の胸の中でアリスは首を振り始める。
アリスが顔を上げた時、その瞳には大粒の涙を流していた。
既に答えは出ているみたいだ。
そしてアリスは俺の方を見つめた。
「私はラベルさんのギルド【オラトリオ】に加入したい」
今もまだ涙を流したままだが、その表情はとても晴れやかなものだった。
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