第58話 B級ダンジョンの現状

 俺達が戻って来た事に気づいた冒険者はあきらめの表情を浮かべていた。

 トラップに掛かった二人は初めて見る顔だ。

 どちらも若い冒険者で顔は整っており、夜の街に繰り出せばさぞモテる事だろう。


 俺達が近づくと焦った素振りで手を動かし始め、媚びた口調で弁解を始めた。


「待ってくれ!! 俺達はあんた達に手を出すつもりはないんだ。本当だ信じてくれ」


「監視して、あわよくば襲うつもりじゃなかったのか?」


「そんな事しないって! 新顔のあんた達がもし攻略組なら、倒した魔物をそのままで先に進むかもしれないだろ? へへへ…… もしそうなら魔物を処理してやろうと思っただけなんだ」


 冒険者の男はそう言いながら薄ら笑いを浮かべた。


「なるほど【ハイエナ】狙いって訳か…… 仕方ない、今回は許してやらん事も無い。でもな、ハイエナをやるにもルールがあるだろう」


「すまねぇ。まさか戻って来るとは思ってもいなくてな」


「ハイエナが悪いとは言わんが、ハイエナをやるならもう少し距離をとった方がいいぞ。余り近いと襲われたと勘違いされて攻撃されても文句は言えんからな」


「あぁ悪かった。今後は気を付ける。俺達はギルド【ブルースター】に所属しているレクサスだ。こっちはプルート」


 冒険者は自己紹介を始めた。


 俺は拘束されていた冒険者を解放しながら彼等の話に耳を傾ける。

 冒険者が名乗ったギルド名を俺は知らなかったからだ。

 B級ダンジョンに潜ってきたリンドバーグなら知っているかも知れないと目配せを送る。

 リンドバーグも俺の意図を感じ取ってくれたが、知らないとばかりに首を横に振っていた。

 

「ラベルさん、さっきから言っている【ハイエナ】って何?」


 傍にいたリオンが俺に尋ねてきた。


「ハイエナってのは、倒した後そのまま放置された魔物から魔石を抜き取る冒険者の俗称だ。別にそれ程悪い事をやっている訳じゃない。倒して放置している魔物を処理しているだけだからな。だけど、命を掛けずに獲物だけを安全に手に入れる手法が卑怯だと不評を買い、他の動物が仕留めた獲物を横取りするハイエナになぞらえて、【ハイエナ】と呼ばれているんだ」


「お美しいレディ、俺達は攻略組が魔石を抜かずに放置した魔物から魔石を取り出しているだけで悪い事はしていない。だから勘違いしないでほしい」


 拘束を解かれたレクサスと名乗った冒険者がリオンに話しかけた。

 しかしリオンはレクサスには何の反応も示さず、ラベルに話しかけた。


「ラベルさん、魔石を取り除かずに放置する事もあるの?」


「上層なら結構あるね。あいつ等は攻略をメインに考えているから、効率を考えて上層は最速で突っ切るんだ。魔石を集めるのは高く売れる下層に入ってからが多いね」


 俺よりもレクサスの方が先に反応し、リオンの質問に答えていた。


「ラベルさん、魔石を抜くと魔物は直ぐに灰になるけど、魔石を抜かなかった魔物はどうなるんだっけ?」


 リオンの目にはレクサスが映っていないのではないか?

 目の前に居るにも関わらず、素無視状態だ。

 流石のレクサスも二度の無視を喰らってダメージを受けていた。


 俺は二人のやり取りが面白くて笑みを浮かべる。


「時間が経てば魔石を取った後と同じように灰になるが、一日や二日じゃ灰にならないぞ。だから、灰になるまでの時間で屍臭が広がり、他の魔物を呼び寄せる事にもつながるから危険度が増す。そうなる前に、倒した魔物は出来るだけ早く、魔石を抜き取る方がいいんだ」


「レディ、俺は貴方に聞いて欲しい。俺達はダンジョンの掃除をしているんだ。ダンジョンは俺達にとって大切な稼ぎ場所だからね」


 レクサスはそう言うとリオンにウィンクを飛ばす。

 リオンは顔を背けてそれを避けた。


 くだらないやり取りに見かねたもう一人の冒険者であるプルートが俺に話しかけてきた。


「実は新顔のアンタ達が、攻略組か捜索組か見極める為に後を付けていたんだよ。一つ聞いてもいいか? 前の繁殖期の時に【オラトリオ】が活躍したと聞いたが、その時は三名だったはずだ。新しいメンバーが増えたのか?」


「へぇー、凄いな。俺達の様な弱小ギルドの事も知っているとは。お前の言う通り、メンバーは一人増えているぞ」


「やっぱりそうか」


「後俺達は攻略組だけど取れる素材を全部集めるつもりだ。残念だが他の攻略組を探した方がいいぞ」


「わかった。つまらない事を聞いた」


「この位なら構わないぞ」


「C級ダンジョンの時とは、ダンジョンの攻略や冒険者の行動が全然違うんだね」


 リオンはC級ダンジョンを思い出していた。

 

「そうだな。これが野良冒険者が多いC級ダンジョンとの違いって訳だ」


 リオンはC級ダンジョンと余りに違うB級ダンジョンの雰囲気に戸惑っている様子だ。

 だけどセンスの塊であるリオンの事だ。

 今回のアタックですぐに感覚をつかんでくれるだろう。


「最後に、見逃してくれる礼として一つ、有益な情報を教えるよ」


「情報? なんだ」


 去り際に言ったプルートの言葉に俺が喰いついた。


「前回にB級ダンジョンが出現した時の話なんだが【デザートスコーピオン】って言うギルドの攻略組と【グリーンウィング】っていうギルドの捜索組が衝突して、死人が出たっていう噂だ。詳しい理由は俺も知らんが、今はその二つのギルドには近づかない方がいいぞ。互いにいがみ合っているから巻き込まれる可能性だってある」


「死人がでたのか? 本部には報告しているんだろ?」


「死人が出たのは【グリーンウィング】の方らしい。あくまで死人が出たっていうのも噂だからな!! 本当の所はわからん」


「そうか。もしその話が本当なら、確かに近づかないに越した事はないな」


 俺はその後、二つのギルドのエンブレムを教えて貰った。

 ギルドにはエンブレムを掲げる所が多い。

 装備に刻んだり、旗を作ってギルドホームに飾ったりしている。

 俺はあまり興味が無かったので、エンブレムはまだ決めていなかった。

 実力があるギルドと認められれば、エンブレムだけで、無駄な小競り合いを避ける事が出来たりする事もある。


【オールグランド】の様な大型ギルドに喧嘩を吹っかけてくる馬鹿者はいないので、すっかり忘れてしまっていた。

 つくづく名前の大きさは強いと実感してしまう。

 B級ダンジョンに潜った初日で、これ程色々な事に巻き込まれるとは思ってもみなかった。


 二人の冒険者が去り際にリンドバーグを呼び寄せ、一枚の紙を渡していた。

 リンドバーグは何やら文句を言っていたが、二人は笑顔で手を振り去って行った。


「リンドバーグ、さっき渡されていた紙には何が書かれてあったんだ?」


「はい、見て下さい。さっきの胡散臭い連中はやはり確信犯でしたよ」


 その紙には、情報屋という名前と、各料金が記載されていた。


「なるほど。俺達を調べる為に近づいたんだな。まぁそれ程有用な情報は渡していないから大丈夫だろ」


「そうですね。では先に進みましょう」


 その日俺達は、二階層で野宿をし、翌朝には三階層に突入した。


 レクサス達と遭遇して以来、他の冒険者とは出会っていない。

 これが本来のダンジョンアタックの姿だ。

 俺はこのアタックだけでB級ダンジョンを攻略できるとは思ってもいない。


 俺の目標は、十階層にあるフロアギミックをリオンとダンに体験させる事だ。

 ダンジョンにアタックを仕掛ける以上は、フロアギミックと付き合って行かなくてはならない。


 その為にも、このアタックで必ずフロアギミックを体験させてあげたかった。

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