第57話 スパイダーの魔石

  冒険者が周囲を走り敵を集めて一気に仲間の元に連れて行く行為を魔物の一団トレインと呼ぶ。

 トレインは捜索組が効率を上げる為に実際に行っている狩りの方法だ。

 そのトレインを他人に押し付ける行為は危険で命に係わる為、本部の禁止事項にも記載されていた。

 しかし実際にやられた側は押し付けられたという証拠を提示する事が難しく、泣き寝入りする場合が多い。


 トレインによって押し付けられた魔物を危なげなく殲滅した後、その場で休憩を取っている俺の元へリンドバーグが近づいてきた。


「マスターどうしますか? トレインを仕掛けてきた相手を探し出して抗議するのも手ですが?」


「今回は様子を見よう。これ以上手を出してこないなら、無意味な事で時間を浪費するのも勿体ない。だけどまた何かを仕掛けてくるのであれば容赦をするつもりはない」


「マスターがそう言うのなら…… 新人がトレインを仕掛けられたっていう話は今までも聞いた事がありましたが、まさか私自身が体験するとは思いませんでした。実際に喰らってみてわかりました。トレインは危険過ぎますよ!!」


「それだけ仕掛けてきた奴が屑だって事なんだろう。だから次も手を出してくるなら、こっちもやり返してやればいいだけだ」


「では私は先ほどの状況をいつでも説明出来る様に記録を残しておきましょう。仕掛けた相手の身体的特徴も今なら覚えていますし」


「悪いな。本部に報告するよりも実際に痛い目を見て貰うのが手っ取り早い場合もある。この件は俺に任せてくれ」


 俺は一度様子を見る事に決めた。

 しかし仕掛けて来たのは最初の一度きりで冒険者達が再び現れる事はなかった。

 俺達に実力がある事を認めて、今は様子を窺っているのだろうか?

 

 俺達はその後も一階層を突き進み、今は三度目の休憩を取っていた。

 既にダンジョンに入ってから二時間は経過している。

 B級ダンジョンの攻略の目安として、一日に二階層降りれれば十分と言われていた。

 たまに、一日に三、四階層も降りる冒険者も確かに存在するが、それは化け物の類だろう。

 そう言った化け物達だけがS級冒険者へと駆け上がって行くのを俺はこの目で見ている。


「もう少しで煙玉の効果が切れるぞ。準備をしてもう少し進もう。早めに二階層へ降りておきたい」


「多分、今はフロアの中央付近位までは進んでいる筈です。後一時間か二時間位で二階層に降りれると思います」


「リンドバーグのいう通りだな。リオンとダンもスパイダーの魔物にも慣れた頃だから行進速度を上げて行くぞ」


「うん。私は全然大丈夫だよ」


「俺も行けるぜ!」


 休憩を終えた俺達は再び進行を始めた。

 すぐに俺達はスパイダーに遭遇して戦闘に突入する。


 現れたのは三匹、しかし今回のスパイダーは一定の距離から近づいて来ない。


「ダン、狙えるか?」


「任せてよ、余裕だっての!」


 ダンが狙いを付けようとした瞬間、スパイダーは尻から糸を吐いて攻撃を仕掛けてきた。


「蜘蛛の糸だ。避けろ!!」


 俺は全員に指示を出した。


 俺がアイテムで多用している【蜘蛛の糸】の原料はこのスパイダーだ。

 なので糸の攻撃は当然と言って良い。

 スパイダーを倒した後、魔石を取り出す前に製糸巣を取り外しておけば器官内で作られた【蜘蛛の糸】の原料が抽出できる。

 素材組は魔石を抜き取る前に必ずこの製糸巣も抜き取っていた。

 大きさも拳程度なので大量に持ち帰る事が可能だ。


「スパイダーの魔石……!?」


 俺は確信に近い予想を思い描き、事前に手に入れていたスパイダーの魔石の一つを口に放り込んだ。

 ちなみに、魔石をメンバーの了解無しで使用する許可は受けている。


 スキル発動後、手をかざしてみると指の一本一本から糸が飛び出してきた。

 糸は任意に切るだけじゃなく、太さや後粘着性能も自分の思い通りに調整出来るようだ。


 両手での指から糸を出し、重ねる事でネット状の蜘蛛の糸が出来上がった。

 また手のひらで極細に調整した糸を丸める事で、投げやすく絡まりやすい高性能の【蜘蛛の糸】が完成した。


「やはり間違いない…… スパイダーの魔石さえあれば、今後は【蜘蛛の糸】を買わなくていいじゃないか!?」


【蜘蛛の糸】は高い商品ではないが使用頻度の高かった俺にとってはそれなりに痛い出費でもあった。

 だがスパイダーの魔石さえあればギルドホームで作り置きさえできてしまう。

 

 俺は歓喜に震えた。

 そして次の瞬間には叫んでいた。


「みんな、スパイダーは全部狩りつくすぞ!!」


「ラベルさん、どうしたの? いつもよりテンションが高いよ?」


「何!? 蜘蛛を全部倒せばいいのか? おっしゃーっ、なら俺に任せてくれ」


 やる気に満ちた俺に感化されリオンとダンも張り切り始める。

 その後、俺は大量のスパイダーの魔石を手に入れる事が出来てた。




★   ★   ★ 




 その後、遭遇したスパイダーを倒しながら二階層に降りる通路を見つけた俺達は二階層へと進んだ。

 

 二階層も一階層と同じ森のステージだが、雰囲気は大きく変わっていた。

 天井が高く見上げれば首が痛くなるほどだ。


 その高い天井ギリギリまで伸びた大木が生い茂っている。

 大木には横に長い枝が伸びており、周囲の光鉱石の光を一身に受け止めていた。

 枝の隙間からスポットライトの様に線状光が地面まで伸びている。

 その枝からは何本もの蔓が垂れており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 見た感じで言えば動きやすさは二階層の方がいいと感じた。


「一階と同じ森のフロアだけど雰囲気が違いすぎるな。これは出現する魔物が変わっているかも知れないぞ」


「ラベルさん、前にC級ダンジョンを攻略した時は全部ゴブリンだったよね? B級ダンジョンは各階層で違うのかな?」

 

 リオンとC級ダンジョンに潜っていた時はダンジョンマスターまで同じ種族のダンジョンが多かった。


「ダンジョンが生き物と呼ばれている一つの理由として、ダンジョンは色んな形態を持っているんだよ。すべてが同族で固められたダンジョンもあるし、一層毎に種類の異なった魔物が現れるダンジョンもある。十個のダンジョンがあれば十個とも中身が違うダンジョンの場合もある」


「そなんだね。あっラベルさん! 枝の上に魔物がいっぱい!!」


 リオンは遠くの枝の上から俺達を見つめる魔物に指をさした。

 リオンが見つめた魔物は小型の猿だった。


「あれはフロッグモンキーですね。動きが速くて中々やり辛い小型の魔物です。いつも群れていますので、一度戦闘が始まれば仲間を集めて集団で襲ってきます。対策として襲われる前に縄張りから走り抜ける事です。あいつ等は自分達の縄張りから出ないという変な習性がありますから」


「リンドバーグの言う通りだ。範囲攻撃方法が少ない俺達のパーティーでは戦わない方が良いかもしれないな。二階層は出来る限り戦闘をしない方向で進んでいこう」


 フロッグモンキーが居るのは高木の枝の上である。

 なので地上を素早く走り抜けている分には襲われる事も無く突き進む事ができた。


 しばらく進んでいると、俺は誰かの視線を感じた。

 ほんの短い間だったが、俺達は監視されていると俺の直感が告げる。


「全員止まってくれ」


 俺の指示を受けて全員が立ち止まる。

 そして周囲に魔物が居ない事を確認した俺はメンバーに先ほど感じた視線の事を話した。

 

「どうやら俺達は監視されているみたいだ」


「私は気づきませんでしたが…… 先ほどの冒険者の関係の者でしょうか?」


「可能性は高いが、このダンジョンに入っているB級冒険者は他にもいるからな。思い込みはしない方がいいだろう」


「ラベルさん、それでどうするんだ? 当然捕まえるんだろ?」


「勿論そのつもりだ。だから今から罠を張る」


 罠の説明をした後、その場で煙玉に火を付け休憩を始めた。

 俺はスパイダーの魔石をそっと口の中に放り込みスキルを発動させる。


「糸は見えない程の極細! 強度と粘着性は最大に設定して糸を張り巡らす」


 周囲の警戒を装い俺は指先から飛ばした糸を周囲の大木に取りつけていった。


「準備完了だ。それじゃ行こうか」


 そう声を掛けて俺達は再び走り出した。

 しかし少しだけ走って、高木の陰に身を隠す。


「おいっ何だこれは!? 足に糸がへばり付いてやがる」


「俺の方もだ。この糸取れねーじゃねーかよ」


「よし罠にかかったみたいだ。顔を拝みに行こうぜ」


 俺達は隠れていた場所から姿を見せると、休憩していた所まで走って戻ってみる。

 そこには糸を必死に切ろうと足掻いている二人の冒険者がいた。


 この件で俺は確信する。

 スパイダーの魔石は工夫次第で様々な使い方が出来る使い勝手の良い魔石だ。

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