第56話 B級ダンジョンの洗礼

 準備を終えた俺達がB級ダンジョンの出入口に到着した時には、既に多くの冒険者達がダンジョンに入って行くのが見えた。

 

 【アドバンス工房】が製作している新しい装備はまだ出来上がっていないので、今まで通りの革の装備だった。

 今回俺はリュックを背負いポーターとして参加している。

 このパーティーでポーターが出来るのは俺だけというのが理由だ。


 リュックを背負った俺はいつもと同じ様な装備だが、腰には剣を装備していた。

 たった一つの違いだが、俺の心は浮かれていた。

 俺自身も念願の冒険者になった気分だ。


「うわー凄い冒険者の数だな。ダンジョンの中で邪魔じゃないのかな?」


 叫んだダンの疑問は当然だろう。

 初めてB級ダンジョンに挑む者は必ず思う事だった。


「この位の数なら邪魔しあう事は無い。C級ダンジョンとB級ダンジョンは各フロアの広さが違うんだ。C級ダンジョンと同じように考えていたら痛い目を見るぞ」


「へぇーそうなんだ」


「ダン君。それにB級ダンジョンからはフロアギミックがあります。フロアギミックを初めて体験する冒険者は苦労する筈です」


「フロアギミックって前から言っていたけどどんなギミックなの?」


 横で聞いていたリオンが質問を投げかける。


「今回のダンジョンはまだ出現したばかりで、フロアギミックの階層まで到達した冒険者がいません。なので確実な情報は出ていませんが、一般的なフロアギミックと言いますと、暑さと寒さですかね」


「暑さと寒さ…… どっちも嫌だな」


 リンドバーグはハンスによってA級冒険者として扱われていたが、本来はB級冒険者だ。

 なのでB級ダンジョンをメインに潜っており、慣れ親しんだ場所である。


「それとな、B級ダンジョンにアタックを仕掛ける殆どの冒険者が何処かのギルドに所属しているんだよ。野良冒険者でもB級ダンジョンにアタックを仕掛ける奴もいるが、割合でいえば一割にも満たない程の少数だろうな」


 俺が補足情報を追加しておいた。


「気付いたんだけどポーターの人が多い気がする。C級ダンジョンの時はちょこちょこと目にする程度だったのに」


「良く気付いたな。俺達ポーターが必要とされるのは、このB級ダンジョンからだからな。実はB級ダンジョンにアタックする冒険者の目的は大きく二つに分かれるんだ」


「目的? ダンジョンの攻略じゃないの?」


「そう。攻略を目的とする攻略組と、素材を集める事を目的とする捜索組の二つに分かれるんだ」


「捜索組? 魔石を集めるって事?」


「魔石だけじゃない。珍しい鉱石や各フロアに眠る特殊な素材などだな。B級ダンジョンからは素材を集める事も立派な収入になるんだよ。ほら、あそこのパーティーを見てみな」


 俺が指差したパーティーにリオンが視線を向けた。


「あっ、ポーターさんが二人もいる」


「そうだ。長く潜れば多くの素材が手に入るが、持ち運ぶ手段がないと持ち帰れないからな。運搬専用のポーターを連れていく冒険者もいるって訳さ」


 俺達が出入り口前で待機している冒険者の横を通り抜けていくと、背後から刺さる様な視線を感じた。


 やはりそうなるかと思いながらも、俺達はそのままB級ダンジョンに入って行く。



 

★    ★    ★




 B級ダンジョンの一階は森のステージだった。

 木々が生い茂り視界が悪いのが特徴である。

 そして森に出現するモンスターはスパイダーという蜘蛛の魔物だ。

 C級ダンジョンに出現する魔物より強いのは当然だが、現れる数もC級よりも多い。

 体格は俺達より一回り程小さい位で、力も強く覆い被さり固い歯で骨ごと摺りつぶされてしまう。


「また出たぞ! リンドバーグの右前方に三匹だ。ダンは一番後方の蜘蛛を狙ってくれ!」


「了解!! 一番後方の魔物を狙うんだね」


 ダンがそう声を掛けるとスキルを使用する。

 三本の矢を同時に放ち、一番後ろに居たスパイダーの胴体を貫いた。


「リオンさん、私が右の一匹引き受けます。残りはお願いします」


「うん。了解した」


 前衛のリンドバーグとリオンは互いに役割を確認した後、魔物との戦闘を始める。


 リンドバーグは堅実な戦い方で危なげなくスパイダーを撃退する。

 リオンはリンドバーグよりも短い時間で最後の一体を倒していた。


 何かあれば俺も参戦しようと身構えていたが、その機会はまだ先の様である。



 集団で現れたスパイダーを殲滅した俺達は、一旦小休憩を取って体力の回復を図っていた。

 皆が休憩している間に、俺は動かなくなった魔物の身体から魔石を抜き取って行く。

 魔石を抜き取られた魔物身体は直ぐに灰となって崩れていった。


「スパイダーの魔石を喰ったらどんな事ができるんだろう?」


 俺は抜き取った魔石を見つめながら、スパイダーの魔石を食べた時の自分を思い描いていた。


 その時、遠くから冒険者の声が聞こえてくる。


「死にたくなければ、お前達も逃げろよ新人!!」


 すると反対側の方からも声が聞こえてきた。


「こっちも危ないぜ。俺についてこい」


 両側の冒険者が俺達の前で交差する瞬間、息を合わせた様に九十度反転して並走するように逃げていった。


「やっぱり仕掛けてきたな。みんな俺達は魔物を押し付けられたみたいだぞ」


 俺は瞬時に全員に声を掛けた。


「マスターまさかこれは!?」


「そうだ、間違いないだろ。これは洗礼だ!!」


「洗礼? ラベルさん、洗礼って何?」


「リオンも覚えておくといい。B級ダンジョンに挑む冒険者は殆どギルドに所属している上に、メンツがあまり変わらないんだよ 」


「メンツが変わらない?」


「そうだ。全員がB級冒険者になれる訳じゃないだろ? B級冒険者になるにはやはり才能が必要なんだ。そしてB級冒険者になれる者はそれ程多くはない。だからメンツが余り変わらないんだよ。そしてB級ダンジョンに新人が来た場合はベテランが今回みたいに嫌がらせをしてくるんだ。人数が増えて自分達の取り分が減るのが嫌なんだろうな?」


「僻み?」


「まぁ、そんな所だ」


 リオンと話している間に両側のスパイダーが近くまで迫って来ていた。


「俺達もあいつ等と同じ方向に逃げれば、他の仲間が隠れていて助けてくれるのだろう。助けて貰ったら今後は頭が上がらなくなるって寸法だ。上手いやり方だよな」


「でもやる事が小っちゃい。私達で両側の魔物全部倒してギャフンと言わせてやりたい」


 リオンにしてはアグレッシブな意見だった。

 だけど俺もこの意見には賛成だ。


「よし、俺達は殲滅する事にする。俺も魔石を喰うから各自周囲を確認しながら戦う事!! いいな」


「「了解!!」」


 俺はゲッコーの魔石を食べると腰につるした剣を抜く。

 リュックは背負ったままだが、ゲッコーの魔石を使えばそのままでも戦える事は分かっている。


 近づくスパイダーを避ける為に、俺は近くの大木を駆け足で登り始めた。


 一瞬にして数メートル程駆け上がると、スパイダーの頭上から剣を振りぬいた。

 引き裂く場所はスパイダーの弱点である腰の部分だ。


 俺は今までずっと魔物から魔石を抜き続けてきた。

 故にどこを狙えば斬りやすいか位はよく分かっている。

 魔石を喰ったおかげで身体には魔力が溢れ、基本能力も向上している。

 更に食べた魔物の特性も使用できるので、今回の様にスキをついて戦う事も可能となった。


 俺が剣を振りぬいた瞬間、スパイダーの身体は二つに分離していた。

 当然、胴体を斬り落とされたスパイダーは活動を停止させている。


「やれる。俺でも魔物が倒せるぞ」


 俺の顔は嬉しさの余りに笑顔になっていた。戦闘中に笑うなんて不謹慎極まりないので、必死に笑みを抑えようとしたが無理だった。

 

 何匹も押し寄せてくるスパイダーの群れを俺達は連携を取りながら十五分程度で殲滅した。


「これで落ち着けるな。もう一度休憩しよう」


 俺もポーションを飲みながらスキルを一旦解除する。

 すると体に疲労感が襲ってきた。

 ポーションを飲んでいたので気付かれなかったと思うが、やはり少々きつい感じがした。


 俺達の周りには三十匹のスパイダーの死体が転がっている。

 しばらく休憩していると、俺達に魔物を押し付けた冒険者達が様子を見に近づいて来ていた。



「相手も気になって顔を出してきたみたいだ」


「そうですね。ですがこの惨状を見れば、手を出した相手がどれほど危険か理解できたでしょう」


「そうだな。リンドバーグの言うとおりだ。今後の為にも奴らに俺達の力を見せつけてやろう」


 魔石を喰った疲労感から魔石を抜かなかったのだが、俺達の強さをアピールする為には丁度良かったかもしれない。


 三十匹のスパイダーの死体の真ん中で休憩を取る俺達の姿を見た冒険者達は脱兎のごとく逃げ出していた。


「あははは。なっさけねーの。逃げるなら最初から手を出してくるなっての」


 ダンが珍しく、まともな事を言っている。

 俺達はその言葉を聞いて吹き出してしまった。


 とにかく洗礼はこれっきりだろう。

 後は俺達は食料がもつ限りB級ダンジョンに潜るだけだ。

 B級ダンジョンを攻略する為にはダンジョンで何日も泊まる必要がある。

 その為の練習として、俺達はこのB級ダンジョンに挑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る