第25話 繁殖期 その3 ダンとギルドのおっさん
村から飛び出したダンは、暗闇の中をラベルから手渡されていた光水晶の淡い光だけを頼りに来る時に通った街道を走っていた。
街道を走っているといっても、踏み固められて雑草などが生えなくなった見栄えの良い地面と呼んでも間違いではない程度。
真夜中で視界も少ない為、ここが草原なのか? 山岳地帯なのか? それさえも解っていない。
ただ走り出した街道だけは外れない様に注意していた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
走り出して二時間が経過した頃、全力で走っていたダンは三十センチメートル四方の石に躓いた。
道の上に石があったなんて気づかなかった。
そして豪快に躓き、道の横へと転がっていく。
道から外れた所は急斜面となっており、そのままダンは法尻部分まで十メートル位の距離を転がり続けた。
「痛てて。やっべ、ドジッちまったな。体の方は…… 痛っ!!」
ダンは立ち上がろうとした瞬間、右足の膝の内側から痛みを感じた。
どうやら転がっている最中に足を捻ったみたいだ。
「足がちょっと痛いけど走れない程でもないな。俺が遅れたらそれだけラベルさん達が危険な目に遭うんだ!」
ダンは気合を入れ直すと、街道に戻り痛む足を無理やり回転させ再び走り出した。
怪我をしてしまった事、そして今が夜で視界が悪いという事が重なり、移動速度はかなり落ちていた。
怪我をした自分の不甲斐なさに涙を浮かべながら、ダンは無言で走り続けた。
★ ★ ★
既に数時間も走り続けているので、身体からは滝の様に汗が流れている。
普段は何も思わないのだが、今は軽装が重く感じ、邪魔で仕方ない。
いっそ外してしまいたいとも思ったが、ギルドの金で買って貰った大切な装備なので、ダンは首を振ってその考えを消した。
一時間程前から、膝の痛みは鈍痛から激痛に変わっており、ラベルから預かったポーションを飲んで無理やり痛みを誤魔化していた。
「クソッ。本当ならもうついている時間なのに!!」
今は予定より大分遅れており、今のペースが続けば、冒険者組合にたどり着くのは昼前になるだろう。
もし応援が遅れた事が原因でラベルが命を失う事になったとしたら!?
「諦めるな!! 今日で足が動かなくなったとしても俺は行かなくちゃいけないんだ」
休憩も殆ど取らずにダンは、激痛が走る足を必死に動かし、再び街に向けて移動を始めた。
ラベル達が必死で準備を進めている時、ダンも村人やラベル達を助ける為に死力を尽くしていた。
★ ★ ★
翌日の昼前、街に戻る事が出来た。
勿論一睡もしていないし、休憩も碌に取っていない。
今の時点で予定より四時間位は遅れているのはわかっている。ダンはかなり焦っていた。
ダンは時間を惜しむ様にギルド会館へと急いだ。
街に入ってからすれ違う人々が、汗だくで足を引きずりながら進む少年を心配して声を掛けようとしたが、ダンの気迫に押され誰も声を掛けられないでいた。
ダンも視線には気付いていたが、相手にしている時間はない。
全てを無視して、ダンはギルド会館へと入って行った。
ラベルの話によれば冒険者組合に到着したら受け付けの人にダンジョンの事を伝えたらいいと聞いている。
ギルド会館に入ると先ず目に飛び込むのが一階ロビーには建物の一面に設置されている長いカウンターだ。カウンターには等間隔で職員がならんでいる。
各列で扱う内容が違うらしいのだが、ダンはどの列の職員に伝えたらいいのか分からない。
ラベルから聞いたが、必死に走り続けてきたのですっかり忘れてしまっていたのだ。
一人ずつカウンターの職員を見ていくと、全員が忙しそうに冒険者の対応していた。
どの職員の前にも長い列も出来ているが、それに並ぶような暇はない。
すると、カウンターの奥からのっそりと歩いてくる
年配の男性職員を見つけた。
肩まで伸ばした髪は白髪なのだが、顔は全然老けておらず若々しい。
昔は冒険者だったのだろう首から顔にかけて大きな傷痕が残っていた。
ラベルよりも年上なのは確実だろう。
忙しく働く職員の横を欠伸しながら通り抜け、暇そうにしているみたいだったので、ダンはその男性職員に声を掛ける事にした。
「おっちゃん! 助けてくれ!!」
「ん? なんだ少年。俺を呼んだのか?」
男性職員はダンに気付き、カウンターへと近づいてきた。
「聞いてくれ!! 村の護衛をしているんだけど村の近くにダンジョンがあって!! それで早く助けないと」
ダンは焦っており、支離滅裂な事を言い出す。
「なんだ、何が言いたい? 話は聞いてやる。まずは落ち着けって」
突然、少年が焦った口調でまくし立ててきたので、男性はダンを一度落ち着かせた。
「誰に言ったらいいか分からないんだけど。俺達はギルドの指示で小さな村の護衛に就いていたんだ。そしたら村の近くでダンジョンを見つけたんだ!! 俺の仲間が二人、残ってくれているんだけど。俺だけが応援を呼びに行けって言われて。これを見てくれ。職員さんに渡せって言われてるんだ!!!」
「村の護衛か…… 繁殖期の護衛任務って事だな。それでダンジョンを見つけたって訳か。その資料とやらを渡してみろ」
男はダンの言葉を一つずつ確認しながら、資料を受け取った。
「急いで書いたんだな…… 殴り書きされているが、状況が手に取るようにわかる良い資料だ。見つけたダンジョンはC級、ダンジョンで生まれる魔物が【ブラックドッグ】」
「俺もダンジョンに入ったんだ。犬の魔物だった」
「今は村人を先に逃がして、時間稼ぎをしている最中か…… 繁殖期は明日からだ。もし本当なら急がないと手遅れになるな」
腕を組んでひとしきり考えをまとめた男性が、ダンに向けて自分の手を差し出した。
「おい。お前のギルドプレートを出してみろ。今から確認してやる」
「わかった!!」
ダンは自分のギルドプレートを差し出した。
「ふむ、ギルド名は【オラトリオ】か? 聞かん名だな。最近できたギルドか? 毎年、幾つものギルドが出来たりなくなったりしているのでな、全部は把握しきれん、すまんな」
ギルドプレートを確認した後、振り返り近くを歩く職員に声を掛けた。
「おい!! 奥の資料室からギルドの名簿を持ってきてくれ」
「えっはい。お待ちください。すっすぐに持ってきます」
男性に声を掛けられた女性職員は走って消えた。
「少年。お前もそのまま待っていろよ」
「うっうん」
男性職員の傍を歩いていた他の職員に資料を持ってくる様に伝えた。
その後、男性職員も何処かへ消えていく。
先に戻って来たのは男性職員の方だった。
男性の手にはタオルと水が入ったコップを持っていた。
「それだけ汗をかいて疲れただろ? これで身体を拭け。あと水分補給の水だ」
「えっ!? いいのかよ?」
「あぁ、相当無理をして此処に戻って来たんじゃないのか? 今の様子を見ただけでも嘘を吐いていないとわかるんだが、これも規則だ。調べる時間をくれ。それと最後に今回のやり取りのを記載した書類にサインをして貰うぞ。もし嘘だった場合はお前も含め、お前が所属するギルドにも罰が与えられるからな」
「嘘なんか吐くわけがないだろ!!」
「そう興奮するなって規則だと言ってるだろ」
しばらくすると職員がギルドの情報を記載された資料を持ってきた。
「オラトリオ…… オラトリオ…… あっあった。これだな、ん? ラベル・オーランド? まさか…… おい。お前のギルドのマスターどんな奴なんだ?」
「どんな奴ッて? わかんねーよ。ラベルさんはラベルさんだ」
「そのラベルってやつはポーターをやっていないか?」
「なんだ。おっちゃんも知っているんじゃないか? そうだよラベルさんはポーターだ」
「やはり間違いないのか? 何故、ラベルがギルドを作ったりしているんだ? アイツはカインの所に所属している筈では?」
「それで、どうなんだよ。直ぐに応援を出さないと間に合わないとラベルさんも言っていたんだ!!」
「ラベルが言うなら間違いないだろうな。任せておけ。直ぐに緊急クエストを発動させる」
「本当か!? ありがとう!!」
「お前には応援の冒険者の案内役をやって貰う必要がある。出発は明日の早朝だ。だから今は少しでも休んでおけ」
「じゃあ、そこで寝ているから、起こしてくれよ」
一晩中走り続けていたダンは既に体力は限界だった。動かない足を引きずり一階ホールの人気の少ない壁際に移動すると、張り詰めた糸が切れる様にバタンと倒れた後、そのまま寝息を立て始めた。
男はその様子を無言で見つめていた。
「おい。すぐにアニールと本部に常駐している治療師を呼べ」
「はい。組合長」
その後、眼鏡をかけた女性職員がやって来た。
長いロングヘアーをした真面目そうで美しい女性だ。
「アニール、今から緊急クエストを発動させるぞ。クエスト内容は【避難中の村人の保護と、放棄した村の奪還。村を奪還した後は追加の応援の冒険者が来るまでの護衛】以上がクエストの内容とする」
「人員や報酬はどういたしましょう?」
「出発は明日の朝。募集人数は三十人。部隊を二つに分けるぞ、一つは村人の護衛に十人。もう一つは放棄した村の奪還部隊に二十人だ。参加する冒険者には報酬として一日金貨一枚を出す」
「金貨一枚ですか。確かにそれだけの高額報酬なら冒険者は揃えられるでしょう。人数に余裕のあるギルドから冒険者を集めさせ、再配置させるにはどんなに急いだとしても四日はかかります。今回の緊急クエストで最低でも金貨が百二十枚は必要となりますが?」
「構わん、やれ! それと時間に余裕が無い。必要な物資や移動の馬車も本部の物から調達しておけ」
「それほど緊急性の高いクエストという事ですね。わかりました、ただちに緊急クエストを出します」
アニールと呼ばれた女性は男に一礼した後、直ぐにその場をさった。
次に現れたのは冒険者組合に常駐している治療師である。
治療師とは病気や怪我をした人を治す職業だ。
薬を作れる者や回復のスキルを所持している者が治療師となっている。
「悪いが、あそこで眠っている少年の治療をしてやってくれ。どうやら足を痛めているようだ。明日には動ける様になって貰わないと困るからな。今回は高級ポーションの使用も認める」
「了解しました。ではさっそく」
治療師は助手にダンを運ぶ様に指示を出し、運ばれるダンと共に奥の部屋へと消えていった。
そして残されたのはギルド長と呼ばれた男だけだ。
「さて、どうなっているんだろうな? カインの奴も襲撃を受けて、今は何処かで療養しているっていう噂も…… あのラベルがギルドを作った件も気になる。ちょっと色々と調べてみるか?」
男はそう言うと笑みを浮かべた。
さっきまでの暇を持て余していた表情は既にない。
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