第24話 繁殖期 その2

 新しく出現していたダンジョンは幸いな事にC級ダンジョンだった。

 B級ダンジョンじゃなかったのは良かったのだが、出現する魔物が悪い。


 ダンジョン内で俺達が確認した魔物は【ブラックドッグ】と呼ばれる犬型の魔物だった。

 強さはC級ダンジョンに出現する魔物の中では上位に位置し、素早い動きと鋭い牙で冒険者を翻弄しながら喰い殺す危険な魔物だ。

 見た目は大型犬と変わらないが性格は狂暴で貪欲、一度見つけた獲物は必ず襲う。

 強靭な牙で相手を貪りつくすまで、自身が殺されるまで追い続ける危険な魔物。

 

 繁殖期に魔物が襲う対象は動物ではなく人間や亜人といった人族だけである。

 昔からダンジョンには意思があり、ダンジョンで生まれる魔物にはダンジョンの意思が影響されていると言われていた。


 今回は戦えない村人との逃避行なので、もし【ブラックドッグ】に見つけられた場合、死ぬまで追い続けられるだろう。

 

 実際、逃げる決断をしたのだが、不安な思いが込み上げてくる。


「ブラックドッグか…… ヤバいな」


「じゃあ、村人達に早く移動して貰うとかは? 夜もそのまま進めばギリギリ街まで間に合うんじゃ?」


「村人達は日頃から鍛えてもいない普通の人だからな、冒険者みたいに重い装備をつけて毎日歩き回ってる訳じゃない。俺達とは基礎体力が全然違うんだよ。それに生活の荷物もあるし、村人の中には数名だが老人の方もいらっしゃる。老人のスピードに合わせてたら一日歩いたって移動できる距離はたかがしれている」


「じゃあ、ラベルさんが最初に言っていたみたいに村の周囲に防護柵を作って、応援が来るまで耐える?」


「それこそ無理があるな。今から侵入防止用の柵を作ったって、押せば倒れる程度の貧弱な柵しか作れないだろう。どこか柵が壊されたら後は全方位から蹂躙されるだけだ」


「じゃぁどうするの?」


「やはり村は放棄して街に避難するしかないだろうな。俺達は魔物の数が少しでも分散する様に手を講じよう」


 当初の予定通り、村人達には街にむかって避難してもらう事にした。


「うん。私に手伝える事があれば言って欲しい」


「すぐ出来る対策としてだな臭い袋の作製ってのがあるんだけど…… リオンが苦手なあれだな…… まぁちょっと臭うけどやってくれないか?」


「臭い袋って? あのダンジョンの休憩の時に使うやつ?」


「あれの元になったやつだ。いつも使ってる煙玉は商人がアレンジを加えて作ったものだ。職人達に作らせていて、作るのに専用の道具もいるし製作の工程が多い。俺が作るのはもっと簡単にできるやつな。ちょっと臭いけど、あれば絶対に役に立つんだ」


「ふぎゅー 本当は嫌だけど、そんな事言ってられないよね。解った…… 任された」


「リオンならそう言ってくれると思っていたよ」


 俺はリオンに臭い袋の作り方を教える。

 使用する材料は草木の煮汁と油、爬虫類などで、村の周辺の地図を作っていた最中に一通りそろう事は確認ずみだ。

 

 しかし今日はもう暗いので、太陽が昇る時間に合わせて材料を採取する予定だ。

 なので今日やれる事は殆どない為、戦闘職のリオンを先に休ませた。

 繁殖期になれば、リオンが必ず一番過酷な状況に身を置く事となる。

 だから休める内に少しでも休んでほしい。


 その後、リオンが眠りについた事を確認した俺は暗闇の森に入り、即席の罠を何個か仕掛けていた。

 この罠は魔物対策ではなく、森に生息する動物を狩る為の罠だった。

 幾つかの罠を設置した後、俺も休む事にした。

 今からなら俺も二時間位は眠れるだろう。


 こうして一日目が終わった。



★   ★   ★




 二日目の朝、俺とリオンは臭い袋を作製するのに必要な材料の採取を始める。

 

 それと同時に荷造りの済んだ村人達には、村から首都に向けて出発して貰った。

 繁殖期は明日なので、少しでも距離を伸ばして貰いたい。

 

 村人の出発前に俺は彼達の様子を確認する。

 村人達は村に三台ある大きめの台車に荷物を山積みしていた。

 単純計算で一つの台車に十人分の荷物が載っている事になる。

 一カ月間も村から離れる可能性があるんだ。

 金目の物から衣服までと荷物の数が多くなるのは仕方ない事だろう。

 歩けない老人とかも台車に載るとの事なので、台車はかなりの重量となっていた。

 

 村人二人掛かりで一台の台車を引きながら進む事になる。 

 もちろん街道は平坦ではなく坂道や下り坂、路面の状態の悪い場所もある。

 今の状況では一日に進めても十キロメートル~十五キロメートルが限界だろう。

 首都までの距離は五十キロメートル位あるので、単純計算だけでも最低三日は掛かると予想する。


 俺達が準備している間に、村人達には少しでも距離を稼いでもらいたかった。


「村長さん、すみませんが。打ち合わせ通りでお願いします」


「分かりました。ですがラベルさん達も無理はしないでください」


「当然です。でもやれる事はやらせて頂きます」


 この村に来るまでのルートを刻んだ地図を村長に手渡し、俺はルート通りに進むように村長にお願いしている。

 この地図と同じ物をダンにも渡している。

 もしダンが冒険者を連れて来てくれるなら、必ず何処かで出会うだろう。


 繁殖期でない限り魔物に襲われる心配もないし、保険として撃退用のアイテムも幾つか渡している。

 それに繁殖期に入ったとしても俺達が追い付ければ村人の被害は少ないと考えた。

 

 一応、村にいた狩猟をして生活していた男性に村人の事は頼んでいる。

 

 全てを二人で賄えるならそうしたいが、それは不可能だ。

 申し訳ないが、村人達には命が助かる確率を自分達で上げて貰う。


 数時間後には臭い袋に必要な材料も揃い、そのままリオンは臭い袋の製作に入ってくれた。

 全ての材料を鍋にぶち込みドロドロになるまで煮込むのだが、製作途中でも物凄い臭いが発生する。

 完全防備で臨んだリオンであったが、予想以上の異臭に悲鳴を上げながらも、必死に臭い袋を作り続けていた。




★   ★   ★




 その間に俺はリオンの元を離れ再び森の中に訪れていた。

 そして昨日の夜に設置した罠を一つずつ確認する。


「おっ、かかってるぞ」


 幾つかの罠には肉食の大型の動物が掛かっており、足を固定され動けない状態だ。

 俺は罠にかかった動物を仕留め、血抜きを行う。

 

「悪いな。俺達が生き残る確率を上げる為なんだ。許してくれよ」


 血抜きが終わった後は、ナイフで皮を剥いでいった。

 皮を剥いだ後の肉は、近くの小枝を拾って全部を焼いておく。

 

 焼いたのは腐って傷むのを防ぐ為で、俺が必要なのは剥いだ皮の方だった。


 まず剥いだ皮を近くの川に持っていき、丁寧に洗う。

 洗った皮の水気を魔石を加工して作られている乾燥用の魔法石で取り除き、俺はリュックの中から平たい別の魔法石を取り出した。


 これは革職人が使う為に加工された魔法石である。


 ふつう革を作る時は

 1.【水漬け】

 2.【裏打ち】

 3.【脱毛】

 4.【分割】

 5.【垢出し】

 など合計で二十を超える工程を経なければ作れない。


 しかしこの魔法石を使うと、それらの工程を魔力によって強制的に短縮する事ができる。

 俺が魔法石を起動させ洗った皮の上を滑らせていくだけで、勝手に毛が抜け落ちていった。

 正規の工程で作った革製品より、強度も弱く、かなり品質は落ちるのだが、緊急な防具の修繕などの時に使ったりできる便利な道具だ。


 今回の繁殖期の護衛で、二人の防具が傷んだ時にすぐに直せる様にと持ってきたのが正解だった。


 俺は魔法石で革を何枚か作り上げると、裁断し縫い合わせていく。

 数時間かけて俺は幾つかの装備を作り上げていた。 


「これでいいか。何とか間に合ったな」


 俺は出来上がった装備を満足気に見つめた。




★   ★   ★




 村に帰ると、村には【臭い袋】特有の生臭い臭いが充満していた。

 その臭いを嗅いでちゃんと出来ている事を確信した。


「この臭いは苦手だって言ってたのにリオンも頑張ってくれた様だな。さてこれは何としても逃げきらないとな!」



 俺はリオンの元に急いだ。

 

 作業用の小屋に入ると、顔の下半分を長布でグルグル巻きにしたリオンが出迎えてくれた。


「よく頑張ったな。臭いを嗅いだが上手く作れていると思うぞ」


「ほんと? やったー」


 苦手な臭いにやられて疲れ果てているのかと想像していたが、リオンは意外と元気であった。


「大丈夫か? 臭いで気持ち悪くなったりしていないか?」


「最初は気持ち悪くもなったけど、今は慣れたから平気。臭いを嗅ぎすぎて鼻がおかしくなっちゃったのかな?」


「慣れたのかもしれないな。それならもう大丈夫だ。この臭いに慣れておけば今後の冒険者生活にゆとりが生まれるからな。これは思わぬ収穫だったな」


「そうなの。それなら嬉しいけど…… ちょっと複雑」


「あっそうだ。臭い袋の件は一先ず措いておいて、リオンこの装備をつけてみてくれ」


 俺はそう言いながらリュックから先ほど製作した革の防具を手渡した。

 

 装備は首回りと肘までを保護する為、襟を付け肘までの長さで調整した短めのローブが一つ。

 それとお尻と太ももを保護する為のスカート状の装備が一つだ。

 

 どちらも動きを阻害しない様にゆとりを持って作ってある。

 ローブとスカートと聞けば可愛くおしゃれな物をイメージする者が多いだろうが、所詮はおっさんが即席で作った見栄えも悪い装備だ。

 

 ただリオンの今の装備は隙間の多い軽装である。


 胸全体と手首から肘まで、そして膝から足首の間は守れているが、それ以外の場所は無防備だった。

 今回の戦闘中、【ブラックドッグ】に無防備な所を喰いつかれるかもしれない。

 この装備が少しでも役に立てばいいと思う。


「えっ私に? 貰ってもいいの?」


「あぁ、素人の俺が即席で作った不細工な装備だけど、在ると無いでは生存率は大きく変わる筈だ。遠慮なく装備してくれ」


「ラベルさん、ありがとう。私、今までプレゼントとか貰った事なくて……」


 リオンは俺から装備を受け取ると大切そうに胸に抱いた。


 その後、装備してもらった姿を見せて貰うと、俺の予想通り、首、肩、上腕とお尻、太ももが守られる形となった。


「リオン、どうだ変に思う所はないか?」


「へっ? はっ? 違和感!? 全然無いよ。ラベルさんどう……かな? 似合ってる?」


 嬉しそうに装備を着て上機嫌でクルクル回っていたリオンは声を掛けられ驚いていた。


 それに似合ってると聞かれても、単なる革の装備だろ……


「あぁ、いいんじゃないか?」


 そう答えておいた。


「やった」


 リオンも喜んでいるようで良かった。


 これでリオンの身体の大部分が保護されるようになった。

 この装備は革を三重に重ねて作っているので、ブラックドックの牙と言えども、多少は防いでくれる筈だ。


「リオン。時間はまだある。次の手を打ちに行くぞ。手伝ってくれるか?」


「うん。任せて」


 出来る事は何でもやっておく、そうでなければポーターの俺が今日まで生きてこれなかっただろう。

 俺達はその後、幾つかの仕込みを終えて短時間の眠りについた。

 

 こうして二日目も終わり、明日は三日目、最悪の繁殖期がやってくる。




★   ★   ★




 一方、助けを求めて街へと向かったダンも必死に冒険者組合を目指していた。

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