第13話 カインの救出 その2

 案内された会場の周辺は損傷が激しく、ひと目見ただけで激戦が繰り広げられたと想像するのは容易い状況だ。

 魔法の攻撃で高木は膝の高さまで燃えていたり、半分位からへし折られたりしている。

 地面には大きく抉ったような跡が至る所に残っていた。

 会場の外壁は崩れ落ち、今にも倒壊しそうな感じにも見える。


「これは……酷いな」


 スクワードは意識せずに呟いていた。


「はい。それ程までに苛烈な襲撃でした。我々は襲撃犯を必ず見つけ出し、完膚なきまで叩き潰すとお約束いたします」


 案内役の冒険者は悔しそうにボロボロになった建物を見つめていた。


「襲って来た奴を何人かは捕まえているんだろ? 何か吐かなかったのか?」


「捕まえた者は全員が自害しました。どうやら行動を起こす前から体の中に何か仕込んでいたと思われます」


「用意がいいな。そこまで手が込んでいると、かなり大きな組織かもしれないな」


 スクワードは視線をシャルマンの方へと向けた。

 言わなくても分かっていると言いたげにシャルマンが頷いていた。


「そうね。さっそく敵のアジトを探ってみましょう。ログターノ、貴方の出番よ」


「隊長。任せてください。まずはマスター達が話し合っていた会議室に行きましょうか」


 ログターノはそう言うと、勝手に建物の中に入って行く。

 初めて来る建物の筈なのだがログターノは他の部屋には目もくれず、真っ直ぐに一番奥の部屋の扉に入って行った。


 入った部屋は一番損傷が大きく、壁はほとんど崩れ去り、外から室内が丸見えの状態だ。


 部屋の中でログターノがスキルを使用すると瞳が青く光りだした。


「駄目ですね。聞いていた通り、転移で飛ばされています。ここから先は追えません。すみません。とらえた男の遺品ってありますか?」


「取ってあると思いますが、一体それで何をするつもりで?」


「追跡ですよ。追跡。飛ばされたマスター達を探し出すのに使うんです」


「はぁ…… 分かりました。幹部に許可を貰って、持ってきます」


 案内人の冒険者は一旦その場から戻ると、一着の服を持ってきた。

 ログターノは服を触ったり、顔を近づけたりしていた。

 次に空中をジッと見つめ始めた。


「見つけた。追いますよ」


 ログターノの声にシャルマンが反応した。


「全員、抜剣!! 今から襲撃者達を追い詰めるぞ」


「はっ」


 全ての冒険者が抜剣すると、ログターノの後をついて歩いて行った。


「彼は一体何者なのですか?」


 案内人の男がスクワードに尋ねてみる。


「俺達のギルドメンバーだよ。魔力残滓を読み取るレアスキルを持っているんだ。魔力残滓は人や魔物の体から自然に溢れ出しているらしくてな。その残滓は一つ一つ色や波長が違うらしい。臭いと違って魔力残滓は十日程度なら残っているから逃げた魔物を追ったり、迷子を捜したりと便利な男だ」


 一時間程歩いた町外れにある一軒家の近くで立ち止まる。


「見つけました。あの家です。どうしますか?」


「おし、それじゃ。建物の裏側にも人員を割いて逃げ道を封じた上で突入するか?」


「それがいいわね。私とスクワードが正面から突入する。お前達は家の周囲を抑えろ。逃げ出す者は取り逃がすな」


「「了解!!」」


 シャルマンのパーティーは普通の冒険者パーティーの様な仲間感覚ではなく。

 シャルマンを頂点とした軍隊や組織の様なパーティーであった。


 すぐに建物の包囲は完了し、スクワードとシャルマンがそっと扉を開けて家の中に飛び込んだ。


「なっ なんだこれは」


 入った早々スクワードの目が見開く。


「もう争った後の様ね」


 外からは分からなかったが、家の中はボロボロに破壊されていた。

 十人程度の死体が転がっており、全ての部屋を調べてみたが生きてる者は一人としていないようだ。


 シャルマンがログターノに声を掛けて建物内に呼び寄せた。


「マスターの魔力残滓があります。どうやらこの戦闘にはマスターが関わっている可能性が高いです。どこかに移動していますね。追えますが、どうしますか?」


「勿論、追うぞ!!」


「私の予感が当たりそうだわ……」


 シャルマンはボロボロとなった戦場を見てそう呟いていた。

 ログターノの案内で数キロメートル程歩き、別の建物に案内された。

 

 中に突入してみると建物も先ほどと同様に壊滅状態だった。

 更に残滓は続いているらしく、再び追跡が再開された。

 次の建物もボロボロに壊滅されていた。


 アイスバードは大きな街で家も数万軒は存在する。

 襲撃犯は一体幾つの隠れ家を持っているのだろう。

 次の場所に向かう道中、シャルマンは隣を走るスクワードに声を掛けた。


「ねぇ、スクワードおじさん。私が最初に言った言葉覚えている?」


「もちろん覚えているぞ。流石は親子だよ。これはもう確実だ。きっとカインが暴れているんだろう」


「そうね。次で追いつければいいんだけど」


 スクワードは既に微塵も心配していなかった。


 そして次の建物に入って一番奥の部屋、そこでは戦闘の真っ最中だった。

 一人は精悍な顔で引き締まった上半身むき出しにした男。

 男は片手で剣士の首をつかみ上げ放り投げようとしていた。

 その男はギルド【オールグランド】のギルドマスターのカインだ。

 

 他にも飛ばされたもう一人のギルドマスターもいる。

 名前をアイシャといい。眼鏡をかけた高齢の女性で、風の魔法を操り相手を壁に吹き飛ばしている。

 魔法のエキスパートだが相手に幻影を見せるスキルも使える歴戦の冒険者である。

 

 よく見れば既に彼等の足元には三十人近い男達が転がっていた。


「ねっ言ったでしょゴリラだって」


 シャルマンは自分の父親を指さして、呆れ顔でスクワードに視線をむけた。


「そうだな。俺にもカインがゴリラにしか見えない」


 俺達に気付いたカインは元気そうで傷一つなかった。


「よぅ、スクワード。遅かったじゃねーか。なぁタバコもってねーか? もう何十時間も吸ってなくてな。ニコチン切れで結構ヤバかったんだよ」


「無事か!?って聞く方が野暮な状況だな。無事なら連絡位してくれよ。信じていたが、これでも心配したんだぜ」


「悪い、悪い、突然、転移されちまってな。飛ばされた場所にいた奴らから無理やり情報を引き出して、芋づる式に組織を壊滅させていたんだよ」


「怪我人はいないって事でいいんだな」


 スクワードはカインに近づきながら、腰のポシェットからタバコを取り出すと、カインの口に差し込み、魔法で指先に火をつける。


「あぁ、俺もあっちのばあさんも傷一つないぜ。おっと悪いな。うっめぇぇぇ。くぅぅぅ生き返るぜ!」


「誰がばあさんだって!? 死にたいのかいカイン? それに私はタバコの煙が苦手なんだよ。煙がコッチに流れる。風下に行け!! シッシッ!!」


 アイシャが煙たがりながらカインに文句を言う。

 

「おう。悪かったなアイシャ。なっ言っただろ。俺の仲間は優秀だって!!」


 カインは勝ち誇った顔で、アイシャに自慢していた。


「ほんとだね。それに引き換えうちの奴らはだらしないねぇ…… 帰ったら本気で鍛え直さないと行けないね」


「あっそうだ。言い忘れていた。スクワード、俺達が戦っている時に聞き出したんだが、俺達を襲ったのは各国が手を焼いている【黒い市場ブラックマーケット】の手の者だ」


「【黒い市場ブラックマーケット】だと!! 間違いないのか?」


「そこのばあさんのスキルで情報を聞き出したんだから間違いない。どうやら何かデカい事をやらかすつもりらしい。それと各国のギルドにも内通者が紛れ込んでいるみたいだ」


「アイシャ様のスキル…… 奴らは体の中に何か仕込んで、捕まった時に自害するって聞いていたのだが…… 流石だな」


「それでだ、俺達が大けがをして動けないと嘘の情報を流して敵を泳がせる事にした。目撃者は全員ぶちのめしているから相手に情報が洩れる事もない。奴らが油断して気が緩んだ所で尻尾を掴む。この際だ徹底的に叩き潰してやる」


「お前自身が拠点を幾つも潰しまくったのに、そんな情報を組織が信じると思うか?」


「俺に考えがある。何人かはばあさんの魔法で眠らせているんだが、スキルで記憶をすり替え話の辻褄を合わせる。証人がいれば組織の連中も信じるだろう。それにだ内通者を見つけ出して、そいつらにも情報を流す。どうだ?」


「それならいけるか…… わかった。さっそく準備をする」


 スクワードとの話を終えたカインは、スクワードの後ろに立つシャルマンの傍に近づいた。


「アリス、来てくれたんだな。心配をかけた」


 カインは戦闘中の野獣のような鋭い顔つきから、父親の優しい顔立ちに変わっていた。


「心配してなんかいなかったわ。お父さんが誰よりも強いって知っていたから」


 シャルマンも仮面を着けて自分を偽っているにも関わらず、無意識のうちに素の自分に戻っていた。


「お前にも頼みがある。俺が自由に動けない間、街に戻って、内通者を見つけ出して欲しい」


「わかったわ。必ず見つけ出して今回の事を後悔させてやるわ」


「後、母さんにも説明しといてくれ。帰りが遅くなりそうだってな。連絡が遅れたら後で怒られちまう」


「そうね。私もとばっちりを受けたくないからちゃんと説明しとく」


「おう、頼んだぞ。さて面白くなってきやがった。久しぶりの大捕り物だ。ダンジョンで言えばどの位の難易度だ? S級ダンジョン位か?」


 カインはそんな事を言いながら笑っていた。


 翌朝、【氷原の王者】のギルドホームに血塗れの状態となった二人のギルドマスター達が運び込まれる。

 ギルド内は一時、騒然となった。


 その後、一命を取り留めたが長期間の治療が必要だとの噂が回る。

 襲撃者の再度の襲撃を恐れて、治療場所は秘匿とされていた。

 後、幹部のスクワードはマスターの警護の為に【氷原の王者】に残っていると。


 その情報はシャルマンによって、【オールグランド】にも持ち込まれる事となった。




★   ★   ★




 カインを救出して数日後、シャルマンが【オールグランド】に戻る日の朝。

 シャルマンはスクワードに声を掛けられた。


「シャルマン、ちょっと待ってくれ」


「何?」


「ギルドへ帰った時に、ついでに様子を見てきて貰いたい者がいるんだ」


「別に良いけど…… 一体誰の様子を見てくればいいの?」


「実は騒動の前にギルドで……」


 スクワードが頼んだ事はラベルの様子を見てきて貰う事だった。

 カインの無事を確認したので、ふと心配になったみたいだ。


「わかったわ。それじゃそのラベルって人がどんな様子か見てきて、報告させればいいのね。それにしてもスクワードのおじさんが心配するなんて…… その人ただのポーターなんでしょ?」


「おいおい…… 意外だな。まさかお前がラベルの事を知らないとは」


「意外? 私がそのラベルさんの事を知らない事が?」


「あぁ、だってラベルはお前のお父さんとお母さんのパーティーに所属していたんだからな」


「えっ!? お父様達と同じパーティーって…… じゃあそのラベルって人はSS級の?」


「あぁ、ラベルはこの世界で唯一残っている現役のSS級冒険者だ。まっ本人はポーターは冒険者じゃないと馬鹿げた事を言っているがな」


「冒険者組合で閲覧できる資料にもラベルって名前は無かったわ」


「お前はカイン達がSS級ダンジョンを攻略した時のパーティーメンバー覚えているのか?」


「勿論よ、お父様とお母様、それから……」


 シャルマンは計五人の名前をあげる。


「資料通りだな、しかし正確に言えば一人足りないんだ。本当は全員で六人いる。六人目がポーターのラベルなんだよ」


「六人目? ポーター? そんな人がいたの?」


「昔からそうなんだが、冒険者達はポーターを馬かなんかの荷物持ち程度にしか見ちゃいない。その事はカインも嘆いていたんだけどな。冒険者組合で発行される冒険者プレートも形が違うだろ? あれは書いてある内容が違うんだ。名前以外にも所属ギルドやA級やS級と言ったランクが記載されている。だけどポーターのプレートにはランクが無いんだ。ポーターは全員が一括りとされ、冒険者として認めてられていない」


「言われてみればそうよね」


「ポーターは不遇職なんだよ。冒険者より下に見られ、替えは幾らでも転がっていると思われている。だから冒険者組合もポーターを冒険者と区別している。冒険者と見られていないから何処のダンジョンを攻略したとしてもポーターの名前が記録として刻まれる事はない」


「そんな酷い」


「確かに酷い。それが今の現状なんだ。カインもそれを変えようと必死に訴えかけている」


「お父さんが……」


「まっカイン達がSS級ダンジョンを攻略したのは二十年近く前の事だ。当時なら一緒について行ったポーターがいる事を知っている冒険者がいたとしても、その多くは既に引退しているさ。しかもラベルも自分からは何も言わないときた。それじゃ名前が広まる訳がない」


「そうだったのね」


「兎に角だ。普通のポーターがSS級ダンジョンに潜って攻略して無傷で帰ってこれる筈がないだろう。俺やカインも認めているのに、幾ら言っても全然聞きやしない。お前の親父もそうだが、特別な奴らは変人ばかりで凡人の俺には理解出来ん。どうだ興味が湧いただろ?」


「えぇ、とても…… 父様も母様も昔の事は余り話してくれなかったから…… それにそのラベルって人、一度も私の家に来た事もないし」


「ラベルの奴は買い出し以外はほぼ毎日ダンジョンに潜っているからな」


「わかったわ。私が直接その人の事を見てくる」


「ラベルは自分の事を話されるのを嫌がっていたから、それでカイン達も話さなかったのかもしれない。それでだ、もしラベルが困っていたら陰ながら助けてやって欲しい。ハンスの馬鹿野郎が無茶をしてなければいいんだがな」


 スクワードの懸念は当たっていた。

 その時点でラベルはギルドを追放されていたのだから。

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