第11話 ハンスの失墜
レミリアとシャーロットも前衛に回された当初は余裕があった。
その理由として、一度は攻略した階層だという事。
当然、出現する魔物とも戦っているし苦戦した記憶も残っていないからだ。
しかし二、三回、戦闘を終えた位から彼女達の顔色が少しずつ変わってきていた。
「俺達は地上の魔物を殲滅する。レミリアとシャーロットは空の敵を頼むぞ」
「了解。任せて頂戴。この魔物の事なら覚えているわ。私の魔法なら一撃で倒せる筈よ」
簡単な連携の打ち合わせを行った後、レミリアは詠唱を始め、ユニオン達は前方の魔物に突っ込んでいった。
空には無数の鳥の魔物が舞い、獲物を見定めると長く尖った嘴でユニオン達に襲い掛かる。
「させないわ!! 広範囲殲滅魔法エリアバースト」
レミリアの手から無数の火の玉が飛び出し、空から襲い掛かってきていた五匹の魔物の群れに向けて発射される。
高速で飛ぶ火の玉は魔物に着弾し、全身を焼き始めた。
シャーロットも自分の魔力を込めた矢を放ち、魔物を貫いていた。
「ふんっ。余裕だわ。この魔物は何となく覚えている。確か私の魔法なら一撃で死んで…… えっ!? 死んでない?」
魔法による炎が消えた後も魔物はまだ生きていた。
けれどダメージを負っているのは間違いなく、一旦逃げる様に上空高く舞い上がっていく。
思っていた結果と違いレミリアは困惑した。
それはシャーロットの方でも同じだった。
「どういうことだ?」
シャーロットも不思議そうに首をかしげていた。
空中高く逃げた魔物達は態勢を整え、再度攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃に合わせてもう一度魔法や矢で攻撃すると今度は倒すことが出来た。
「私の魔法じゃ、一回の攻撃で倒しきれないって事なの?」
「不味いな…… 私も同じだ。今後も一回で倒せないとしたら、魔法を使う回数も増えるし、空をずっと警戒してないといけない」
シャーロットの懸念は見事的中し、階層を攻略するまでずっと続く事となる。
二人は絶え間なく繰り返される戦闘で、確実に敵が強くなっている事を実感する。
「S級冒険者の私達でもギリギリなのに、前衛に配置されたA級の彼等ではもっと厳しいだろう」
シャーロットは疲弊しているA級冒険者達を見つめながら呟いた。
その後、十時間掛けて階層を攻略した時には、二人は魔力も精神力も使い果たしボロボロとなっていた。
魔力はポーションで回復出来るが、疲れ果てた精神はポーションで回復出来ない。
二人共、ゼェゼェと荒い息を吐き、綺麗だった装備は泥や傷でかなりみすぼらしくなっていた。
横に侍らせていたレミリアは頬はやつれて、一気に歳をとった様にみえる。
階層は何とか攻略出来たが、このまま進むのは危険だと判断しハンスは小休憩を取る事にした。
★ ★ ★
「レミリア、シャーロット。 どうしてお前達がボロボロになっているんだ? 前回はこんなに苦労してなかっただろ?」
「何かがおかしいのよ。どうやら魔物が前回よりも強くなっているみたいなの」
「魔物が強くなっているだと!! そんな話聞いた事が無いぞ」
「間違いない。前回の戦闘は覚えている。私の矢でさっきの階層の鳥は確実に一撃で倒せていた。なのに今回は倒すのに二回の攻撃が必要だった。それはレミリアの魔法でも同じだった。今回は前回と何かが確実に違う!! ハンスも注意した方がいい」
シャーロットの忠告を受けて、ハンスは困惑していた。
そして恐怖がハンスを襲う。
シャーロットが言うように、魔物が強化されていた場合、簡単には進行出来ないかもしれない。
もしも今回のレイドが失敗する事になっては国中の笑い者であると。
信頼しているパーティーメンバーの意見を聞き入れ、やっと今が危険な状態だと認識した。
「次の階層から俺も前にでる。俺が自分の目で確かめてやる」
対策を打つにしても、自分で体験しなければ分からない。
ハンスはユニオンのパーティーを中衛に回し、自分の主力パーティーを前衛に入れ替えた。
★ ★ ★
二十六階層は大迷宮へと姿を変えていた。
大きな通路は幅十メートル、高さは五メートル以上はあるだろう。
現れる魔物は土で形成されたゴーレムの軍団だ。
もちろんこの魔物の事をハンスは覚えていた。
「フレイア、魔物を引き付けてくれ」
「任せて!! スキル発動オーバーガード!! スキル、オールキャストアイ」
フレイアは自身の防御力を上げるスキルと、一定範囲内の魔物の注意を自分自身に向けさせるヘイトのスキルを同時に使用する。
フレイアが敵を引き付けている間にハンスが敵を殲滅する。
これはハンスパーティーの鉄板戦術の一つだ。
フレイアは下方部分に鉤が付いた大楯を地面にぶっ刺し、しっかりと地面に固定する。
ヘイトの影響を受けたゴーレム達は一斉にフレイアを攻撃しはじめた。
ゴーレムはその巨体の体重を乗せたパンチをフレイアの大盾目掛けて放ってくる。
フレイアは盾の後ろで足を踏ん張りながら必死にゴーレムの攻撃を耐えていた。
「嘘でしょ!? 攻撃が強すぎるよ。そんなに長くは保たない!! ハンスさん早く仕留めて下さい」
攻撃を受け始めて数十秒後にはフレイアが叫んでいた。
前回のアタックの時はもっと余裕があった筈だ。
やはり何かがおかしい。
ハンスは一瞬だけ考えたが、今はその思考を外に捨て去り、抜刀した剣を振り被って剣に魔力を流す。
ハンスはスキルの力によって、武器の攻撃力を上げる事ができる。
込める魔力の量によっては岩でも軽く斬り裂く事が可能だった。
魔力を流し終えた剣でハンスはゴーレム達を斬りつけていった。
一回の攻撃では倒しきれず、数回斬り付けないと魔物は倒れてくれない。
「堅い!? 防御力が上がってる?? 一体どういう事なんだ? レミリア達が言っていた様に確かに強くなっている」
倒せない事はないのだが、魔物が前回よりも強く感じるのは確かだった。
しかも反撃をされた時、しっかりと防御をしていたのにも関わらず、吹き飛ばされたのには驚いた。
「くそったれがぁぁぁ、どうなってやがる? 体が重い、思うように動かんぞ!!」
なんとか立ち上がり、再び戦闘を開始する。
「そう言えば、前のアタックから一度もダンジョンに潜っていなかったな。まさかたった数カ月で身体が鈍っちまったっていうのかよ? ちくしょー こんな事ならレイドの前に肩慣らしをしておけばよかった」
ハンスはそう考えていたが、答えは全然ちがっていた。
前回はラベルのスキル効果により、能力が向上していたのである。
「嘘よ。こんな筈じゃないわ!!」
レミリアもまた同じ事を考えていた。
倒せない事はない。
けれどどの戦闘も余裕は全く無く、ギリギリの勝利ばかりだった。
メンバー達は不安を抱えながらも更にダンジョン攻略を進めていく事となる。
★ ★ ★
それから三時間後、ハンス達は防戦一方となっていた。
「違う! 違う!! 違う!! どうしてこうなるんだよおぉぉぉ。死ねよ、死ね。なぜ倒れないんだぁぁ」
ゴーレムに向かって必死に剣を振り回すハンスの体力は底をつきかけていた。
休憩を取りたかったのだが、魔物が絶え間なく出現し、一度も休んではいない。
もう幾つポーションを飲んだのかさえ覚えていなかった。
乱戦状態の中、倒した魔物の死体に足が引っかかり転んでしまった。
その隙をつかれて魔物の一撃をモロに受けてしまう。
幸いダメージはそれ程でもなかったが、周囲をよく見ると倒した魔物の死体がそこら中に転がっており、足場が悪くて魔物に集中できない。
ハンスは苛立ち大声で叫びだした。
「おい、糞ったれポーター!! 魔物の死体から魔石を抜いて早く灰に変えろよぉぉぉ!! 動きづらくて仕方ねぇぇだろうがぁ、それにこっちはダメージを受けているんだぞ。早く回復ポーションを寄越さないか!!!」
「ひっぃぃぃぃい」
「何で言われないと動けないんだよ。それじゃ遅すぎるんだよ。戦況を見ていたら分かるだろうが、役に立たないなら置いていくぞ」
「ひぃぃ。助けて…… 死にたくない」
ポーターの様子が変だったので、視線を向けてみると恐怖で腰を抜かして動けない状態だった。
「ひいぃいぃぃぃいぃ」
涎を垂らし、四つん這いの格好で戦場から逃げ出そうしており、既に気が狂っている様子だ。
「正気を失いやがったのか、糞ったれがぁぁぁぁ」
パーティーの為に用意した全てのアイテムは、ポーターが背負っている巨大なリュックの中に全部入っている。
もしここでポーターが居なくなれば、ハンス達は回復手段を失い
魔物に蹂躙されてしまう。
「ちくしょぉぉぉ。前回と一体何が違うって言うんだよぉぉぉぉ。俺が何をやったんだ? 誰か教えてくれぇぇぇ!」
ハンスは訳も分からず叫んだ。
もう既に前線は崩壊していると言っても良かった。
他のパーティーメンバー達も防戦一方で誰の助けも期待できない様子だ。
そして自分の目の前には三体のゴーレムが殴りかかろうとしていた。
「嘘だろ…… 俺はこんな所で死ぬのか? 嫌だ。嫌だ。死にたくない!! 俺はこんな所で死ぬ男じゃないんだぁ」
そして死を覚悟した瞬間。
ハンスの背後から物凄いスピードの拳大の石が顔ギリギリの所を通り過ぎる。
石はそのまま魔物にぶち当たり、ゴーレムの腕を弾き飛ばしていた。
「大丈夫か!? 助けに来たぞ!!」
その声と共にユニオンのS級の冒険者パーティーのメンバーが戦場へとなだれ込んできた。
ユニオン達の応援で九死に一生を得たハンス達は何とか戦況を覆し、ゴーレムの群れを退ける事に成功した。
そしてその場所で拠点を作り、今後の事を打ち合わせる事となった。
★ ★ ★
「おい。一体どうなっているんだ? お前達が主力パーティーじゃなかったのか? それにしては防戦一方だったじゃねーか!! その体たらくでこの先も戦っていけるのかよ!?」
ユニオンはここぞとばかりにハンスを責め立てた。
実際に死にかけて助けて貰ったハンスは言い返す事が出来なかった。
ただ下を向いていた。
隠した顔には悔しさが滲みでていた。
「黙っていないで何とか言えよ。今回のレイドはもう駄目だ。俺は提案するぞ。ここで引き返すべきだ」
その言葉を聞いて、ハンスは全身の力が抜ける気がした。
伸ばした手が後もう少しで、夢の称号に届きそうだったのに、ここで諦める訳には行かない。
「前回のアタックから一度もダンジョンに潜っていなかったから、どうやら体が鈍っていた様だ。迷惑を掛けたがもう大丈夫だ」
無理やり表情を作り直して、縋る想いで言い訳を口にする。
「はぁ? お前、本気で言っているのか? 出来ない事を分かって挑む事を愚行って言うんだ。ハッキリと言うが、俺にはこのメンバーでこのダンジョンを攻略できる気がしない。勝手に先へ進むなら止めないが、俺達はここで引き返させてもらう」
「なっ!? ユニオン、貴様本気で言っているのか? マスターの俺の指示に従わない場合はギルドから追放されたって文句は言えないんだぞ!!!!」
ハンスは声を荒げて怒鳴り散らした。
しかしいくらハンスが声を荒げてみても、ユニオンには届いていない。
「ハンッ。好きにすればいいさ。俺のパーティー以外にも前衛にいたパーティーも同じ意見だ。進むならお前とリンドバーグのパーティーだけで進むんだな」
ハンスは歯を力一杯、噛み締める。
力が入りすぎて、奥歯が砕けて口には血がたまっていく。
ハンスにも解っていた。
ここでユニオンが抜ければ、ハッキリ言って先に進む事は不可能だと。
そして実際には数十秒の時間、けれどハンスにとっては数時間にも感じる長い時間を考え抜き……
「レイドは…… 失敗だ。……帰還する」
ハンスは力を無くした様に、帰路に就く事を決めた。
ユニオンは勝ち誇った表情を浮かべた後、驚くべき言葉をハンスに言い放つ。
「なぁ、ハンス。俺は後ろから見ていて思ったんだけどよ」
「……」
「お前って本当に四十階層まで攻略したのか? どうせ嘘なんだろ? 実際、ここじゃ力不足だ。ハッキリ言って平凡で弱すぎる。今のお前じゃA級冒険者がお似合いだぞ」
ハンスにとっては最も言われたくない言葉だった。
自分を否定される事がこれ程、悔しいとは思ってもいなかった。
怒りで気がおかしくなるんじゃないかと思った。
「ゆっ許さんぞぉぉ。きさぁぁぁまぁぁあぁぁ!!」
そしてハンスはその場で抜刀をしようと腰の剣に手をかけた。
「ハンス様!!! ここは辛抱してください。 次回こそ。次回こそは必ずこのダンジョンを攻略しましょう。ここでユニオンさんに手を挙げればギルドはバラバラになってしまいます。そうなれば、もう二度と挑戦する事もかないません!!」
体を張ってリンドバーグが止めていた。
ハンスもその事を理解し、拳を何度も地面に叩きつけ無理やり怒りを収めた。
その後、ハンス達は帰路でも魔物達に苦戦を強いられ、死人こそは出さなかったが、全員がボロボロの姿となって地上へと生還した。
ハンスがダンジョンの攻略を失敗したという情報は瞬く間に国中を駆け巡る。
レイド出発前に偉そうな演説を行っていた分、記者や詩人達に面白可笑しく話を脚色された。
国内最大のギルド【オールグランド】は地に落ちたと、冒険者達の笑いのネタとされていた。
今回の失策でギルド内でのハンスの人望は急落し、更に発言力も半減してしまう。
ギルドのメンバー達からは陰で【口先だけのハンス】などと呼ばれ馬鹿にされる事となる。
徹底的に打ちのめされ、失意のどん底に叩きこまれたハンス。
街に戻った後、ハンスは怪我の療養という名目で自宅に隠っていた。
カーテンを閉め、真っ暗の部屋でハンスはラベルから奪い取った金貨が詰まった袋を取り出した。
「こんな事で諦められるか! この金でもう一度態勢を整え、何としてでもあのダンジョンを攻略する!! 攻略さえしてしまえば、今回の汚名なんて無かった事にできるんだからな。俺はまだ終わっちゃいない」
ハンスはまだ諦めていなかった。
そして再びSS級ダンジョンに挑む為に新しい作戦を練り始める。
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