第10話 ハンスの誤算 その2

 二十五階層に突入して、最初に攻略の速度が落ちた時、ハンスはこんな事もあるだろうと余裕を持っていた。


 ユニオン達前衛が苦戦している姿を後ろから愚痴を言いながらも傍観して動かなかった。


「おい、ユニオン達は何をやっているんだ? あの体たらくでS級パーティーだって!? 本当に笑わせてくれる」


「どうやら空からの攻撃に弱いみたいだけど、助けにいかなくていいの?」


 中衛の位置から前衛の苦戦をみていたハンスに向けてレミリアが声を掛ける。


「ふん、放っておけ。助けに入ってお前の柔肌に傷がつく方が大変じゃないか? それに力関係をわからせる為にも、ユニオンの方から助けて下さいと頭を下げて貰わないとな……」


 ハンスはそう言いながら、魔物に襲われ苦戦しているユニオンの部隊を笑いながら見つめていた。

 

 ハンスとユニオンは同じS級同士である。

 同じトップ冒険者だからこそ、目に見えない衝突を何度も繰り返していた。

 ここでユニオンが失墜すれば、それを助けたハンスのマスターとしての地位は盤石となる予定だった。

 なのでハンスはユニオンが頭を下げてくるまで絶対に手を貸すつもりは無かった。

 

 ユニオンはその後も攻略に苦戦し、前に進めない。

 けれど絶対に頭を下げてくる事はなかった。

 前衛に配置された三つのパーティーはお互いを支えながら、必死に戦い続ける。


 それから数日が経過しても、森の迷宮を抜ける事は出来なかった。


 効率の良い攻略法を発見できず、手を焼いている間に時間だけが過ぎ、ついに予定していた行程からも遅れだす。

 

 その頃になるとハンスの顔にも焦りが浮かびはじめてくる。

 もう十分ユニオンの無能さは証明された。

 だがこれ以上攻略が遅れれば、今度は自分の能力が疑われるんじゃないか? と想像し冷や汗をかく。

 

 ハンスは進行が止まった原因を碌に探らず、きっと前衛メンバーが本気を出さず、サボっているだけだろうと予想していた。

 

 その理由として、自分達はたった五人で一度この階層を攻略している事、次にこの階層の事をハッキリと覚えてない事。

 この階層を覚えていないと言うことは、難しくもない階層だ!とハンスは決めつけていたのである。

 ハンスはレミリア達幹部を呼び寄せて、この階層の事を聞いてみる事にした。


「お前達、この階層の事を覚えているか? どうやら前衛が苦労しているみたいなのだが、俺はこの階層の事は余り覚えていなくてな」


「私も一緒よ。特に記憶はないわ」


 レミリアが簡潔に答える。


「私もよく覚えていないのですが、確かラベルさんがシャーロットを先頭に配置させて並んで進んでいたような……?」


 フルプレートの全身を防具で身を包み込んだ鉄壁の少女、フレイヤが思い出したかの様に発言する。

 そう言われてから、やっと思い出したという感じで、隣に立っていたシャーロットが話し出す。


「あぁ、そうだったな。ラベルが私にあっちの臭いはどうだ? それならこっちはどうだと? 木々の臭いを確認していたな…… その時、理由も説明してくれたのだが、難しくて私には理解しきれなかった」


「臭い? 魔物の残り香とかなのか?」


「魔物の臭いではなく、木々の臭いだ。エルフは五感に優れている。臭いだけで全ての魔物の位置が解れば、全てのエルフがS級冒険者になっている」


 シャーロットは淡々と答える。

 シャーロットの性格は基本無関心、仕事はきっちりとやるのだが、仕事の基本も自分で決めた範囲のみ。誰にも屈せず我が道だけを進む。


「木の臭い…… よく解らんが、臭いの違いで進行ルートを決めているのだろう。ルートが分かっても、敵が倒せないならこの階層を突破できないじゃないか。各パーティーのリーダーを今すぐ集めろ。俺が気合を入れなおしてやる!!」


 そう判断したハンスは各部隊のリーダーを集めて、活を入れる事にした。


「どうなっているんだ? この階層に来てから何日が経過していると思っているんだ? 本来なら今日の時点で三十五階層に到着している筈なんだぞ!! もっと気合をいれて攻略に取り組んで貰わなくては困る」


「お前に言われなくても、こっちだって必死にやっているんだ。森に潜む魔物だけじゃなく、空からだって同時に襲われるんだ。戦士主体の俺のパーティーでは分が悪い。お前のパーティーには魔法使いのレミリアやエルフのシャーロットがいるじゃねーか。今まで戦って来なかったんだ。この階層はお前達が前衛に入ったらどうなんだ?」


 前衛のS級冒険者のユニオンが噛みついた。

 同じS級の冒険者同士、そして年齢や冒険者としての経験年数が長いユニオンは、ギルドマスター代理であるハンスに敬語を使おうとはしない。


 その口調にハンスも内心イラついたが、他の冒険者の手前グッと気持ちを抑え込んだ。

 

「だから三部隊でローテーションを回せる様に陣形を組ませているんじゃないか? 近接が得意なユニオンのパーティー以外にも遠距離が得意なA級冒険者パーティーも前衛に入れている。俺達は前回、たったの五人で交代要員も無しに四十階層まで攻略したんだぞ。五人の俺達に出来て、前衛合わせて十五人もいるお前達が出来ない訳がないだろう?」


「馬鹿を言うな。レイドを選んだ本人が何を言ってやがる? こっちは《大規模攻略》レイドなんだぞ。本来なら敵によって陣形を入れ替えたり、全員で負担を分けながら攻略していくのがレイドなんだぞ。なのにお前達は後方にずっと引っ込みやがって交代もしない。こっちは大部隊で目立つ分、本来戦わなくても良い魔物も呼び寄せているって解っているんだろ? 俺達前衛は余計な敵とも戦っているんだ。前衛の負担も考えやがれ!!」


「何だと? 俺に文句を言うつもりか?」


 ハンスは目を細めてユニオンを睨みつけた。

 負けじとユニオンもハンスの鼻に自分の鼻が付きそうな距離で睨み返していた。


「まぁまぁ、ユニオンさんも、マスターも落ち着いてくれ!! 俺達は国中で大々的に宣伝もやっているんだ。引き返したら俺達は笑い者だ。ならもうやるしかないだろう? それに既に二十五階層を超えているんだ。戻るより進んだ方が移動距離は少ない。ここで仲間同士で喧嘩して戦えなくなったら国中の笑い者になるぞ」


 リンドバーグが空気を読み何とかその場を収めようと声をかけた。


「チッ、わかったよ。でも遠距離攻撃の応援が欲しいのは事実だ。攻略速度を上げたいんだったら、考えてくれ」


 ユニオンは渋々と自分の席に戻っていったが、レイドの雰囲気は最悪だと言えた。

 その後の話し合いの結果、ハンスはレミリアとシャーロットの応援を決めた。


 そしてハンスのパーティーの中で最初に違和感に気づくのもレミリアとシャーロットとなる。

 

 ハンスの転落は既に始まっており、もう後戻りのできない段階だった。

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