第3話 赤い糸は固結び
「こうして私達ふたりはこの街に辿り着いたのです」
勇者の冒険譚が終わると人々からはまた拍手の嵐。私は穏やかな作り笑いをしながら、内心では人前に立つのが苦手なんだろうな、と苦笑いだった。
「ありがとうございました。これで勇者様のお話は終了です。皆様、この後はパーティ終了の22時までご自由にお過ごしください」
司会の言葉が入ると、舞台を向いていた顔が、散り散りになって行く。彼は八雲君と共に私の方へ向かってきたので、近くにいた召使いを適当な言い訳をして追い払う。
「はぁ、疲れるな」
「下手なのね、話すの」
「逆に上手く見えるか?」
私は笑いながら首を振る。それを見て彼もふっ、と笑う。
「やぁ、久しぶりだね。元気にしてた?聞かなくても元気そうだね、よかった」
八雲君は相変わらずの優しそうな雰囲気と気遣いで彼の後をついてくる。どうにも安心する声だ。この人が先生なら授業中は確実に眠ってしまうだろう。
「えぇ、おかげさまで。あなた達も元気で何よりよ」
「それで、親にはどう言うんだ。名家の令嬢が旅に出ますの一言で何とかなるのか?」
「それが何とかなりそうよ」
遠くのお母様を見やる。彼女は友達だろう同じ歳くらいのドレスで着飾った女の人達と話している。遠くから見てもやはり母は誰よりも綺麗だ。
「なら話は早い。俺達もこの街に長く滞在する気はない。お前の都合に合わせてはやるが、一刻も早く出るようにしてくれ」
「それはまた、余裕のないことね。一体何が目的なのか」
「ごめんね白金さん。話はしっかりするけどここじゃちょっと不安なんだ。必ず納得いく説明はするよ」
八雲君はとても申し訳なさそうな顔をする。それと対照的に何食わぬ顔で話を進める若宮。これが違いってやつかしら。
「いいのよ。別にあなた達を疑っているわけじゃないわ。同じ宿命を背負っているんですもの、精一杯協力するわよ」
「助かる」
相変わらずぶっきらぼうだが、転生前に比べるとかなり穏やかになったような気がする。なんとなく安心した。
「はい、これ。座って食べなさい」
「ん、料理か?」
「あなた達、夜ご飯食べてないでしょ。家の財力で作った一級品よ、食べなきゃ損だわ」
彼は綺麗にプレートに乗せられたローストビーフを見つめて、私と同じテーブルに着く。
「懐かしいな」
「これを懐かしいと言われると癪に障るわ、お坊ちゃま。どうせ旅していてもいいものなんて食べられないでしょう?」
「そうだね、みんな歓迎はしてくれるけど僕たちが立ち寄るのは貧しい村ばかりだからね、それに旅しているだけなのにそんな待遇を受けるのも申し訳ないし」
少し感動して私はもっとたくさんの料理を2人に運ぶ。旅と言っても交通もない、しかも温室育ちの私たちには貧しい暮らしなんてかなりの苦痛だ。慣れるのにも相当時間がかかるだろう。
「うまい。元の世界でもなかなか食べられない味だな」
「うん、とっても美味しいよ!ありがとう、白金さん」
2人は予想以上に嬉しそうに食べる。その様子から彼らの旅が過酷だったことがよくわかる。
「鮮花でいいわよ。この世界じゃ白金じゃないしね。他の人が聞いたら変でしょ?」
「そ、そうだね。よろしくね、鮮花ちゃん」
彼は少し恥ずかしそうにそう呼ぶ。女の子に慣れていそうな感じだったが意外と初なのかもしれない。
「おい、鮮花」
「あんたに呼ばれるとなんかムカつくわね。なによ?」
彼は無言でお守りを差し出す。受け取るが、ただの魔物よけの様に見えた。
「これくらい自分でつくれるわよ…」
しかし彼は無言で私を見つめ続ける。私はお守りの中身を見て、あぁ、と納得した。
「気持ち悪いけれど、大事に受け取っておくわ。気が利くわね」
「考えたくはないが、いつかは世話になるだろう。しっかり持っておけよ」
私はすぐに紐を腕に通す。ポケットが無いのは不便だが、落としにくくはある。
「そしてこれが神楽さんからの手紙。2人とも見てないから、鮮花ちゃんが好きな時に読むといいよ」
本当にどこまでも気が配れる人だ、と感心する。しかし友達同士の手紙にそこまで気を配られるとどこかむず痒い気持ちもある。
「ありがとう、部屋に戻ったら読ませてもらうわ」
『皆様、22時になりました。パーティはこれにてお開きとさせていただきます。忘れ物などはございませんようお気をつけてお帰りください』
終了のアナウンスがちょうど私の言葉を遮るように鳴り響く。遠くにいた客たちは次々と席を離れてのんびりと出口へ向かい始める。もちろんまったく気にかけないかのように話を続ける人もいた。
「あなた達も今日はもう帰るのかしら?」
「そうだね。近くの宿屋に泊まらせてもらうことになっているからそこに帰るよ」
「今日中に話はしておけよ」
無用な念押しに、わかっていると言う風にてをひらひらさせる。彼はそれを見ると微笑して背中を向ける。
「今日は世話になったな」
「これからも、よ。精一杯協力するんだからこれからも感謝し続ける事ね」
「働き次第だな」
八雲君は何故か朗らかな笑みを浮かべて静かに見つめている。なんだか少し恥ずかしいようなムカつくような変なきもちになる。
「さ、召使い達が片付けを始めるから長居は無用よ。帰って休みなさい」
「うん、ありがとうね、おやすみなさい」
2人は小さく手を振ると、平然とした顔で会場の真ん中を歩いて帰っていく。少し寂しいような気もするが、この世界でそんなものに浸っていてはやっていけない。次いつ別れるともわからない。下手な期待は己を苦しめるだけだ。
「あら、勇者様はお帰りになったのね?随分楽しそうに話していたじゃない!あなたがあんな顔をするのも久しぶりね。どうだったの?」
「お母様、実は…」
私はそれっぽい理由をでっち上げて旅に同行したいという旨を話す。即興の言い訳は元の世界の時に日葵と遊びに行く口実を親に散々作っていたから慣れている。我ながらいい誤魔化しだと思った。
「まぁ、本当!なんて素敵なの!きっと王のお城で働いているお父様もお兄さんも喜んでくれるわ」
父と兄は隣の街にあるここら一帯を統治する王の直属兵として働いている。騎士団長だけあって家は物凄く裕福だ。彼らもまた冒険に憧れた人の1人であった。
「じゃあ、行っていいの?」
「もちろんよ。あなたほど強い人はいないわ。勇者様でもあなたには叶わないもの。だから何かあってもあなたの力で何とかするのよ?いいわね?」
どこの馬ともしれない男2人と旅に出るのだ。お母様の言いたいことは大体わかった。
「あと、旅が終わったら勇者様と結婚式をするわよ。あの理知的で凛々しい様子はあなたにぴったり!どこの貴族もあんなに賢そうな人はいないわ」
「え!?わ、私はあんなや…勇者様に興味なんかないわ、お母様!」
しかしお母様の目は確固としてそれを聞き入れない強い決意を示していた。
「もう17だし、あなたの相手を探していたんだけれど、誰もあなたに相応しくないの。パーティをして分かったわ。この街にあなたの相手はいない。勇者様こそがあなたに相応しい素晴らしい素質を持っている人よ」
まぁ確かに彼も高校生の地質学の最高峰、そんじょそこらの研究者じゃ彼の知識と鋭さには勝てないほどの天才だ。だからこそノビレスプロジェクトに選ばれたのだ。かと言っても私には到底あいつを好きになるなんて出来ないし、そんな事よりも日葵と。日葵と……?私はなにを……。
「そういう事よ。今は突然だから驚くかもしれないけれど、旅をすればきっとわかるわ。その為にも旅には大賛成」
「明日出発でいいかしら…?」
私は婚姻の話を忘れたくてすぐに旅の方に話を向ける。
「でも旅する用の服はあるかしら?」
「メイドのリサが今、夏用の動きやすい服を作ってくれていたはずよ。それを旅に向くようにアレンジして欲しいって言いましょう」
「彼女はパーティの用意には当たってないから申し訳ないけれど、明日の仕事を休みにする代わりに今日の夜頑張って貰いましょう。勇者様も忙しいですものね」
お母様は協力的すぎて不安になるほどに私の要求を呑んでくれる。その先には結婚があるのかと思うととても憂鬱になるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「じゃあ決まりね。いきなりだけれどもあなたならば何にも不安なことはないわ。でもたまには電話でもちょうだいね。あなたの元気な声、聞きたいわ」
「もちろんよ、お母様」
これが愛する父と兄を戦場に送ってきた人の強い心なのかと思うと少し寂しくなった。お母様はとても寂しがり屋だ。でもそんな事は意にも介さぬように平然と私を鼓舞する。それにしても協力的な気もするけれど。
「ふふ、実は勇者様を呼んだのはあなたが旅に出ることへの期待もあったのよ。あなたは本当にすごく賢いわ。もっともっとあなたの力に見合う世界を見てきて欲しいの」
「ありがとう、お母様。私、精一杯色んなものを見て学んでくるわ」
34年間私は化学、薬学の研究をしてきた。しかもこの世界では元の世界よりも薬品の入手は難しい分、取り扱いが楽だ。毒薬だろうが手に入れてしまえば好きに使える。それ以外の知識も相当深まった。17歳としてみるならば、それこそ天才と呼べるほどの頭脳だろう。
「誕生日会がまるであなたの送別会みたいね。じゃあ今日はもう休みなさい。明日から行くなら、しっかり寝ないとね」
「えぇ、お母様。おやすみなさい。本当にありがとう」
「ふふ、愛しい娘の頼みだもの、当然よ」
そう言うと、お母様はぎゅっと私を抱きしめる。私も返してしばらく、ふっと手を離す。
「おやすみなさい、アザカ」
私は眩い光を放つ会場を後にして、部屋に向かう。暗い中、若宮のいた所にはぽつんと木が立っているだけだった。なんとなく、それを見つめる。しかし1分もする我に返って、そのまま部屋に戻った。
風呂などを終えてベッドに潜り込む。微睡む意識の中、ふとあの続きを考える。私は日葵となにを望んでいたのか。居なくなったからこそ、彼女の存在が私にとって何だったのか、変に気になるのだ。これが親友という相手への気持ちなのか。それとも…。結局、続きの言葉を見つけられないまま、私の意識は底に落ちた。
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