第2話 宿命の赤い糸
「ご機嫌麗しゅう、アザカ様。いつもお世話になっております。この度は貴方様のお誕生日会という大変おめでたい場に呼んでいただき光栄です」
「来て下さりありがとうございます。是非楽しんでいってください」
様々な家の令息令嬢が私の所に挨拶に来る。同じ内容ばかりで飽きたけれど、日葵が居ないとも限らないので一生懸命に目を凝らして人の群れから見慣れた顔を探す。
「アザカ、パーティは楽しんでいる?そろそろ勇者様御一行が到着するらしいわ」
「それならば会場全体に知らせた方が良さそうね。放送係に伝えましょう」
お母様の耳打ちを聞くと、私は会場にいたメイドにその旨を伝える。すると、彼女は放送係の所まで駆けて行き、やがてアナウンスが流れる。
『もうしばらくで勇者様御一行が到着します。皆様、今しばらく歓迎の準備をしてお待ちください』
会場がざわめく。今回のパーティが特に集まりがいいのは皆勇者という存在が気になって仕方ないからだろう。
「アザカも1度お部屋に戻ったらどうかしら?長い時間座っていたし、お化粧直しがてらに少しやすんで来た方がいいわ。あと20分ほどで到着らしいから少しは休めると思うわ」
お母様が気を利かせて私を気遣ってくれる。一応主役は私ということもあって、この数時間息を着く暇もなかった。
「ありがとう、お母様。そうさせて頂くわ」
そう言い残すと私はそっと会場を後にし、自室のある別館へ向かう。のびでもしながら芝生を歩いていると夜風が気持ちいい。
「やっぱりお前だったか」
「!?」
驚いて振り向くとそこには見たくもない顔があった。
「若宮真代…こんなところで会うとはどういう事なのかは分からないけれど、あなた、どうしてここにいるの…?」
「お前たちに呼ばれたから来たんだが」
訳が分からなかった。でもその身なりは明らかに街の人間とは違う、軽量型の鎧を纏った勇者の姿そのものだった。
「あぁ、そういうこと。最悪ね」
「お前は神楽を探しているんだろう」
「その通りよ。そう言うってことは何か知ってるのかしら」
若宮は少し間を開けてから口を開く。
「八雲は今、俺の仲間として旅をしている。神楽は八雲とペアだから近くに居ると思ったんだが、どうやら元々八雲の住む街に居たらしいが引っ越したらしいな」
「引っ越すって…この魔物が蔓延る世界よ?街を出て家族だけで大荷物を持って移動なんてそんなに簡単じゃないわよ…?」
若宮はまた間を開ける。なにやら神妙な面持ちで言葉を選びながら話している様子が見て取れる。
「理由は家同士の抗争だ。街にいるくらいなら魔物が出る街の外に行ってでも逃げた方がマシだったんだろう」
「じゃあ手がかりはなしなの?」
日葵が抗争で辛い思いをしていると思うと苦しくて仕方ない。その家を潰してやろうかと思うほどに恨めしいが、それよりも日葵がどこにいるかの方がまずは大切だ。
「八雲が神楽からお前宛の手紙を預かっているそうだ。今は先に俺とお前の2人きりで込み入った話をする為に会場受付の人に適当な言い訳をして時間を稼いでもらっている」
「だから会場内ではあと20分くらいは来ないことになっていたのね」
日葵が私のことを思って手紙を書いてくれたのはとても嬉しいが、状況が状況なだけに不安もある。必ずしも内容が喜べることとは限らない。
「それで、まさか私の為だけにわざわざ来てくれたわけではないんでしょ?本題は何かしら」
「察しが早くて助かる。単刀直入に言うが、俺たちと来て欲しい。詳しくは次の街への道すがらに話すが、とにかくお前が着いてこなければ全てが台無しだ」
「日葵を探すには結局街の外へ出るしかないからそれについては同意するわ。ただし、あなたたちの目的は全部しっかり教えて貰うわよ」
若宮は静かに頷く。気に食わないが、ここまで淡々と話を進めることができるのは久しぶりだ。やはりこの世界は外との交流が難しいために通信手段は元の世界並に発達しているも、文化面では中世から近世くらいのレベルで止まっている。常識も違うし、話を進めにくかったのは確かだった。なぜだか懐かしいような安心感を覚える。
「これで終わり?ならそろそろ会場に戻るわ。あなた達も時間稼ぎの限界でしょう」
「そうだな、じゃあまた会場で」
私たちは小さく手を振ると背を向けて去っていく。17年、長かった日々がやっと動きだした。小さな胸の高鳴りを抑え、なんとか平生を保って会場へと戻る。気をつけなければ荒っぽい話し方が出てしまうほどに、心はもう元の世界の方を向いていた。
「あら、おかえりなさい。お化粧直しはして来なかったの?」
「疲れて眠ってしまったから髪を整えるので精一杯だったわ。けれど、おかしくはないでしょう?」
「えぇ、いつも通り、素敵なあなたよ」
お母様は何も訝しむことなく私を迎え入れる。しっかりと取り繕えていることに安心して、自分の席に座って若宮たちの訪れを待つ。
『お待たせ致しました。勇者様御一行の御到着です。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい』
アナウンスが流れると、会場のどよめきは静まり、一斉に扉の方に視線が集まる。刹那の静寂を切り開くように、扉が開け放たれる。光の中、見慣れた影が2つ、佇んでいた。
「この度はお呼びいただき光栄です」
低いとも高いともつかない彼の声が、広い会場に響く。私は静かに立ち上がり、対抗するように大きな声を発し微笑む。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらにおいでください」
その瞬間、拍手の渦が巻き起こり、会場内を駆け巡る。彼らが見つめる私たちは、笑うのを堪えたようなぎこちない笑みだろう。この世界に来る前に親しく話したことは無いが、今はお互いの気持ちがわかる。
『あぁ、ひどい茶番だ』
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