6 閑話(1)
光の女神イエナの管理神域である白の間に流れる怠惰な空気。
「ふぁぁ〜退屈だわぁ。ぶっちゃけぇ、うちってぇ娯楽が少な過ぎるのよねぇ。歌とかぁ踊りとかぁ、こぉぅ、心の潤いってやつぅ?? 必要よねぇ」
ここ50年程は自分が管理しているイエナウルムより、アースフィア(地球)にある『日本』の娯楽文化に夢中なのだ。
「アニメだっけぇ? あれもいいわよねぇ。でもぉまだうちには早いかなぁ? うぅん?…あららぁ? 最近は転移者ちゃん呼んでないわぁ。呼んじゃうぅ? お招きしゃうぅぅ??」
ウキウキしながらも、何故呼ばなくなったのか…と記憶を探る。少し前までは3、40年に一度は転移者を招いていたはず。
(うぅ〜んと…たしかぁ…)
直近の転移者はアースフィアからで、イギリス人で金髪イケメンのボディビルダー。その頃はまだアースフィアの文化にそこまで精通しておらず、パッと目に付いたボディビル大会を見てイエナのテンションは爆上げ。相方の闇の女神ウルムに転移者候補を見付けたと突撃し、向こうがなんだどうしたと慌てている隙に強行突破したのだった。
(ウルムちゃんはぁ、ビックリするとぉ固まっちゃうよのねぇ)
娼館や賭け事などの男性向けの娯楽はあっても、女性が楽しめるものはイエナウルムにはまだ無い。女の子達が遊んだっていいよね、自分も楽しみたいしとお招きしたのだが…。
「あぁー思い出したぁ…パンツ一枚でぇセクシィポーズなんてぇ、これで女の子達のぉ心を鷲掴みぃって思ったのにぃ! まさかぁ…まさかぁ脳筋のぉ筋肉おバカだったなんてぇぇぇ!!」
あの転移者はかなりのポイントを使って招いたのだ。何故あんな輩が高ポイントなのか、全く意味不明である。
「あの時のぉ転移者ちゃんでポイント使い過ぎてぇウルムちゃんにぃめぇっちゃ怒られたんだったぁ…」
あんな事があった後だが、既に100年は経っている。そもそもあれだって悪気は無かったのだ。
「ウルムちゃんもぉ忘れてるよねぇ! わたしも忘れてたしぃ? 娯楽は必要だものぉ。」
「はぁ…それで? また娯楽目的でアースフィアから転移者を招くと言うの? 前回失敗したのに。イエナはバカなの?」
「なぁ、酷いぃ! ウルムちゃんだってぇ娯楽は必要だぁって言ってたじゃないぃ!!」
「もちろん何れ必要だと思う。でも、まだポイントがそんなに貯まっていない」
「ふふんだぁ! そこはぁちゃぁ〜んと考えてあるんだからねぇ! ほらぁ、今までは元の世界でぇそれなりにぃ実力のある人をぉ呼んでたでしょぅ?」
「ええ。そうじゃないと意味がないから」
「でもぉ今回はぁ…才能があってぇこれからって子にするのよぅ!!」
「……なるほど。それならポイントは足りる。それに、こちらで才能を開花してくれるなら、イエナウルムにとっても良い刺激になる」
「でしょでしょぉ? ってわけでぇ、アースフィアのぉ『日本』がいいとぉ思いまぁす! それでぇ、歌って踊れるアイドルがいいと思うのぉ! 歌はぁいいのよぅ、心の潤いなのよぅ。オマケにぃ踊りもできてぇイケメンならぁカンペキよねぇ!」
「なるほど。歌い手と踊り子、一人二役ならポイント消費も抑えられるしお得ね。でも、前回の事があるから私も確認する」
横でイエナが自分に任せろと文句を言っているが気にしない。ウルムもアースフィアの『日本』を見つつ、あちらの管理神から貰ったリストに目を通していく…が随分と多い。
(アースフィアは魂が余っているの? 羨ましい…)
アースフィアの、特に『日本』は転生先が足りずに順番待ちの状態なんだとか。
「リスト多いでしょぅ? 向こうは人もぉ動植物もぉ生まれる命が減少してるんだってぇ。けどぉ、死ぬ命の数は変わらないからぁ待機魂でぇイッパイらしいよぉ?」
「ふ〜ん。それは大変そうね」
(かなりまずいのでは? 何れ転生出来る命が減り、緩やかに終焉を迎える事になる…まあ、私はイエナウルムの管理神だから関係ないけど)
「そんなことよりぃ、早くきめちゃおぅよぅ! わたしはねぇこの子なんかいいと思うのよぅ!! 3ヶ月後には待機魂になっちゃうしぃ、目撃者も少ないからぁパパッと呼んじゃえるよねぇ」
転移者候補は死の直前にこちらの管理神域に呼び、双方納得の上で転移してもらう。転生ではなく転移のため元の世界での死亡扱いは変わらないが、本来なら行方不明が正しい。管理神の権能を使い転移者のそっくりさん、所謂クローンを作りそれを身代わりとする。このクローンを作成するのにかなりのポイントが必要となる。さらに目撃者が多ければ、齟齬を無くすために追加でポイントを使わなくてはいけない。前回の転移は目撃者が多く、クローン作成ポイントに追加ポイントが加算され、どんだけハイクラスな候補者なんだと言わんばかりに大切なポイントを消費したのだ。
「どれ?…へぇ、いいんじゃない? クローンもそこまでポイント使わないし、目撃者も2人だから節約できる」
「でしょぉ? いいでしょぉ? じゃっこの子に決めちゃうぅ?」
リストには、『坂江大輔(さかえだいすけ)17歳 アイドルの卵』とあり、歌とダンスが得意と書かれている。
「待って。こっちは? クローンのポイント消費に差はないし、目撃者は1人。こっちの方がよりお得。それにこっちも3ヶ月後に待機魂になるからクローンの作成時間も変わらない」
ウルムが指したのは『真野勇太(まのゆうた)19歳 モデル出身の若手俳優』とある。高身長の美青年で初主演映画も控える、人気若手俳優だ。
「顔やスタイルもいい。芝居が出来るならイエナが言う娯楽も問題ないし、モデルなら服飾関係での貢献もあり得る。」
「うぅっ! そうかもだけどぉ、大輔きゅんだってぇスタイルいいしぃ、顔もぉカッコ可愛いんだからぁ! それにぃ、やっぱり歌だと思うのよぅ! 場所を選ばないしぃ、一人でもぉ大人数でもぉ楽しめるわよぉ」
双方の候補者が甲乙付け難いため、なかなか決まらない。そこで女神達はくじ引きで候補者を決める事にする。恨みっこなしよと、同時にくじを引き『当たり』を引いたのはウルムだった。
「うわぁぁぁ〜んっ!!!」
「よしっ!…じゃあ、真野勇太を転移者候補とし、彼の死亡予定日の3ヶ月後に私の管理神域に招く」
「うぅぅ…分かったわよぅ…」
あれから転移者候補を観察しつつクローンを作成。期日となり、ウルムは自身の管理神域をアースフィア『日本』に繋げた。『日本』の管理神にも挨拶をしたし、後はタイミングよく転移者候補を招くだけ…だったのに、ここでイエナが妨害という名の悪足掻きをする。こっそりとウルムの管理神域『夜空の間』に侵入する。因みにイエナの管理神域は『白の間』。テンプレのまんまである。
(ここでぇ我慢よぉ…ウルムちゃんがぁ決裁神印を押す瞬間がぁ最後のチャンスよぅ! ダミーのリストをぉバァッとばら撒いてぇ、ウルムちゃんが目を離したらぁ真野っちのリストとぉ大輔きゅんのとを差し替えるのよぅ!)
作戦は決行された…が、結果的に失敗に終わる。何故ならダミーリストをばら撒く際に、大切な大輔きゅんのリストも混ざってしまったから。イエナは右手にダミー、左手に大輔きゅんリストを持っていたが、緊張の余り両手を豪快に振り回したのだ。
「!!! なに⁉︎」
驚き、目を見開いてイエナを凝視するウルム。ウルムの気を逸らす事だけは成功したようだ。ばら撒かれたリストを目で追っているウルムを見て、ここしかないとイエナは大輔きゅんのリストを探す。
(あったぁ! よぅっし、これをぉ真野っちのと差し替えてぇ…)
普段のだらけた態度は何処へ行ったのか、素早くウルムに近付きリストを差し替える。そして、決裁神印を持ったウルムの腕を掴みそのまま差し替えたリストへ誘導する。
「ごめんねぇ。次のぉ候補者のことをぉ相談しようと思ってぇ。でもぉ今日だったかぁ! 真野っちをお招きする日ぃ!」
ここでウルムに声を掛ける事でリストから自分に意識を逸らす。悪知恵だけはすぐ思い付く残念女神イエナ。
「えっ? ええ、そうよ。まったく、何してるのよ」
「ごめーんってばぁ。うっかり忘れてたのよぅ。わたしだってぇイエナウルムを良くしようとぉ、いろいろ考えてるんだよぅ。それよりぃ、ほらぁ時間来ちゃうよぉ?」
今度はウルムの意識を自分からアースフィア『日本』へ切り替える。
(わたしってばぁ運がいいわぁ! 大輔きゅんとぉ真野っちのぉ死亡時間はほぼ同じぃ! 誤差47秒なのよぉ? 死亡原因がぁ異常気象絡みだからだけどねぇ)
大輔きゅんのクローンは作成済み。ポイントを余分に使ってしまったが、使わなかった真野っちクローンをポイントに戻せば問題ない。
「もう。はぁ…そこで大人しくしてて。この後の転移候補者への説明は私がする。イエナはアースフィア『日本』の管理神にお礼しておいて」
「分かったわよぉ! 任せてぇ!!」
そして向こうとのタイミングを測り、ウルムの決裁神印がリストに押された。押す瞬間に何気なくリストに目を向ける。そこには『根笠瑛斗(ねかさえいと)47歳 派遣社員』とあった。リストに決裁神印を押し付けた状態でウルムは固まる。
「やったぁー! 大成功ぅ!! これでぇ大輔きゅんが候補者よぅ!!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら喜びを爆発させている光の女神イエナ。
「ホントごめんねぇウルムちゃん! わたしってばぁどぉしても大輔きゅんがよかったのよぅ!」
呆然としているウルムを覗き込み、形ばかりの謝罪をする。するとウルムが震え出し、先程決裁神印を押したばかりのリストをイエナに見せる。
「ねぇ? これ誰?」
「へぇ?」
「『根笠瑛斗』って誰?『真野勇太』でも『坂江大輔』でもない。ねぇ、説明してくれない?」
ウルムの震える手にあるリストを見るイエナ。そこには目付きの悪い、機嫌の悪そうな冴えないオッサンの写真がある。
「いやぁぁぁっ!!! なんでぇ! 大輔きゅんじゃないぃぃ!! どぉしてぇ?」
「こっちのセリフよ! なんて事してくれたの⁉︎ と、とにかく!『根笠瑛斗』は既に決裁神印が押されてしまった…ああっ、クローン! 急いでクローンを準備しなきゃ…アースフィア『日本』の管理神に繋いで、謝罪と説明と…あと『根笠瑛斗』の居場所を確認して…」
ウルムが事態の収拾を図ろうと動き出す。イエナは髪を振り乱し喚いている。そこにウルムが新たな情報を放つ。
「『根笠瑛斗』って47歳で派遣社員だって。特技とかなさそうね。娯楽どころか、何か役に立つのかしら」
「はぁっ? 47歳ってぇ…アースフィア『日本』でもぉオッサンと呼ばれるぅ…特技なし…娯楽がぁ…歌がぁ…」
「ふふふ…こんなにクローンの作り甲斐がない候補者は初めてだわ…イエナ! いつまで泣いているの。アースフィア『日本』の管理神に謝罪してきて。あとリスト見て『根笠瑛斗』の死亡原因と死亡場所を確認して。時間がないの、ほら急いで!! 私はクローンを作成する」
「うぅぅ…はぁい…ぐすっ…大輔きゅん…」
(泣きたいのはこっち。優良候補者どころか、廃棄物じゃない。本来なら候補に上がらないわよこんなの。返品できないのかしら…クリーニングオン?…は使えないのかな…まぁ無理よね。はぁ…有名人でもないし、適当でいいかな。えー…家族とは疎遠…これってクローン作る意味あるのかしら)
ウルムもあまりの出来事で物騒な考えに囚われている。そもそも『根笠瑛斗』には何の落ち度もなく、むしろ被害者である。
「ごめんなさぁぁいぃ! うぅぅ…申し訳ぇありまぜんでじだぁぁぁっ!」
イエナがアースフィア『日本』の管理神に謝罪している。イエナの号泣っぷりに管理神もびっくり。そんなに反省しているならとお咎めなしとなる。不幸中の…なのだろうか。そんな様子を横目に『根笠瑛斗』のクローンを急ピッチで、でも適当に作成するウルム。
「できた…」
「うぅぅ。『根笠瑛斗』のぉ死亡場所マーカーしたぁ…誰もいないよぅ…ぐすっ…」
「まだ泣いてるの? はぁ…じゃあクローンを送り込む。死亡してから8時間は経過してる。まぁ、一人暮らしで家族とも疎遠、親しい友人なしなら問題ないでしょう…はい、お終い。…疲れた」
「うぅーっうっうっ…」
(あ、目が回る…いくら適当だからってクローンを短時間で作ったから…神力足りない…)
バタンとその場に倒れるウルムと、泣き疲れて寝てしまったイエナ。もう一つ重要な事が放置されているのだが、肝心の2柱ともが意識を失っているのでどうしようも無い。
斯くして『根笠瑛斗』は女神達のうっかりで、異世界イエナウルムに転移させられてしまったのだった。
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