4 初めまして異世界(4)
「あ…暑い…喉乾いた…疲れた…」
前を歩くクラウスはペースも変わらず疲れも見受けられない。体感で15分程歩いただろうか。たった15分と言う事勿れ。普段の自分のペースからすると競歩並みのスピードなのだ。
「あー、疲れた…よな、休憩するか? あと10分…いや20分掛かるか…それぐらいで到着するけど」
チラッとこちらを見て、到着時間を告げられる…が、そんなことより重要な情報がある。
(『分』だと!?)
「分って、時間は…」
「うん? 1分は60秒で、60分で1時間。1日は24時間で、1週間は6日。1ヶ月は30日で1年は365日だぞ。年初めに感謝祭が5日あるからな」
「俺のいた所とほぼ同じだな。時間は一緒だ。1週間は7日、1ヶ月の日数は28から31日と変動があって、1年は365日だ」
「へぇ…あ、これも転移者の影響かも。俺も難しいことは分かんねぇけどさ。この世界は昔から転移者が活躍してっから。よし、ここでちょっと休憩しよう。見晴らしいいし、草もそこまで茂ってないしな」
「分かった。悪いな。俺のペースに合わせてもらってるのに。…よっこいしょっと。ふう…」
クラウスは腰を下ろしながらも周囲をさり気なく確認している。やはりこの世界はそこまで安全じゃないのだ。とはいえ、気になることが多すぎて気持ちが焦る。早く聞きたい、知りたいと。
「さっきの時間の続きなんだけど…距離はどうだ? 単位とか、キロ、メートルやセンチとか。重さは?」
矢継ぎ早に質問する俺をみて苦笑するクラウス。やっぱりイケメンは何をしてもイケメンらしい。
「教える、教えるからさ! まずは休憩。水飲んで、そんでちょっと力抜いて。足とか揉んどくといいぞ?」
「あ、あぁ。そうだな。…水か」
(隠しスキルの収納魔法。向こうでの持ち物が入ってるらしいが、冷蔵庫の中身とか入ってるのか? それなら水もある。500㎜のペットボトルが2本あったはず…)
「水は持ってるか? 見たところ荷物がないけど。まあ、飲み水程度なら生活魔法でいけるけどさ」
「生活魔法?」
「あれ? さっきステータス見てなかったか? あるだろ、生活魔法。身体強化と生活魔法は誰でも持ってるもんだし」
もちろん転移者だって持ってたぞ、とクラウスが当然のように話す。
(いや、あったよ。あったけども。身体強化も生活魔法もあったけどもさ! 使い方なんか知らんがな!!)
「あるな。でも、魔法なんて想像の世界での事象でな…どうすれば使えるんだ?」
「ああ! そっかー、そーだよな。そーいやぁ転移者シリーズでそんな件あった、うん読んだわ! んじゃ、生活魔法の使い方な!」
そう言ってクラウスはこちらに目線を合わせ、胸の辺りに両手も持ってきて水を掬うような形を作る。
「今は鍋も水筒もないからさ。こうやってー【ウォーター】ほい、水が出る。簡単だろ?」
クラウスの両手に水が溜まっている。こちらに見せた後はそのまま飲み干してしまった。
「ほら、やってみて。ただ【ウォーター】って言うだけだ。コツとかなんもない。生活魔法ってもんはそーゆーもんなの」
「分かった…【ウォーター】うぉっ! 出た、水だ! すごいな…水が出たよ…」
クラウスと同じように両手の掌の中に水が溜まる。少し零れてしまったが、ちゃんと水を出せた。初魔法だ、ちょっと感動する。飲んでみると冷たくて普通の水だった。なんだこれ、便利過ぎるだろう。
「他には【ファイヤー】で火種だな。【ウィンド】はちょっとした風が吹く。暑いときとか便利…でもないか。あんま使わないかも。【ドライ】はよく使うぞ。手をかざしたものを乾燥するんだ。慣れると干果が作れる。あとは【クリーン】だな。これも手をかざす。かざしたものを奇麗にするんだ。これが一番使うな。風呂に入れない時なんかは助かる。最後が【ホール】これは自分の前に穴が開く。地面が土限定だけど。俺ら冒険者や行商人とか、野外で活動する奴らはすんげぇ使うな」
次々と生活魔法を見せてくれる。意外と種類があるが、全部が簡単な単語一つで発動するのでオッサンでもなんとか覚えられる。試しに着ているシャツに【クリーン】を使ってみる。
(おおぅ! 洗濯したみたいだ)
「生活魔法ってさ、便利魔法みたいなもんなの。んで、使うやつのイメージでかなり使い勝手が変わるんだ。だから使えば使うほど便利になるぞ」
(ほー、固執せず柔軟に考えろって事か。オッサンには厳しいねぇ)
分かったと頷くとクラウスは満足そうに笑う。
「んで、距離だっけ? そのへんの単位とか、あとは…金か。種類とか教えとくか」
そう言うと一通り説明してもらった。簡単にいうと、距離や重さなどおおよそ単位が必要なものは自分の知識と一致した。貨幣価値に関しては鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白銀貨があり、金貨までは10枚で一つ上の貨幣になる。白銀貨は金貨100枚分。鉄貨は10円で、銅貨は100円、白銀貨は100万円ってことだろうか。一般家庭が買うポピュラーなパンが一つ鉄貨3枚らしい。30円だと安過ぎると感じるが、この世界の物価が分からない以上は考えても仕方ない。町に行って、実際に自分で確かめるしかない。
「こんなもんかな? うーん、町の名前とか国なんかは俺ん家に本とかあるからそれ見てよ。ギルドにもあるし。話せてるんだから、文字は読めるよな? 転移者だったら女神様から特別に貰えるらしいから大丈夫っしょ」
(いや、最初はクラウスの言うこと分からなかったぞ。そういえば…あの頭痛の後に言葉が分かるようになったな…スキルを有効化するのに時間差があるのか?)
心の中で苦笑いをしつつも問題ないと微笑みながら頷く。隠しスキルの一覧に言語翻訳が入っていたが、転移者が持ってることが知れ渡っているなら隠さなくてもいいのだろうか。
(これに関しては保留だな。情報がなさすぎる)
「文字は見てみないことには分からんな。だが、大丈夫だろう。クラウスの言うことも分かるし、どうやらこちらの世界は随分と俺のいた所に似ているしなぁ」
本当に似ている。違和感があまりない。いや、あった。ここに住む人々が全員クラウスと同じような見た目なら、日本人としては少しばかり萎縮する。体格もがっしりしているし、力も強そうだ。人種的には完全にヨーロッパ圏だ。イケメンだし。
休憩がてら雑談をし、合間に脹脛を揉みこむ。15分程休憩しただろうか。
「さて…と、そろそろ行こう。あんま遅くなるのもなんだし」
「ああ、分かった。よし、頑張るか」
先程と同様に、クラウスが先頭で歩き始める。スピードは少しゆっくりで気を使ってくれたのだろう。若いのに人間ができている。
(くそぅイケメンめ)
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