第2章
第13話 あまりにも変わらない日常?
教室の中心で『
男女の区別なく、多くのクラスメートを侍らせて。
スラリとした肢体。
アンバランスなバスト。
整い過ぎた顔立ちに魅力的な笑顔。
小振りな唇から紡がれる耳に心地よい声。
距離を置いていても、目を逸らしても、彼女から逃れることは叶わない。
茉莉花に見惚れてため息をつく者は今日も今日とて後を絶たない。
――変わらないな、何も……
自分の席に腰を下ろして茉莉花の見つめ続ける
あまりにも変わらない光景に、違和感を抱きながら。
☆
職員室で生徒指導教諭に絡まれている茉莉花を助けた。
教室に戻る途中で彼女の後ろ姿を堪能した。
推し裏垢である『RIKA』が茉莉花ではないかと疑問を抱き、当の本人から答えを得た。
学園のアイドル『立華 茉莉花』
推しのドスケベ裏垢女子『RIKA』
ふたりは間違いなく同一人物であった。
その事実にたどり着き、たどり着いたことを茉莉花に知られた。知らせた。
数日が経過して……何も変わらなかった。教室の茉莉花も、SNSの『RIKA』も。
『RIKA』はあれからも同じペースで画像を投稿し続けている。
身バレなんて気にしないと言わんばかりに。
見られていることに気付いているのだから、見せつけているとしか思えなかった。
そして勉は以前と同じように『RIKA』の画像を蒐集し続けている。
――いや、変わったかもしれない。
投稿される画像は相変わらずハイレベルなエロ写真ばかり。
これまで同様顔を晒すことはなく、18禁な部分を写すこともない。
しかし――勉は余人が窺い知ることの叶わない『RIKA』の素顔を知ってしまった。
その事実が画像を見る目を変えてしまった。オンオフの効かないフィルターがインストールされてしまった。
写真では隠されていた『RIKA』の顔に茉莉花の顔が自動的にあてがわれるのだ。
結果として、勉の脳内ではすべての画像が劇的なバージョンアップを果たしていた。
控えめに言って、ヤバかった。
裏垢写真は勉にとって癒しアイテムだった。特に心に効く特効薬といってもよかった。
『RIKA』はこの日本のどこかにいるのかもしれないが、勉にとっては関わりのない存在。
そう思っていたからこそ、無責任に欲望をぶつけることができた。
あの日を境にすべてが変わった。
変わってしまった。
「はぁ」
無意識のうちに、熱くて重い息を吐き出した。
どうにも心が落ち着かなかった。
★
授業を終えて、教室を後にする。
自販機でアイスココアを購入し、紙パックにストローを差し込む。
ストローを吸い上げると濃厚な甘味が口に広がり、渇いた喉に染みわたっていく。
勉強に精を出していると、とかく脳の疲労が激しい。
疲れ切った頭には甘味が効く。
夏はいまだ遠いとは言え、5月も末に近づいて陽気がマシマシ。
普段は持参している麦茶で喉を潤しているが、たまには冷たいココアが恋しくなる季節だった。
「立華の奴……」
「私がどうかした、狩谷君?」
「うおっ!?」
声に驚いて振り向くと、そこには茉莉花がいた。
陽光を受けて艶やかに輝く黒髪と、日に焼けることのない白い肌。
輝くばかりの笑顔。その中心には見つめていると吸い込まれそうになる黒い瞳が煌めいている。
誰にも聞かれていないだろうと思って茉莉花の名を口にしたのに、当の本人に聞かれていた。
何とも気まずいが……別に悪いことをしているわけでもない。
ここは開き直るべきだと判断した勉は、ずり下がる眼鏡の位置を直して平静を装う。
「『うおっ!?』って、その反応酷くない?」
「いや、普通だろ。聞かれていると思わなければ、こんなものだ」
「あっそ。それで、私がどうかしたの?」
笑みを深めた茉莉花が、もう一度同じ問いを口にした。
悪意はなさそうに見えるが、揶揄ってきていることは明白だ。
視線を外せない。どうにも逃げられる状況ではなさそうだった。
「別に。今日も立華はきれいだな、と感心していた」
だから――思うところを素直に答える。
勉に弱みを握られていると知りながらも、茉莉花は変わらない。
その胸中を垣間見ることはできないが、表向きはいつもと同じ教室の太陽であり続けている。
ならば、こちらも平常運転で切り返すがよかろう。まずは一撃、言葉のジャブを放った。
――お礼とやらもまだだったな。
職員室で生徒指導教諭から助けたときに、『お礼をする』的なことを言われていた。
何がいいかと問われて適切な要求を考え付かなくて、答える機会を逸していた。
『決断の遅い男は嫌いかも』と付け加えられていたことを思い出した。
茉莉花が『RIKA』であると知った今、彼女に望むことは山ほどあった。
そのほとんどがエロいことばかりであったから、面と向かって口にできないだけで。
裏垢で露出写真を投稿している事実と先日の態度から推測するに、茉莉花はそちらの方にも理解はあるようだが……
「ココアかぁ。可愛いの飲んでるね」
覗き込んできた茉莉花がそんなことを言う。
『ココア=可愛い』という発想は理解できなかったが、小振りな唇の動きが非常に蠱惑的だった。
「疲れた時には甘いものが効く」
「それ、すごくわかる! 私も何か飲もうかな」
勉の脇をすり抜けた茉莉花が自販機に硬貨を投入する。
学園のアイドルが選んだのは――いちごミルクだった。
そっちの方が可愛いだろうと思ったが、口には出さなかった。
茉莉花もまた紙パックにストローを挿して口に運んだ。
微かにすぼめられた頬と、パックの中身を吸い込もうとする唇。
ひとつひとつの動きに、ついつい目を引き寄せられる。
「どうしたの、そんなにじっと見て」
「気にするな。ジュースを飲む立華が可愛いと思っただけだ」
「そういうこと言うキャラだっけ、
ストローから口を離した茉莉花が訝しげに眉を寄せる。
「すまんな。こういう時にどういうことを言えばいいのか、よくわからん」
「……そうなの?」
「そうなんだ」
嘘ではない。
これまであまり女性と関わってこなかった勉は、いきなり話しかけてきた茉莉花との接し方がわからなかった。
それはそれとして、脳内ではまったく別のことを考えていたりする。
実のところ……ジュースを飲む茉莉花の姿に、異なるシチュエーションを当てはめていた。
茉莉花が勉の――
「それで、俺に何か用か?」
頭の中に浮かび上がっていたイカガワシイ妄想をごまかしながら、勉は口を開いて問いを放つ。
授業を終えてジュースを買いに来たら、そこでバッタリ茉莉花と遭遇……なんて都合のいいことがあるとは考えなかった。
「たまたま私がいちごミルク飲みたかったとは考えないわけ?」
「考えられないとまでは言わないが、わざわざ買いに来る必要があるとは思えないな」
教室の内外を問わず、茉莉花の信奉者は多い。
ひと言『いちごミルク飲みたいな~』と口にするだけで、我先にと自販機へ殺到する連中もいる。
本人にだって自覚はあるだろう。
「何それ。私が友達をパシリに使うって言いたいの?」
「そうじゃない。立華にはそれだけの影響力があるということだ」
「ふ~ん。なんか適当に言いくるめようとしてない?」
当たらずとも遠からずだった。
「ま、狩谷君に用事があるのは本当だけど」
「やっぱりそうなんじゃないか……」
「『やっぱり』って……ね、話聞いてくれる?」
「聞くだけなら。先に言っておくが『お礼』とやらの内容は考えてないぞ」
「ああ、それもあったね。そっちも早く決めてくれると嬉しいかな」
「すまん。なかなか思いつかない」
「私とのデートでよくない?」
ニヤリと口角を釣り上げてくる。
『お礼にデートなんて自信ありすぎだろう』と揶揄したことを忘れていないらしい。
「さっさと本題に入ってくれ」
ゴホンと咳払いして、眼鏡の位置を直す。
茉莉花はキョロキョロとあたりを見回している。
人の注目を集めることに頓着しない彼女にしては珍しい。
そんなことを考えていると――
「えっとね……実は、貸してほしいの」
「……何を?」
「狩谷君のノート」
お願い!
勉の目の前で小さくて白い手が合わせられた。
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