ACT.5
腕時計の緑色のデジタル表示は、既に”01:00”を示していた。
俺は歩道から横浜のそのビルを見上げ、最上階にまだ灯があるのを確認し、
『通用口』と、ドアの上にブルーに白抜きの表示が出ているドアの前に立ち、インターフォンを押した。
”はい?”
向こうから面倒くさそうな声が返ってくる。
俺が
ノブに手を伸ばすと、ドアが開く。
俺はわざとらしくもう一度モニターカメラに向かってお辞儀をし、そのまま中へと入る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『こんな夜遅くまでお仕事とは、なかなか御熱心ですな』
『それはこっちのセリフですよ』
眼鏡をかけた彼は、デスクに向かって腰を降ろしたまま、ノートパソコンのモニターから顔を上げずに答えた。
『何の御用です?昼間も電話で申し上げたんですが、今ちょっと忙しいんですよ。納期が急に繰り上がった品物がありましてね。その手配の書類を明日までに片付けなきゃならないんですよ』
『いや、別に手間は取らせません。どうしても確認したいことがあったものでね』
彼は如何にも鬱陶しそうにパソコンから目を放すと、俺の顔を睨みつけるように見た。
俺は黙ってコートのポケットから一枚の写真を引っ張り出し、彼の前に置く。
二人の人物が写っていた。
恐らくまだ小学校の三年生か、四年生くらいだろう。
背丈もヘアスタイルも、顔かたち、そして服装までまったく同じの少年がそこに写っていた。
『骨が折れましたよ。これを手に入れるのにね。”遠山義彦”さん』
彼は写真を手に取り、少しばかり動揺した表情を浮かべた。
『貴方は中学三年生の時に、千葉県にある叔父さんの所に養子に行かれた。叔父さんは小さな鉄工所を経営していたが、実子がいなかったので、ちょうどいい折だということだった。しかし大学2年の時に叔父さん夫婦が亡くなり・・・・』
『良く調べましたね。その通りです』
彼・・・・つまり遠山義彦は否定することもなく、そこでやっと表情を解き、そこから先は自分で話しますよと言い、パソコンの電源を落とし、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
『和彦と再会したのは大学生になったばかりの頃です。別にお互い憎みあっていた訳じゃないから、すぐに打ち解けましてね。将来は二人で一緒に会社でもやろうなんて話したりしていたものです』
そうして、互いに大学を卒業する間際に起こったのがあの事件という訳だ。
『何もかも失った和彦の落胆ぶりは、見ていて気の毒なほどでした。何も悪いことをしていないのに悪者にされ、世間から白い目で見られ、折角進学した大学院も辞めさせられ、恋人からも捨てられた・・・・その時の和彦の気持が貴方にわかりますか?』
総てに絶望した彼は、睡眠薬を酒と一緒に煽り、そして自殺をした。
『和彦の無念を晴らしてやれるのは私しかいない・・・・そう思ったんです』
彼は手を伸ばし、右の頬に貼られた”何か”を剥がした。
そこにあったのは、確かに傷・・・・縦に三センチほどのものだった。
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