ACT.6
『結局、和彦の遺体は誰も引き取ってはくれませんでした』義彦は立ち上がると、
デスクの引き出しを開け、ウィスキーのボトルとグラスを二つ持って戻って来ると、一つを俺の前に置いて勧めたが、丁重に、それでいて素っ気なく断る。
無理もない。
痴漢の犯人にされ、有罪にされちまったんだからな。
そんな破廉恥な犯罪者を擁護してくれる人間なぞいる筈はない。
死体は河原に停めた車の中で発見された。
義彦は当時もう大学を卒業して、小さなコンピューターメーカーでエンジニアの仕事をしていたが、前日、和彦から、
『俺はもうだめだ。生きていく気力を失った』
そうメールで知らせて来た。
心配になり、彼は直ぐに駆け付けたが、その時はもう半分意識が無くなりかけていたという。
『和彦は失いかけた意識の中で私に・・・・』
『あの女に復讐をしてくれと頼んだ。違いますか?』
俺は唇の端でシナモンスティックを揺らしながら素っ気なく答えた。
巷によくある三文ミステリーならば、ここで驚いたように、
”どうしてそれが?”などと聞き返すところだが、彼は何も言わず、黙って頷いた。
『流石探偵さんだ。嘘はつけませんね』
と、苦く笑った。
和彦の残した遺品には、彼の銀行預金の通帳、キャッシュカードの暗証番号を記したメモなどが残されていた。
義彦は会社を辞め、しばらくの間米国に行き、帰国した時には和彦に成りすましていた。
今の世の中で、そんなことが可能なのかって?
どういう手を使ったか、俺にもそこまでは分からなかった。
ただ双生児であったことが幸いし、誰も彼を疑う者などおらず、今の会社を立ち上げ、そして”和彦”に成りすまし、そして・・・・
『小山内渚に近づくように仕向けた』
俺が先を引き取って言うと、彼はこちらを振り向く。
その手には.25口径の拳銃が握られていた。
『探偵と逢うのに、このくらいの用意はしてきますよ』
そう言って彼は低く笑った。
彼の指が引き金にかかるより、俺の方がコンマ一秒ほど早かった。
銃声が交錯する。
俺の.45口径ACP弾は、彼の右肩を貫いており、奴の25スペシャルは、俺の左頬をかすめ、後ろの壁に掛けてあった、ゴッホの自画像の眉間を貫いていた。
彼は膝をついて肩を押え、うずくまっている。
俺は拳銃を構えたまま、片手でスマホを操作し、110番通報した。
『すまんね。俺は恨み節に付き合っているほど暇じゃないもんだから』
相棒のM1917を腋の下のホルスターに収めると、素っ気なく答えた。
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